第27話 たかが鯛焼き されど鯛焼き

 弾丸決行当日、2人はローカル線の駅で降りて歩いていく。道路のそばには古くなった住宅が並ぶ。ポツリポツリと店舗があるのだけれど半数は看板がない。少し寂れた感のある街並みをスマホのガイドに従って進み、住宅が切れたところの交差点を左折した。


「待てよ、待てって」


 ただ歩いているだけだが翔は息を切らしていた。かれこれ15分ほど歩き続けている

 前を行く茉琳が早いのだ。脇目も振らずにある目的のためにただひたすらに歩いている。


「ナニ言ってるだしー。早く行かないと売り切れるしー」


 ブリーチをして黄色に染めた長髪を靡かせ、早足で歩いていく茉琳。ただ手入れが行き届いていないのか、髪がよれている。よく見れば枝毛も多いし生え際の黒髪の部分も伸びて来ている。それがカラメルに見えるからプリンと呼ばれている。


「建物は……逃げ……ないよぅ。ハアハア」


 翔の嘆きの声に茉琳は立ちどまり振り返った。そして彼へ近づき、そのまま背中へ回る。


「売り切れてるかもだしー、焼きたて食べたいなり『 たい焼き!』」

「たか が…たい焼…き でしょうが」


 とうとう翔は息が切れ出し、両の膝に手を置き口で息をしだした


「されど、『鯛焼き』だよ」

「そうは言っても『鯛焼き』でしょうがぁ」


(私も食べたいの。お小遣いなくて買えなかった)


 自分の体では、とうとう味合うことのできなかった茉琳の中の茉莉も当時が悔やんでも悔やみ切れなかったのだろう。意気込みが溢れている。


 茉琳は、立ち止まり休もうとする翔の背中に手を置くとグイグイと押していった。仕方なく翔も早歩きで進んで行った。

 そのまま進むことしばらく、道の角になるところで人が並んでいる。そこが今日の目的の鯛焼き屋。


「たくさん待ってる人がいるよぉ。車もたくさん待ってる。期待して良いかも!」


 目的の鯛焼きが無くなっては堪らないと茉琳は翔を見捨て、待ち人の列に走っていった。堪らず翔は支えをなくして尻餅をついてしまう。

 それこそ走った事がいけなかった。

 道路にある排水溝の蓋に茉琳の履いているミュールのヒールがはまり込んだ。足を取られた茉琳が体勢を崩して最後尾にいたカップルの女性の背中へしがみついてしまった。


「あっ、あぁー」


 女性は後ろにのけぞり、思わず隣の相方の肩に縋りつく。女性は茉琳が抱きついたことで支えになり転倒は免れた。


「うわっと」


 女性に引きずられた相方は支えなく後ろに転倒…のはずだが体を丸めて受け身からの後転で見事に立っている。


「ごめんなっシー。怪我とかないなり?」 

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」


 茉琳は女性の背中に縋りついたまま、様子を伺う。


「あぁ、驚きはいたしましたけど、だっ、大丈夫に存じます」


 落ち着きを取り戻した女性は振り返り茉琳をじっと見つめる。そして目を見張った。


「そのお声! そしてその喋り方、貴女は茉琳さんでは? 私くし、同じ大学の…」

「あきホン!」

茉琳も誰だか気付いたようで思わず口に出してしまう。傍にいる男の方も

「こっちはゲンキチくんなり!」

「あっ本当だ」

「やっとかぶりです」


 予期せぬの出会いに驚く4人。そんな中、あきホンがここに来た訳を話していく。


「先日、茉琳さんにたい焼きの話をしましたでしょう。私くしも無性にお口にしたくなりまして、つい来てしまいましたの」


 と微笑みを振り撒きながら話すのは、濡れたような長い黒髪をお姫様カットにして切長で涼しげな目元をしている和風美人。あきホンとニックネーム風に茉琳に言われてもニッコリとしている。その傍には背が翔よりも高い相方さんも同じように微笑んでいる。


「実を言うと、ここが地元になりまして」


 あきホンが自分の素性を暴露した。翔も茉琳も彼女が、ここにいる訳を納得するしかなかった。


 そのうちに前に並ぶ人たちも捌けて茉琳達が注文をする番となる。


「次の方、ご注文は?」


 引き戸口にいる売り子さんは言うのだけれど、壁に貼ってあるお品書きには'たい焼き' 'たこ焼き' しか書いていないかった。

 数だけ言って各々が好きな方を頼んでいった。皆、鯛焼きである。


茶色の紙袋へ鯛焼きを詰めてもらい店舗前の道路を挟んでの反対側の花壇へ渡っていく。

 花壇の前は小さな広場になっていて座ることができるように椅子石が置かれている。その椅子に座り、茉琳は鯛焼きを袋から取り出した。

そうして他の3人に聞いてみる。


「ねぇ、みんなぁ、鯛焼きってどこから食べるなり?」

「頭からでしょうか」

とあきホン、


「「尻尾から」」

と男二人、


「私わねえ、お腹からなし! 何気に餡子が詰まってるなり」


 茉琳の言動に3人は驚いている。


「何気に独創的だね」

「翔まで驚くなり。、うわぁーん、ウチ、ぼっちだしー」


 茉琳は人差し指を咥え涙ながらに翔に訴える。


「翔ならって私と同じ事、考えてるって思っていたのにぃ。グスン」

「ごめん、ごめん……そうだ! 腹からなんて茉琳は目の付け所が良いね。褒めてあげるよ」

「褒められちった」


 翔はなんとかごまかしてしまう。それでも茉琳は機嫌が良くなったのか、笑顔になっていく。翔も笑う。

 そうして、早速、茉琳はたい焼きの腹部分に齧り付いていった。猫が七輪から焼けた秋刀魚を盗んだ後みたいになっている。


「にゃ」

「!」


 翔は茉琳の目が縦線になっているのが一瞬見えた。猫の瞳孔は縦になっている。彼が目を瞬かせると元の丸い形になっている。


「見間違いかな」


 独りごちてしまう。そんなことにお構いなく、茉琳は鯛焼きを食べた。


「塩っぽいのが甘さを引き立ててるの。美味しひー美味しいね。翔」


 翔も食べてみると、


「本当だ。甘さが引き立って美味しいや」


 アキホンさんも自分が紹介した手前、美味しいといってもらえて微笑んでいる。


「美味しくて宜しゅうございました。まりさん」


 言ってからアキホンさんは目を泳がせる。


「ごめんあそばせ、茉琳さん」

「えふぇ、ファヒイ?」


 茉琳は、口いっぱい頬張って鯛焼きを詰め込んでいるので、言葉として聞きとれることができない。


「茉琳、意地汚いよ。」


 翔が嗜めるも、


「うゅーん、もぐゅもぐゅもぐゅ、ゴックゅん、ハー。何? おいし〜の」


 全部、喉に流し込んでからニッコリ笑って茉琳は答えている。しかし彼女は目線をあきホンに向いている。


(確かにマリと言ってたけど、この人はなに?)


 そう言いながらも鯛焼きをひとつ平らげたのに、茉琳は物足りなそうにしている。


「うん、もう一個ぉ」


 ガサゴソと紙袋から鯛焼きを取り出して、そのまま口にしたところで、


「  」


 茉琳が固まった。見ると顔の表情がなくなって視線も定まっていない。手も動いていない。

 口にした鯛焼きも、ぽろっと落ちてしまった。


「おっと勿体無い」


 慌てて、翔はすぐに鯛焼きを掬い上げる。


「お見事」


 それを見てアキホンさんも手を合わせて褒めている。


「かはっ」


 そのうち息を吐き出して茉琳も復帰する。


「カケルゥ、ワタしぃ」


 眉を落とし、落胆した顔になる茉琳の口へ翔は食べかけの鯛焼きをねじ込んだ。


「うぐん、モグゥ」


「すいません。アキホンさん。こいつ、偶に固まっちまって」


 そんな茉琳を見る、あきホンさんの視線は優しい。


「いえいえ、いつもながらの良いものを見せていただきました。まったくのご馳走様ですね」

「そうですか」


 返答に困り、翔はポカンとしてしまう。するといきなり、あきホンさんは翔に近づき耳元で小声で呟きように伝えた。


 「翔さん、私をあきホンというのは構わないのですが、私の本当の名前は秋穂と申しますの。苗字は神部。神部秋穂が私の名なのですよ」


 秘密を打ち明けられるように囁かれた彼は、くすぐったさそうにして顔を背ける。でも、いきなりのカミングアウトで驚ろいてしまう。いつもと違う雰囲気に彼女と出会ってから気になることがあったことを聞いてみることにする。


「'じんぶ'っていうのですね。珍しいや。漢字では、どう書くのですか?」


 彼女も思っていたことと違うことを聞かれたのだろう。訝しげに答えていく。


「神様の部屋とかいて神部ですが」

「だからかぁ。いつも茉琳に優しくしてくれているでしょう。それが神々しく見えるんですよ。なんでかなって思っていたんですよ」


 納得したのだろう。翔の言葉が弾む。


「もしかしてあきホンさんの中には、神様がいるんじゃないですか? それなら茉琳にも優しくしてくれるのも頷ける」


 あきホンの口元が綻んだ。翔に自分の正体がバレたと思わせぶりに、

「ふふっ、わかりますぅ? でも残念。そんな偉いものではありませんよ。茉琳さんの心根は素直で仕草が可愛いからですよ。私くし、茉琳さんのファンなのですね」

「なんか悩むところですね。今はないですけど鼻ピアスに耳ピアスでしたよ」


 翔は顎に手を当てて自分の推理が外れたと困惑している。そこへ、


「ねーえっ、2人で何、ヒソヒソしてるの」


 茉琳は機嫌悪そうに聞いてきた。退けものにされたと思ったのだろう。


「違いますよ。茉琳さん。貴女の可愛いところ自慢ですよ。翔さんと、どこが良いかって話してたんですよ」

 

 偽りの返事をアキホンさんがニッコリと答える。でも、途端に茉琳機嫌をよくして、


「そおぅ、えへへ。翔う、私のどこが可愛い?」


 茉琳はが翔に詰め寄り聞いている。翔はドギマギする。いきなりあきホンに茉琳のことを振られたんだ。目を泳がせていたけど、そのうちに、


「審査中につき後日、賞品の発送をもって発表とさせていただきます。あしからず」


 上手いことを絞り出した。何気に自分に不利になりそうだった話をかわしてしまう。


「なにそれ」

 

 翔の答えに茉琳はヴゥーたれた。

 そんな2人を見てあきホンホンさんは口元を指で隠してニコニコしている。

 茉琳はというと非機嫌なんだろう。指先を彼の胸に何度もツンツンして不満を露わにする。

 そのうちに茉琳は自分の持つ袋に残った鯛焼きを口にねじ込むとむしゃむしゃと咀嚼し出した。

 そんな険悪な雰囲気では堪らんと翔は話の矛先を変えようとして、あきホンに声をかける。


「アキホンさんたちはこの後、どうしますか?」


 茉琳は買った鯛焼きを食べ切ったのか、何か気を紛らすものはないかとキョロキョロしていく。周りを見出した。

 そんな茉琳を見て、翔はあきホンに縋ったのだ。試しに聞いてみたのだ。

 雰囲気が悪くなりそうなのを察したあきホンは、すぐそばにいるゲンキチと顔を見合わせて、翔を見ると、


「せっかく地元に来ましたので実家によっていこうかと思いまして。翔さん、茉琳さんお二方もどうでしょうか」


と彼らを誘う。


「実は、彼女の実家はお寺なんですよ」


 と、ゲンキチさんが説明してくれた。


「茉琳、行ってみるか?」


 翔に同意を求められて茉琳はう顎を指で上げる仕草をしながら思案してるマネをして、徐に聞いてきた。


「面白いものあるのぅ?」

 

あきホンも額に指をつけて思案する。


「お寺ですからねぇ。…そうだ、ひげ文字なんてどうでしょうか」

「なに、それ! 見てみたいなシー」


 パッと俄然、興味深々な顔つきになる茉琳さん。


「じゃあ行こ、行こうょ」


 茉琳が翔の手を取って一方的に引っ張って行く。しかし、


「茉琳さん、残念ながら方向が違います。そちらではありませんよ。反対の方向にが目的地ですよ」


「そうなり、えへへなし」


 茉琳は、あきホンに間違い指摘された照れてしまう。

改めてみんなは、お寺を目指していく。




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