第15話 待ち合わせ 

 大学も始まったばがりということで、朝方は冷え込んでしまう。


「朝早く来たものの,寒いなり」


 茉琳はひとりごちる。


「別にいいでしょ。翔とお出かけなんだよ」

「久しぶりの再会とは言え、燥ぎすぎなしか?」


 大学構内のベンチに座り、茉琳はひとり佇んでいる。でも会話ができているのだ。


「しょうがないじゃない。早く目が覚めたんだもん」

「デートを待ち侘びて寝られなくなったネンネみたいだしー」

「あんた,寝つきはいいのね。バタンスーだったし、ひとり頭の中で悶々としてたわよわよ」


 隣に誰かいるのではない、前に誰かいるのではない。膝枕されているわけでもない。あくまでも茉琳はひとり通路に設置されたベンチに座っている。全くの彼女のひとり芝居。

 そして彼女は自分が被った帽子のずれが気になってしまって被り具合を直した時だった。


「茉琳さん。茉琳さんですね』


 ここでやっと、他人が近づいて来た。

 ランニングウェアに身をやつし、手入れの行き届いて艶やかな黒髪ストレートを高いところでひとまとめにしている女性である。ベンチに駆け寄るとそのまま足踏みをし始める。ジョギングの途中なんであろう。


「あ、あきホン」

「はい、おはようございます。茉琳さん」

「おはようなり」


 和かに茉琳はにっこりと見上げて挨拶をする。


「こんな所って、大学の中なり。ジョギングって」

「はい、私のいる女子寮は,このキャンバスに隣接されてますから」

「それで、いつも走ってるえ?」

「はい。ところで茉琳さんもこんな早くから来るとは、何かありました。デートとか?」

「うふふ、待ち合わせ」

「ウフフ、茉琳さんも捨てて置けませんね」


 2人とも意味深な含み笑いをしている。


「お邪魔しても野暮なんで退散しますね。お楽しみされますよう」

「御配慮痛み入りますえ…そうそう、あきホン連絡先教えてなし」

「どうかなされました?」

「いえね、お誾さんとかと女子会でもやろうか」

「女子会ですか? 分かりませんが楽しそうですね。よろしいですよ。番号は…」


 あきホンは通話番号を空んじていく。茉琳は手持ちのトートバッグから慌ててスマホを取り出して、ポチポチしていく。


「で、あきホンでメモリーっとポチ。ワン切りしてうちの番号も送って送るなりよ」


 ぱぁーとアキホンの顔が綻ぶ。


「ありがとうございます。実は、こういうのは初めてでお友達1号なんですよ」

「え、そうなり。意外ー」

「はい、そうなんです。だから嬉しくって。ありがとうございます」


 和かに微笑んであきホンは頭を下げた。

「いちばんの光栄に預かり恐悦至極。なんてねハハ」


「はい、以後宜しゅう。では、ごめん遊ばせ」


 アキホンは,ジョギングを再開。走り出して行った。


「女子会を知らないっぽいし、スマホも携帯してないって、とごぞの、ご令嬢?」

「うちも、深層のご令嬢なり」

「えっ」


 茉琳はひとり芝居をしていく。自身の、この2人のやりとりで片方の運命が動き始め、もう片方もひきづられるように救われていく。


 ふと、茉琳は気づいた。ベンチの近くで待ち人がキョロキョロしているのを。誰かを探している仕草をしているのを。


 パーシティジャケットにチェックの開襟シャツにデニムのスキニーパンツ。まさにボッチスタイルとも言える格好に見えたりする。翔であった。

 先日、茉琳が病院に診察に行くのに、付き添いをすると約束したのだ。

 当日はどうしようという話になり、まずは大学構内のベンチで翔は茉琳と待ち合わせをの約束をした。

 ところが翔は茉琳を見つけられずにキョロキョロとしている


「誰を探してるなしか?」

「いつの間に俺の後ろに」 

 翔は振り返った。でも,そこに佇むのか目当ての人物であるとは到底思えなかった。確信を持てないのである。確かに口調はそうなのだけれど、


「どなたですか?」


 いつもは豹柄レギンスに派手な色合いのパーカーとカットソーだったりする。目標にしていたんだ。


 その人は、フローラルプリントのリボンブラウスにボトルグリーンのマキシスカート、そしてウールのバケットハットなんて被っているものだから、ブリーチして黄色に染めた髪も、かくれて気になっているプリンとならずに、綺麗に見えてしまう。何処ぞのお嬢様と見まごう姿に翔はドギマギした。


 「すいません。連れと待ち合わせしているのですが?」


 見ず知らずの人に尋ねる口調になってしまう。


「ウチよ。ウチなしよ。マリンでーす」


 茉琳は、いつものおかしな訛りで話してくる。


「ほんとうに茉琳か?」


 眉間に皺を寄せて、茉琳は翔に詰め寄っていく。顰めっ面のまま翔の目を注視する。。


 翔は、いつも、こうならって考えたことが顔に出てしまう。


「何失礼なこと考えてるなしか?」


 

 茉琳にジト目て見られてしまう。


「そんな服を着てると何処ぞの お嬢様って感じがする」


 と、言われた途端,茉琳は表情を綻ばせ笑顔に変わっていく。

 それがあまりにも可愛くて、翔は顔を背けてしまう。もちろん頬は赤く染まっている。


「今日は病院に行くのだよね」


 翔は、改めて聞いてみた。


「そうなり、事故で入院したところ、翔と会ったところだよ」

「あの時は驚いたよ」


    ⭐︎

 そう、2人はこれから行く病院のロビーで,すでに会っていた。

『翔? 日向翔だよね』

 と彼女は呼び、

『人違いじゃないですか』

 と翔は答えている。

   ⭐︎


 全くズレた会話から始まっていたりする。  


「定期的に診察に来てくれって言われてるなり」

「でも、なんで今、住んでるところから遠くまで行くんだい。近くの病院を紹介して貰えばよかったのに」

 

 茉琳はうろ覚えなのか、立てた指に顎を乗せて視線は上向けながら言葉を呟いていく。


「なんかねえ、その時に治療してくれた先生が脳外科の権威なりね、しかも私みたいなのが専門みたいなんだつって何とか中毒」

「でも、1人じゃいけないんだろ。何でだよ」


 茉琳は右手でバケットハットの額あたりをポフっと叩いて、


「そこまで考えてなかったなり。あの時は、そこが何処かもわかってなかったり?」

「ひでぇ。よく生きていられたなあ」

「でも、今度は翔が一緒に行ってくれるって、アハ!」

「ハイハイ、行きましょ。時間が勿体無い。


2人はベンチを離れて、門へ向かっていった。







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