第16話 新幹線乗車

 駅構内の渡り通路を2人は歩いている。通勤通学時間と重なり、人では多い。


「キャン」


 通路を反対向きに歩いていた人の方がぶつかったようで、茉琳は叫び声をあげた。


「痛いなリぃ。思いっきり当たってきたなりよ」

「そんな,真ん中歩くからだよ。ほら,こっち寄って。入れ替わるから」


 丁度、列車が止まり降車してきた人たちが階段やエスカレーターを埋め尽くし、塊となって降りてきている。それが通路に傾れ込んでかなりの人混みになってしまった。

 これから乗る新幹線の乗り換え口は、人混みの先にあり気圧されてしまっていた。かと言って立ち止まっても後ろから流れに押されてしまう。

 まだ、これから行くところの行程も始まったばかりのに、2人とも疲れてしまって意識レベルが低下してしまった。

 改札機に切符を入れて新幹線のコンコースに入って,やっと人熱が途切れてきた。


「上りのこだまは15番ホームだね。後少しでホームだよ」

「やっとなり、早く座りたいなりよ」


 えっこらと登っていくと


『14番ホームに到着の列車は⚪︎⚪︎ ◇◇ ※※に止まります』


「茉琳、ひかりの次の到着駅が病院のある駅だって、これに乗ろう」


 ホームの到着のガイダンスを聞いて階段を上り切り、慌てて止まっている列車のドアをくぐる。自動ドアの中扉が反応してひらき、客室へ誘われて行く。入り口から5列ほど歩くと2人掛けのシートが空いていたんで,そこに座る外にした。


「茉琳、窓側に座って」

「いいの! ありがとう」


 にっと笑顔を返されて翔の胸が一瞬跳ねた。


「?」


 頬が熱くなるのを照れ隠しするのに親指の付け根あたりで口元を隠していたりする。

 茉琳はそんな翔をじっとみていたけど,すぐに目線を離した。そして前席との間に体を滑らせて奥のシートに移って腰を下ろした。座り心地をみて、起き上がり気味に体を起こし、体を捻ってシートバック越しに後ろに座ったブレザーをきたサラリーマンへ声をかけて


 「ごめんなり、後ろに倒しますえ」


 シートバックを2段ほど倒した。そして深く座ったところで、ウールハットを両手で持って脱いだ。脱いだ拍子に黄色に染めた髪がパァッと広がり、耳が露わになった。


「あれ、茉琳。耳のボディピアスを外したんだ」

「わかるなりか? 病院からも言われたしー、もういいかなって外したなりよ」


 茉琳は鼻の横を指でコスコスしながら話した。

そこで翔は気づいたように、


「鼻のボディピアスも無くなってるよ」

「やっとわかったなりか? 朝から外していたえ。この分からんちん」


 鼻息荒く、彼女は翔へ不満をぶつけていく。女の子は幾つになっても自分の変化に気づいて欲しいのだっていうことを翔は雑誌の記事で読んでいたのだけれど実践できないでいる。


「いやあ、気づいていただにぃ、あまりにも可愛くなってるから逆に話しかけることが

できなくなっただにぃ」

「可愛いの? うちが?」


 目をパチクリさせて茉琳は翔を見た。そして表情が解れて笑顔に変わっていく。頬も染まっていった。

 それを見て安心したのか翔もシートに腰を下ろしていく。そして頭をシートバックへ擦り付けつけるように後ろを向いて、やはり,後ろに座る人へ声かけをしていく

かけて倒していった。


『光 u158号東京行き,発車します。お見送りの方はホームゲートより下がってください』


 そのうちにそんなアナウンスだ窓越しに聞こえてくる。


「次の停車駅は※※駅です」

     

  プシュー



 タイミング悪くアナウンスを隠すようにエアの排出音とドアが閉まった音が聞こえて、車窓から見えるものが一方向へ流れていく。静かに新幹線は発進してホームを離れていった。窓の外を風景が流れていく。

 自販機、KIOSK、駅名看板。ホームが途切れてビルの外壁と,そして服飾専門学校の大看板。茉琳は、ぼうっと眺めている。

 それを横目で見ながら、翔は取り出したワイヤレスイヤホンを耳に差し入れて、シート深く腰掛けて自分の好きな音楽を聴き始めた。

 速度が出て直近の架線柱が目で追えなくなった頃、茉琳は頭を回らせて翔を見たのだけれど、瞼が閉じられて一定間隔の呼吸が感じられた。


 「寝てるだに」


 いつもとは違う訛り混じりの言葉が呟かれる。


「でも、可愛い顔してる」


 茉琳は,そんな翔の顔を見出した。唇は微かに口角が上がっている。暫くすると彼女の目は閉じられて寝息が聞こえてくる。



   ギュン


車体が軋むような音で茉琳は目を覚ます。


   ガウンガウン


 一定周期的に耳の中が押される感じもするのだ。窓へ視線を移すと暗闇が流れている。微かな陰影の流れで動いていることがわかるんだ。


 パァン


 いきなり明るくなり、茉琳は目の痛みが感じられた。瞳孔が急速に伸縮してしまったせいだったりする。


「トンネル走ってて、出たんだに」


 閉じた瞼を手で擦りながら茉琳は独りごちる。

隣を見ると翔の瞼は閉じたままになっている。まだ彼は寝ている。茉琳は眉を顰めた。


「こんなんで,まだ寝てるなんて」


 自分は目が覚めたのに、ひとりグースカ寝ているのを見て,少しだけ憤慨している茉琳だった。そのうちに茉琳は翔の顔へ人差し指を伸ばしていった。頬を触り、少し押してみる。


「柔らかい」


 茉琳は笑顔になり,暫くプニプニと翔の頬を堪能した。すると、


   ギュン


 いきなり窓が暗闇に閉ざされ、車内のものが震えて見える。


「また、トンネル?」


 そして、強く耳の中が押されたと感じた瞬間、


   ギャン、ギャン、ギャン


 車内の震えが強くなり、マリン達の座っている側の反対の窓から、光が明滅して舞って入り込んでくる。耳の中の違和感も続くので茉琳は耳を塞いだ。トンネルの中で列車がすれ違っている。

流石に、この衝撃は耐えられなかったのか、


 「な、何? 何が起きてる?」


 翔も目を覚まして頭を左右に振っている。そうしているうちに左右の窓が明るくなり、窓の外をコンクリをうたれた山肌が流れて行く。トンネルを出たようだ。

キョロキョロとしている翔に茉琳は、


「おはよう。起きた?」


 皮肉たっぷりに伝える。


 山間部を過ぎたのか、窓の外は住宅地が見えて、ものすごい勢いで家の屋根が流れていく。

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