メリーさんの無線

dede

第1話


「流石ですぜ兄貴。タクシーを使ってアリバイ工作しようだなんて。……モデルは何ですかい?」

「……クククッ、さすがにどのマンガかまでは言えねぇゼ?」

そう、深夜のタクシーの後部座席でサングラスをした黒ずくめの男二人が楽しげに会話していた。

しばらくするとタクシー無線が入った。

『ピ……私メリーさん、今、新宿にいるの』

「……」

「……」

「で、兄貴。今回の分け前ですが」

「……これでどうだ?」

右側に座っていた男が指を4本立てる。

「兄貴、もう少し色をつけて貰えませんか」

「わかった。これ以上は出せねぇーゼ?」

男は指を9本立てた。

「マジですか兄貴!」

「ああ。だが次も頑張れよ?」

「もちろんですぜ、兄貴!」

『ピ……私メリーさん、今、杉並にいるの』

「……」

「……」

「で、兄貴。次はどこで仕事しましょうか?」

「そうだな。関東では荒稼ぎし過ぎたからな。大阪はどうだ?」

「いいですね、兄貴!」

赤信号になった。タクシーが止まる。

と、後部からパトカーのサイレンが遠くから聞こえてきた。

「っと……!」

「っ!」

2人は身体を傾けて外から顔が見えないようにする。

信号が青になり動き出す。やがてタクシーの横をパトカーが通り過ぎて行った。

「フゥー、冷や汗かきやしたね、兄貴」

「まったくだ」

『ピ……私メリーさん、今、吉祥寺にいるの』

「……」

「……」

「……あの、兄貴?追われてやしませんか?」

「お前もそう思うか?」

「中央本線じゃないですか?」

「タクシーじゃ、いずれ追いつかれちまうか」

「コンビニでポッキーを万引きしただけでメリーさんは重くないですか?」

「……好きなんじゃねーか、ポッキー。知らんけど」

「どうしやす?兄貴」

「運転手さん、ココまででいいぜ」

「わかりましたー」

私は車を止める。

私は料金を受け取ると、乗客を降ろした。

変な客だったなぁ。

車を走り出させる。しばらくしてサイドミラーを覗くと、降ろした客がおまわりさんに職務質問されているのが見えた。

『ピ……私メリーさん、今、三鷹にいるの』

以前、タクシー仲間に聞いたことがあるが、メリーさんからの無線はうちのタクシーにしか聞こえてないらしい。

月に何度か流れてくるが、未だに追いつかれた事はない……けど、今日は距離の詰め方が早いな?

ホントに電車を使っているのかもしれない。

と、反対車線にお客さんっぽい人を見かけたのでUターンする。

近寄ると手をあげたので車を停めてドアを開ける。

「どちらまで」

乗り込んできたのは、モデルのような美人さんだった。

「ちょっと近いんだけど井之頭公園まで」

「わかりましたー」

『ピ……私メリーさん、今、すれ違ったの』

心なしか声が沈んでいた。

「何です、今の無線?」

「あ、気にしないでください」

私は車を走らせ始めた。しばらくしてまた無線が鳴った。

『ピ……私メリーさん、今、武蔵境にいるの』

絶対電車だよ、今回のメリーさん。


「あ、ここで大丈夫です」

「わかりましたー」

車を停めて料金を受け取り、お客をおろした。

「ありがとうございました」

「お気をつけて」

私はまた車を走らせ始めた。そういえば、メリーさんからの無線がしばらくないな。

『ピ……私メリーさん。ああいうのがタイプなんですか?』

久しぶりの無線は居場所じゃなかった。

私は社内をキョロキョロ見回す。え、見られてる?

会社の指針でカメラつけてるけど、まさか見れてるのか?

若干ドギマギしながら、お客を探して運転を続けた。

更に2、3人乗せた後にまた久しぶりにメリーさんからの無線があった。

『ピ……私メリーさん、今、西荻窪にいるの。……すいませんが、帰りの電車賃貸して下さいませんか?』

声に疲労が漂っていた。これ、何駅か歩いてるよな?

……私、面識ないんだけどなぁ。

私はため息をつくと、諦める。

勤怠システムの状態を仮眠に設定し、車内撮影のカメラをオフにする。

これで会社へのアリバイ工作は済んだので、初めて無線を返した。

『ピ……こちらタクシーの運転手。貸す電車賃はない。こちらはタクシーだ、迎えに行くから乗って行け』

私は西荻窪までタクシーを走らせる。

後部座席に座った彼女は、あのセリフを言うのだろうか。……言うんだろうなぁ、嬉々として。


「私メリーさん、今、あなたの……」

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