第13話 倉鼠

  階段講義室に茉琳は入って行った。今日の最終講義であったりする。

 階段状になっているうち上の方が空いていたのでそちらに座って行った。


「ウチでハムスターを買うことにしたんだけど」


 丁度、前の席で二人の女の子が話しをしていいる。


「ゴールデンハムスターの短毛種でね、白と茶色のマダラ模様が可愛いのよ」


 その子は隣の子にうっとりとした顔で話しかけている。


「性格はおっとりとして飼うには丁度良いし」


 聴きながら茉琳も相槌を打っていた。実は茉琳もハムスターを飼っていたんだ。


「表情がいっぱいあってね。眠そうな顔を見るとキューンってなるのよ、その子を撮影してネットにあげているんだ」


 自分も同じ思いをしてきたということで、茉琳は平テーブルに突っ伏して頭だけ前に乗り出し、二人の子に話しかけていく。


「ウチもハムスター飼ってたの。可愛いーよね」


 勢いよく頭を動かしたせいか、黄色に染めた髪もテーブルから飛び出して二人の子の前に垂れ下がってしまう。


「ウチではねえ、キンコマとロボロフスキーを飼ってたしー。これがちいさくてとちょこちょこした動きがかわいのぉ」


 茉琳は可愛さ自慢を続けていくのだが、



「ねえ、この子って」

「染めが剥げて金髪がムラになっているって」


 2人がヒソヒソとマリンのことで話している。


「臆病でね、触ったり、手に乗ってもらうのに時間かかったなりー」


 話に夢中になっているマリンの目を避けるように、平テーブルを移っていく。


「関わらない方が良いかも」

「知ってる。この子の連れの友達が、麻薬が見つかって退学になったんだって」

「そうなんだ」


 そうして、二人はさらに二段下でマリンとは離れた方のひら机に逃げて行った。



「でねぇ………れ?」


 ふとした拍子に茉琳は話を聞いていたはずの二人がいなくなり、別の離れた場所へ移ったことを知ってしまう。

 茉琳はテーブルの上で組んだ腕の中に顔を埋めていく。俯いた顔の下で上唇で歯を噛み、組んだ手は力一杯握って白くなっていた。

 結局、講義中ずっと蹲り、終わっても人がいなくなるまで同じ姿勢でいた。誰もいなくなった講義室で一人起き上がる。力を込めた上唇は白く、血の色が失せ、涙がてでいたのだろう瞼は腫れている。


「ペットショップに行ってハムスター見なきゃ」


 茉琳は一人ゴチた。その飼っていた2匹のハムスターは彼氏と行動を共にしていたため世話をすることができずに死なせてしまった。この世にはもういない。


「ウチ一人じゃ、外に行けないから」


 茉琳は、ある後遺症持ちで、突然意識を失ってしまう。壁に手を逸せて階段を降りて、校舎の玄関を抜けると、


「翔を探さないと」


 と校内を彷徨って行った。



 いきなり


「カーケール」

「うわっと!」

  最終のカリキュラムの教室から出て地下鉄の駅に近い東門へ行くと翔は声をかけられた。

  と、同時に背中へ抱きつかれる。翔はたまらず蹈鞴を踏む。東門はすぐに階段で降りるようになっていて堪らず踊り場の縁ギリギリで持ち堪えることができた。

 茉琳は翔の背中越しに話しかけていく。


「翔、もう帰りなしかぁ?」

「『かえり』じゃない、危ないでしょ。突き落とされるかと思ったよ」


 翔は言葉に怒り含ませて、後ろの茉琳に抗議をしていく。

しかし、背中にあたる、柔らかいボリューミーな感触に翔はドギマギしている。


「堪忍えぇ、翔を偶々見かけて嬉しくって」


 と、喋る茉琳と言葉には謝るという意思は殆ど入っていない。


 (コラァ、そのけしからん胸で翔くんを誘惑するなぁ)


 翔はその言葉は嘘だと気づく。下を向いていた翔は見えたりする、編み込みサンダルから覗く指先の赤はフットネイルではないことに。自惚れでなければ、構内を俺を探しまくっていたことになったせいではないのかと、


「で、なに?」

「この後、暇なりか?」

「下宿に帰ってネットに溺れる予定」


 逆光になって顔の表情がわかりづらいのだけれど、綻んでいる雰囲気は見て撮れた。

茉琳を告げる。


「じゃあさ、行きたいところあるんだけど、お願いできるなしか」


 翔は頭を掻きながら不満を声に乗せて返事をする。


「なんで、俺? 他に友だちいないの?」


 言ってから、翔は失敗したと手で顔を覆う。

茉琳は涙声で、


「ヒーくん、もういないの。誰もいなくなったの。だから」

「わぁった。わかったから泣くなって、なっ」


 実はこの女、1人の男を溺愛した挙句、独占するために周りに棘をとばしまくって、近づいてくるものを全力排除していたりする。友達と呼べる人がいなくなったのである。


「では、マリンサマ、どちらに行かれるのをお望みでありましょう?」

「なんかのセリフ読みみたいだしー。でもね、ありがとね」


 翔は、何かと絡んでくる茉琳のお願いはなし崩し的に聞いてあげる羽目にあっている。翔自身、女性にはトラウマを持っているのだが茉琳にだけは不思議と症状が出ない。そんな女性が頼ってくるのだから、満更ではないのかもしれないと勘違いしている。

 そうして二人は東門を出ていく。地下鉄の駅に差し掛かり駅ビルにある出入り口まで来ると、階段の下から大荷物を持つ、年を重ねたであろう壮年で和装の女性が長い階段を上がってくるのが見えた。見るに荷物が重いのであろう。休み休み階段を上がっている。


「チッ」


 翔は舌打ちをして茉琳をおいて階段を降りようとした。そんな翔の腕を取り翔を茉琳は止めた。


「ウチも」


 茉琳は、翔の目を見て話しかけた。

二人は相槌を打つと揃って階段を降りていく。


「荷物が重くないなり?」

「手伝います、荷物持ちますよ」


 二人で声を掛けて、絵女性の手助けをしていった。


 で、今、ペットショップの前に2人はいる。

 キャンバスに近い商店街の一角にあるペットショップ。入り口横のディスプレイに、いくつかのケージが陳列されていて、その中のひとつにあった。


「講義の時に前に座っていた子たちの1人がねぇ」


 店内に入り、そのケージをしゃがみ込んで見ながら、


「可愛くって可愛くって画像をネットにあげてるって聞いたの」


 ブリーチして黄色に染めた髪の毛が背中に流れ、手入れが足りず、プリンが広がっている。


 履いているローウエストのダメージジーンズの腰から覗くブラウンの布地と頭のカラメルと金髪を模した黄色の髪の毛がどこかの稲妻ネズミの配色になっている。ソレが、


「このハムスター、きゃわいいのー」


 なんて言っている。


「見てみてぇ、ひまわりの種を食べる仕草、ほっぺプックリしてるぅ」

「ロフトもあるんだね」


 ケージの中に寝床のハウスとロフトとそれについている階段。その上に水飲み用の容器と餌の容器が置かれている。1匹のハムスターが食事をしていた。そのうちにまわし車に飛び乗り、走りまわしている。


「キャワイ、キャワウイ、可愛いのー」


 茉琳は手を開き、指先だけで拍手をして燥いでいる。


「ウチもハムスターになれたらなあ。つぶらな瞳と可愛い仕草で翔を癒せるなしかぁ?」

「なんとなく、種を詰まらせて踠く姿や、回し車で摘まずいてぐるぐる回って落ちて踠く姿しか浮かばないんだけど」

「全くもってひどいなりー」


 プンスカし出した茉琳を翔は笑いながら宥めて行く。

すると、突然、


「ウマソー」


 そして、


「クイタイ」


 と女性の声がした。ハムスターはフリーズし、周りのペットの鳴き声も止んだ。

その声の主は自分の口を両手で押さえてキョロキョロしている。自分じゃないよと訴えている。


「ウチじゃないなりぃ」


 茉琳は涙目、涙声で無実を唱えている。

そのうちに音が戻り出した。回し車を回すハムスターは先ほどより勢いよく回しているかに見えた。


 結局、なにもできず店を出る2人だった。


(ごめんね、翔くん。お金がなくなって二日間、何も食べられなくってぐったりしている時に見た家ネズミを思い出しちゃって。ひもじかったんだよぉ〜)


 実は中にいる茉莉の仕業であったりする。

気まずくなり、大急ぎで店を離れていく二人であった。


 しばらく歩いて行き、茉琳が唐突に翔に話しかけた。

翔の顔が強張った。


「何かあるの?」


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