第8話 感涙


 いきなり意識が途切れる。記憶が飛んでしまいます。こんな感じて。それもいきなり、予告もなしにだよ。


 気づいたのはベッドからの拘束を取られて、しばらくしてからなんだ。

 トイレに行こうとして、ドアを開けて座ろうとしたら、目の前真っ暗。次に見たものはクリーム色の便座の蓋って具合。お仲間よろしくトイレに抱きついていました。

 なんかおかしいのかなっては思っていたんだけど、退院して、外に出てから大変なことだと気づいたんだ。

 あまり病院関係者の前で気絶してなかったし、周りに無関心で気にしていなかったんだね。

 帰ろうとしたんだけど帰る方法がわからない。じゃあ、なんでこんな病院に入ったの。 


 茉琳がいうには彼氏の車でかなり遠くまで走り移動して土地勘のない山道に入り込み、進むだけ進んだようだ。見知らぬところで見つかって入院治療となったことらしい。

 ここは、 私、茉莉の地元のハブホスピタルだから、駅まで行く方法はわかる。その先はローカル線ではなく、新幹線を使った。

 降りようとしたところで意識が途絶えて、気がついて見れば二つほど駅が過ぎていた。自分の体の現状をまざまざと見せられて、悲観して落ち込んでしまったよ。

 でもね、住んでるマンションから進学した大学は、すぐそばだからなんとかなるかなって甘く考えていたんだろう。

 新年度の学期が始まり構内の賑あうカフェテリアで好きなカフェオレを買って、テーブルまで行こうかとしたら、ブラックアウトしてしまった次第。

そして気がつくと、

瞼が微かに開いて光を感じられた。あれ、いつの間に気を失ったんだろう。ダメダメ、こういうのに慣れないといけない。

頬に柔らかいものが当たっている。柔らかいものに頭を乗せているんだ。起きなくてもいいよ抗いがたい気持ちいっぱい。


「起きましたか?」


 寝ていたい気持ちを吹き飛ばすかのような、爽やかでよい声。耳に入ってきて頭が幸せに痺れてくる。

 起きなきゃて気になるよ。

 目が開いて見えたのは淡い色の生地。ベェージュのスカート。私って誰かの膝の上に寝ていたんだね。


「大丈夫ですか?起きられますか?」


 また寝るなんてできない。こんないい声が聞けるんだから。


「ここは?」

「はい。カフェテリアです」

「え?」

「大学構内にあるカフェテリアです」


 私は目を瞬たせた。なんで? こんなとこで知らない人に膝枕されてるの??


「あなたがいきなり倒れてきて、私しも驚いていますの。そのまま動かなくなるし、どうしたら良いか迷ってしまって」


 倒れた! 私が。しまった。やらかした!! 最近ちょくちょくあるんで気をつけていたけど油断していた。いきなり気絶したんだね。

 やっちまったー。

 見知らぬ学生へカフェオレをぶちまけてしまったみたい。 私は跳ね起き、

「ごめん!ごめんなっシー」


 彼女を見ると光沢のあるホワイトのブラウスの肩口が濡れている。僅かにクリーム色に変色して、下の肌の色が滲み出て見える。しまったぁ。私ってカフェオレ持って歩いていたんだ。そこで。いやぁ、どうしよう。記憶が呼び覚まされた。


「わたし、私。ごめんなさい。どうしたら良いかな?」


「どうしたらではないでしよ。この方は…」


 彼女の隣にお連れさんが立っていて、怒りを露わに嗜めて来たね。


「馨様。その辺で、私しは宜しくてよ」


 柔和な微笑みで鎮めてしまう。

 

「て言うか、普通に話をしません。カオリン」

「あなたがそれでよければ。アキホン」


 このお淑やかな姫はアキホンっていうんだ。


「ごめん遊ばせ。体の具合はいかがですか?」

「もう、大丈夫です。ありがとうございます」


 起きあがろうと体を捻ってうつ伏せになった。そして見えてしまった。布地の表の変色がわかるくらい広がっているよ。


「スカートが濡れてる。誰がが泣いていたの?」


 ううん。泣いているのは私。アキホンの膝の上の居心地が良かったの。私が体感することのなかった安らぎがあったの。

 私は生まれた直後から育児放棄されていたから、膝の上で寝るなんてことはなかった。それがこんなに心を慰撫してくれるなんて知らなかったんです。だからかな涙が魂から流れていったんだと思うの。この安らぎが欲しかったと。


 

「もう少し休んでも良いですよ。私がみていますから」


 彼女は優しく頭を撫でて、手櫛で私の髪を梳いてくれた。私の心が凪いでいく。覚えているうちでは初めてだと思う。安堵して涙がダダ漏れ スカートもお漏らししたように色が変わっている。それでも彼女は何も言わない。


「お友達になってください」


 私は小さく呟く。

 そして恐る恐る顔をあげて彼女を仰ぎ見た。

見えるのは彼女の柔和な微笑み。

「良いですよ。是非にお願いしますね」

私は起き上がり、彼女の膝から離れて床に平座りになると溢れて止まらない涙を両手で拭った。何度も何度も拭ったと思う。


「お友達になってください」


 繰り返して。


 そして一番目で戦友の翔から2番目の友達ができた。女性では初めてになるお友達ができました。嬉しかった。


 なんとか、心の支えが増えて安心していたんだけど、講義も始まるようになって、この茉琳の過去が私を襲ってきた。コスメとかタブレットとか入ったバックをいきなり、同期の女の子にひったくられて、通路にばら撒かれてしまった。


「普段、あんたが気に入らない子にやっていたんでしょう。ざまあ」


 そして私、茉莉の過去が救いの手を差し伸べてくれた。


「これ、あなたのでしょう」


 翔が目の前にいる。遠い彼の地で、万分の確率で彼がいる。


「翔、あなた、日向 翔でしょう」


そして私は新たに歩みを始めたんだ、


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