第17話 二人旅、波乱万丈

 車窓の外を民家の屋根が流れて見える。


   ギャンギャンギャンギャン


 風景が開けて水面が見えた。どうやら、川にかかる橋の上を走っているよう。

 すると走行音が静かになり、民家が車窓の外を流れて見えてくる。

 走っているあたりは、全国的に珍しい高架ではなく地上にレールを敷設している区間。この先の駅のホームも地上設置しているという珍しいのものだったりした。


「ねえ、翔」

「何?」

「自動ドアの上のディスプレイに※※駅通過するって、映ってるん」

「そういうインフォメーションサービスはあるよ。以前はニュースが表示されてたよ」

「そうなりか。でねぇ、停車する駅名が出るけど、ウチらが降りる駅ないよ」

「えっ,そんなはず………」


 翔は起き上がり、車内案内表示を凝視する。ローマ字表示になっているが自分たちが降りる駅名が表示されていない。


(乗ったホームでは、停車駅をアナウンスしていたはずだ)


 翔は混乱した。


(なんで、まさか乗る列車を間違えた?)


「茉琳、そしてごめん。ちょっと待ってて」


 翔はシートから立ち上がり通路をデッキに向かって歩いていく。


(デッキの壁に時刻表があるはず)


 翔とて新幹線は何度か乗っている。降車する時に、ちらっと見ているのだ。


(あった)


 デッキに着いて、壁に貼り付けてある時刻表を見た。現在時間から逆算して、大凡の発車時間を計算する。発車駅名を横軸から探して、発車時間あたりまで指で追ってみる。


(これだ)


 そこから指を下げていくと、横軸にある降車駅との交差点に時刻の表記がない。一列隣にはある。


「やっぱり間違えた……。どうしよう」


 ショックが大きすぎて、ひとりごちてしまう。しばらく佇むとトボトボと自分が座っていたシートへ戻っていった。戻ると力無く座り込んだ。


 車窓からは駅名看板、待合シート,自販機、キオスクがかなりの勢いで流れて見えた。案内表示も駅通過中の文字を表示している。


「どうだったなり?」


 見ただけで翔が落ち込んでいると察した茉琳は、いたわるように優しく聞いてみた。


「……ごめん。乗る列車間違えた。乗る前のホームじゃあ、停車駅って言ってたのになあ」

「うちも聞いたなり。でもなんか'後に'って聞こえたような」

「あぁ、それだあ。ホームに止まっていたのって、やっぱり,この先通過する列車だったんだ」

「じゃあ、降りれないの?」

「そうなる」

「どうするなり」

「どうしよう」


 茉琳は不安そうに車窓と翔の顔をキョロキョロと交互に見出す。

 翔はシートに深く腰掛けて目を手で覆った。そして徐に立ち上がり、通路に出て車両の後ろに向けて歩いて行こうとした。


「翔? どこ行くなり?」

「うん、車掌がいるはずだから、探して話してくるよ」

「大丈夫なし?」

「それ以外考えつかないよ」


 翔は、再びトボトボと通路を進行方向の反対へ向かって歩いていった。

 運がいいのか悪いのか、自動ドアが反応してオープンするとデッキで車掌が立っていた。


「すいません。実は……」


 翔は車掌に自分たちの状況を話した。

「ああ、それなら次の停車駅で降りて,反対ホームの下り列車に乗ってください?」


 相手が落ち着いて説明してくれたんで、動揺していた頭も落ち着いた。


「何名で乗車されました?」

「2人です」

「自由席に乗ってくださいね。では」


 車掌は立ち去り、翔は1人佇んでいたけど,やがて自分の席に戻っていった。

戻ると早速に茉琳は聞いてくる。


「どうだったなり?」


(うん、訳話したら,優しく説明してくれた。正直にに言ってみるもんだね」


「良かったなり」

「後は,降りてから病院の予約時間に間に合えばいいのだけどね」

「えっ、ちょちょちょと待ってなり。間に合わなかったらどうなるなりよ」


 翔は肩を竦めて、


「再予約かなぁ」

「翔,走るよ」

「駅から20km以上離れてるよ。走り切れるか?」

「む、無理ぃ」


 そんなやり取りをしていると車窓をいつもは見慣れた景色が流れ、それを呆然として翔は見ていた。

 その後、無事に新幹線を乗り換え、駅に到着して改札口を出てバスターミナルまで走ってなんとかバスに2人は乗れた。

 午前中で街中も混んでいたけど、渋滞もうまく回避して、ギリギリで予約時間に間に合った。

 後は受付から血液採取、心電図計測、レントゲン撮影、MRIと造影剤を注射されてのCT撮影。検査漬けとなり、病院内で1階,2階地下と歩き回るハメになって茉琳は疲れたと泣いている。

 そして診察待ちとなったけどインフォメーションに1時間待ちの表示。只々待機となる。しかし、なんということか,ここまで来るのにも茉琳は意識を失うことはなかった。



 正午を過ぎた頃に、


「1312番の方、2番診察室にお入りください」


 のアナウンス。診察室には茉琳だけが入って行った。

暫くして、茉琳が診察室から出てくるも顔は陰っている。


「どうだった?」


彼女はパッと表情を変えて、


「また、1月後に来てくれってことだし」


 茉琳は俺に向かって手を合わせると、


「お願い、また、お願いできるしか? 頼めるの翔しかいないなり。お願い」


 翔は自分の髪をかき乱して、


「わかったよ。お付き合いさせていただきます」


 今日の新幹線での失敗で断りにくくなっている。

それを聞いて茉琳の肩から力が抜けた。断られたらと緊張していたのだろう。表情にも安堵が見られた。

 この後,建屋の地下におり、遅い昼食を取るハメになる。

そして,翔はもう一つ頼まれたのだった。



 麻琳は、とある街中を歩いている。1人ではない。少し離れて翔が後をついて歩いている。道の左右は一戸建てが多い、稀にアパートが見られる。


「駅前はテナントとかあったけど、この辺は寂しいえ。人と会わないなりな」


 茉琳はキョロキョロと周りを見ながら帆を進めている。


「住宅地だからね。街の中心部から離れたらこんなものだよ」

「翔と……はこういう処にすんでるんなしね」

「お前が来たいっていうから連れてきたんだ。文句は言いっこなし」

「じゃあさぁ、翔ん家どの辺りなり? 行ってみたいえ」

「はっ、何言ってんの。そんなの見てもしょうがないだろ」


 茉琳は振り返り、後ろから歩いてくる翔の前に唯づむ。指先を翔の胸でもじもじと輪を書き、


「ダメ?」


 上目遣いでお願いしてみる。


 (実を言うと本当の目的は違うけどね)


「スポンサーのリクエストは断れません。つまんないぞ、ただの一軒家だから」

「いいの、いいの行こ!」


 茉琳は翔の背中に回り前に押し出す。


「押すなよ。俺の家の場所知らないだろ」


 茉琳は翔の背中をグイグイと押して進んでいく。


「でも行く方向は合ってるよ。お前、この街を知ってるのか?」

「知らなーい。なんとなーく。勘なりぃ」


 とは言いつつも、迷いなく進んでいく、


 (知ってるも何も)


「だから押すなって」


 と言いつつ、翔は立ち止まった。とある古いアパートの前で2階の窓を見だした。いきなり止まられてびっくりはしたものの、つられて茉琳も見上げる。

「ここって?」


 (私が住んでいたアパート)

見ると窓にカーテンがかかっていない。ガラス越しに天井が見える。 

「翔。何、見てるなしか?」

「…空き家になってて驚いてる。知ってた人が住んでたんだよ」


 翔の声に戸惑いの色、


(私も驚いた。居場所がなくなり、居た場所までなくなってしまった)


「同級生だったんだ」


 吐き捨てるように翔は話をする。


 (そう、私)


 茉琳は、恐る恐る憶測の答えを言う。


「引越しかなぁ」

「いや、もう亡くなってる」


 吐き捨てるように翔は答えた。彼は見送りができなかったんだ。


(そう)


「ごめんねぇ、私、知らなくて」


(知ってるも何も、この茉琳って娘の中に私がいてあなたとお話ししてるよ)


「お母さんがいたはずなんだけどなぁ」


 (縁の薄い人だけどね、あーぁ何もこの世に無くなっちゃったあ)


 アパートの窓を見上げている茉琳の目には涙が見てとれた。


(いつも愚痴をぶつけていた縫いぐるみも無くなったよね。ショウショウと名をつけたパンダの縫いぐるみ。今日の出来事や給食の献立、嬉しかったこと、悲しかったこと、そして翔のこと、聞いてもらっていたのに。手荷物じゃないって病室にも置けなかった)


  (あれ? 何か引っ掛かるよ)


 居心地悪そうにキョロキョロと周りを見ていた茉琳は、何かを見つけたのかある地点を注視している。そして見ている先に駆け寄って行った。


「何に向かって走ってるの、転んだら危ないよ。そっちはゴミ置き場だって」


 茉琳はゴミ置き場からビニールが絡まったものを持ち上げた。翔も駆け寄ってみてみる。


「燃えないゴミは決まった袋に入らないと回収しないからね。大きすぎて入らなかったんだ。何かな?」


 茉琳は バリバリ と絡まったものを引っ張り、そして解いて外していく。中から大きい頭、太い胴体、先の丸く太い手足。毛糸地に泥がついても茶色に変色している。元の色がわからなくなってしまっている。


「なんか、縫いぐるみっぽい、熊かなぁ? でも、下膨れの顔つきは、パンダ?」


 茉琳はそれを見るといきなり叫んだ。


「ショウショウ!」

「えっ? 熊? パンダ? シュウシュ?」

翔といえば状況か

わからずにオロオロしている。


 茉琳は縫いぐるみを抱きしめた。雨も降ったであろう、吸っていた水気が服にしみていつた。汚れも服に移っていく。


「おい、汚いよ。あーぁ水気が移ってるし」

翔は悲惨な状況になっていることをマリンに告げた。


 (私のお気にがグシャグシャのドロドロなし!泣いていいなりか?」


「いーの。このままで良いの」


 結局、翔は茉琳の汚れた姿では帰られないと判断したようで、翔は連れて渋々、茉琳を実家に連れていく羽目になってしまった。

そのまま歩いて帰っていった翔の家の玄関で、母親が出てくると


「まあまあ」


 翔の母は、


(翔が女の子連れてきた!)


 目をパチクリさせている。

そこで茉琳はウールハットを脱ぎ、深いお辞儀をして、


「お母様、大変お恥ずかしい話で誠に申し上げませんが水場をお借りできませんでしょうか?」

「まあまあ」


 翔の母は、


(どごぞのお嬢様みたいな話し方ですわね)


 変な関心をしてしまった。

そんな茉琳の変わりようを見た翔は、


「えっ、これ誰?」


 翔は驚きの声を上げる。

茉琳はマリンでドヤ顔をさらし、


「わったしだもーん。少し前までお嬢様してました」


「「 (えぇ) 」」


日向翔親子を驚かしていた。


 ぬいぐるみは結局、茉琳の知り合いの業者でクリーニングと修理を行った。そして茉琳の枕元に座っている。





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