第23話 そしての内訳

 それは、

 茉琳がカードの一括払いをして居酒屋を出ると、何やら外が騒がしい。誰か、男と女が諍いを起こしているようだ。


「なぜ、あなたが私くしを迎えに?」

「………様からの、たっての依頼で御座います」

「私くしだけでとはやめて頂けますか。他の方々も乗せていただけると…」

「………様は…だけをとの、お話ですので、他の方にはご遠慮いただきたく…」

「ですから……」


 路肩に停まる大型サルーンの横で言い争いが起きている。

その声に茉琳には聞き覚えがあった。いつも、落ち着いた話し方をする彼女には珍しく、言葉を荒げている。


「あきホン!」


 何事があったかと、茉琳が近づいていった。後少しというところで手を握られる。


「?」


 驚き、体が強張る。恐る恐る握られた手の方を見ると、


「茉琳、どこ行くの?」


 友人の翔であった。彼は茉琳に女子会が終わった後の迎えを頼まれていたりする。

 茉琳の緊張が一気に解れていった。


「ひューっ。もう翔。脅かしっこなしなりねぇ。心臓が止まると思ったなし」

「ごめんというか、迎えを頼んできたの茉琳でしょ。ふらふらと、何処へ行こうとしたんだよ」


 茉琳は速鐘を鳴らす胸の内を宥めながら、


「それは……、あきホンに何かあったなり。心配で様子を見に行けこうとしたなしか」

「あぁ、あれね。さっきからお迎えに来たとか、お断りとかで揉めてるよ」

「なら、助けに行かないと」


 彼女が踵を返して、向かおうとするのを翔は止める。


「もうちょっと様子見なきゃ。危ないよ」

「それじゃ、間に合わない」


 いつも、ニコニコと笑っている茉琳には珍しく切羽詰まった表情をしている。


「翔くん、離して」


 とうとう、翔の手を振り解いてしまう。翔は茉琳が諍いの場に飛び込むのを許てしまった。


「茉琳!」


 翔も茉琳の後を追う。


 茉琳は、先行するもあと少しというところで、体が一瞬震えた。動きも緩やかになる。そして諍いをしている2人のすぐ側で立ち止まってしまった。

 2人の周りには男の仲間らしくものたちが数名いて、彼と彼女の周りを取り囲んでいる。


「茉琳さん?」

「貴女、確か御影様?」


 男は茉琳を知っている様子。しかしあきホンは、マリンの顔の表情がないのに気づいた。


「茉琳さん!」


 それを茉琳が聞いていたのかはわからない。彼女は一瞬ふらつくと前に倒れてしまう。

あろうことか、あきホンと言い争っていた男の方へ倒れ掛かり抱きついてしまう。


「「?」」


 男は茉琳に抱きつかれ、驚き、あきホンから目を離して隙が生まれた。

 その時、あきホンの体がブレたように見える。周りにいた数人の男たちが宙に舞った。

 そして、あきホンは残って呆然とする男に抱きついた茉琳を引き剥がす。茉琳は支えるものがなくなってしゃがみ込んで、ひら座りをしてしまった。

 そこへ翔が走り込んできた。


「あきホン!」


 すぐ近くで地面に落ちてもがいている男たちに翔は驚いて足を止めた。そして座り込む茉琳の側にしゃがんで彼女の体を支えた。


「かはっ」


 茉琳が息を吹き返した。それを確認したあきホンは、


「翔さん、茉琳さんをお願いします」


 彼女は翔に茉琳を託す。


「茉琳さんを連れて、ここから離れて! 逃げてください」


 いうが否や、ひとり呆然と立ち尽くす男の前に体を一歩踏み込ませるとスカートを履いているのも構わずに相手の腹に膝をぶち込んだ。


「うげぇ」


 男は腹を抱え込んでうつ伏せに倒れる。ビクビクと痙攣していた。


「早く! こいつらが動けるようになる前にできるだけ遠くへ、お願いします」

「あきホンさんはどうしますか?」

「私くしのことは、お気になさらずに。とにかく、ここから離れて、お帰りください」


 彼女は、微笑んだ。


「夢だと思ってください。すぐ忘れてくださることをお願いします」


 彼女はその場を一歩引き、


「茉琳さんをお願いします」


 いうが否や、踵を返して立ち去っていく。動いたことで抜けたはずのアルコールが再び、彼女に影響を及ぼして千鳥足になっていた。ふらふらになりながらも、彼女はこの場を去っていった。


 ひとり夜の街の中に消えていく。




「う、うう」


 うずくまる男がうめき声をあげる。気づいた翔は茉琳を立ち上がらせて、

「大丈夫? すぐ動ける?」


 茉琳の無事を安堵するも、逃げるために茉琳を急かす。


「う、あっ、うん。だいじょぶ」


 まだ、怪しそうな茉琳の肩を抱いて、翔は茉琳をその場から連れ出す。

 起き掛けで急すぎて、不安げな表情の彼女であったが、翔に包まれて安堵したのか、彼の肩に頭を寄せ安心した表状へ変わっていく。

翔も茉琳の手をぎゅっと握ってあげていた。そしてだんだんと微笑むことができるくらいには回復をしていった。


 

 2人も夜の街に消えていく。

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