竜襲来!怒りの大天使!

 太陽が一番高く上がったころ。ミカとエルは尋常ではない速度でこちらに向かってく強大な魔力反応を捕捉した。互いに目を合わせ頷き即座に動く。


 エルはシオンが寝ている寝室へ、ミカはログハウスを出て上空を見上げた。外はいつもより気温が高い。理由はすぐに分かった。2つのはずの太陽を3つ視認した。いやっ、と即座に思考を切り替える。


「……竜か。」


 上空200mほどの所に太陽と間違えるほどの熱量を放つ一体の竜がたたずんでいた。バサッバサッと翼をはためかせゆっくりと降りてくる。全長30m程の巨体がドスンと地面に降り立った。


「我が名は太陽竜イグニール。ここに神気を確認した。この世界に害をもたらす者でないかを見極める。会わせてもらえるな?」


 イグニールは目の前の天使に対して竜らしくふてぶてしい態度で振舞った。ブチッと何かが切れた音がした。


「貴様程度の分際でご主人様に対して見極めるだと?二度とその生意気な口をたたけないようにしてやる!」


 ここに竜と大天使という最強種同士の戦いが始まる


 先に動いたのはミカだった。重心を少し低くし、強く一歩を踏み出した。次の瞬間ミカはイグニールの左頬付近で拳を握り、スキルを発動させる


 「(スキル・粉砕)。…頭が高い。」


ミカの右手が白銀に輝く。


 イグニールはまずいと直感的に感じる。


 しかし、頭ではわかっていても体が追い付かない。ミカは大きく拳を振りかぶる。だが、その隙にイグニールは今できる最大限の竜の魔法(太陽魔法・太陽砲爆炎)を無詠唱で発動した。


 自分の頬に拳がぶつかる前にこの魔法を当てることができ、勝利を確信した。なぜならイグニールは天使との戦闘経験があったからだ。天使という種族は確かに強いが竜種である自分の方が種族的に強く、一撃を当てさえすれば戦闘不能とは言わずとも致命傷は与えられると考えていた。


 魔法が止むと同時にイグニールは(スキル・熱源探知)を発動させようとしたが、そうする必要もなかった。目の前には無傷の天使がいたからだ。


「なっ、なぜ。」


「大天使であるこの私に貴様程度の魔法が効くものか。砕けろ。」


 上から下に叩きつけるように放たれた拳が頬に直撃する。イグニールの顎が強く地面に叩きつけられ衝撃波とともに半径10mほどのクレーターができる。


 そして、イグニールは簡単に意識を手放した。実際天使が相手であれば、イグニールの想定通りに事が進んだだろう。


 しかしながら、ミカは大天使だ。あまり知られていないが、天使と大天使の力量は素手の子供と武器を持った大人ほどの差があるのだ。大抵の者は大天使に攻撃を当てるのさえ難しい。そういう意味では、イグニールはさすがというべきだろう。


「ふんっ。身の程をわきまえろ。」


 スタっときれいに着地する。同時にドアが開く。


「ミカ。お疲れ様。かっこよかったよ。」


 シオンが賛辞を送る。実はエルが寝室に行った頃にはシオンは目を覚ましていた。エルに竜らしきものが来たと事情を説明され、ぜひ見たいとログハウスの窓から戦いを眺めていたのだ。


「ありがとうございます!」


「それにしても竜が俺に何のようかな?二人はわかる?」


うーん。と考えるそぶりを見せた後エルが答える。


「竜には世界そのものを守るという使命があるわ。ご主人様の大地魔法の規模がすごかったから、世界を壊さない様に気を付けてと言いに来たってところかしら?」


「私もその考えに賛成です。しかし、態度がなっていなかったので少々教育しました。」


「なるほどね。じゃあ後は本人に聞こうか。」


 そう言ってログハウスに入ろうとするシオンをエルが呼び止めた。


「待ってご主人様。もう一体竜がいるわ。すぐ目の前に出すわね?」


 エルの(スキル・空間掌握)が発動し、目の前にエメラルドグリーンの光を纏う一体の竜が突然姿を現した。


「さあ、まずは名乗りなさい。」


 その竜に向かってエルが告げた。



 アイデアルは何が起きたか理解できなかった。完全に気配を消し、さらに、(スキル・透過)を使い探知も目視もされない様にして遠くから戦いを観察していたはずだ。


 だが今は、スキルが解除されている。しかもイグニールを簡単に倒すほどの強者とその主人が自分を見上げている。何百年ぶりに汗をかく。彼女は冷静だが、さすがにこの状況には慌ててしまう。そこに黒髪の女性から声がかかる。


「名乗りなさい。」


 反射的に返事し(スキル・擬人化)を使う。するとそこに緑色の髪をした美女が現れた。美女は深く頭を下げる。


「はいっ!私は幻想竜アイデアルと申します。新たな神が降臨されたことを感知したため、ご挨拶に参りました。」


 竜は強者に従う性質を持つ。アイデアルはイグニールと戦った場合、相性の差でぎりぎり勝てる程の実力だ。イグニールがやられた時点で自らの立場を理解していた。


「ふーん。神が現れるといちいち挨拶に来るのかい?」


「いえ、そうではありません。先ほどあなた様が起こした災害の真意を確かめに来たのです。」


「真意と言われてもね~。強いて言えばできそうだからやってみたってところかな。それよりも、竜はヒト型になれるんだ!驚いたよ。」


「ご主人様。全ての竜がなれるわけではありません。一定以上の魔力とそれを扱う技術が必要です。」


とミカの豆知識が入る。そうなんだと感心しているときに思い出す。


「君はあそこの竜を知ってる?」


「はい。イグニールは妹のようなものです。」


「なら回復魔法をかけて起こしてくれるかな?君の(スキル・属性変化)が見たいんだ。」


 そう言われアイデアルは手に汗がにじむのに気が付いた。竜種は気配に敏感であり、スキルの対象が自分に向けられると、それを察知することができる。


 しかし、今に至るまでスキルが使われたということに気が付かなかった。その驚きが顔に出ていたのか、エルから声がかかる。


「驚くことはないでしょう。ご主人様は神なのだから。」


「は、はい。失礼しました。では、やらせていただきます。」


 底が知れないと畏怖しながらもスキルを発動する。


「(スキル・属性変化・光)。」


 そう唱えると今まで緑色だった髪が金色に変わった。そして、イグニールを対象に最上級回復魔法を詠唱破棄で使用した。


「(回復魔法・パーフェクトヒール)。」


 光がイグニールを覆い傷が治っていく。数秒経ち光が収まるとイグニールが目を覚ました。


「……アイデアル?なぜここにいる?」


「今はその話より先にやるべきことがあるでしょう。」


 そうアイデアルはイグニールに告げた。



「先ほどの無礼をどうかお許しください。」


 ここはログハウスのリビング。緑色の髪の女性の横で赤とオレンジの中間くらいの髪色をしたボブヘアーの若い女が、目の前にいる男女3人に深く頭を下げていた。


 もちろん、シオン、エル、ミカ、イグニール、アイデアルの5人だ。


 よくよくイグニールの話を聞くと、自分と同じかそれ以上の強さをもつ者はなかなかおらず、これ幸いにと挑発することで戦闘にもちこもうとしていたらしい。結果として挑発はうまくいったのだが、ミカの逆鱗に触れてしまいやられてしまったというわけだ。


「謝罪はもういいよ。それで君がきた本来の目的は?」


「それは、竜の役目に関わります。我々竜種は世界そのものを守るという使命をおびていますが、この世界に降臨された神族の護衛、または案内の役割も同時に担っているのです。」


「ほうほう。ちょうどいいじゃん!ミカ、エル、俺たちの旅行に観光ガイドがついたよ!」


 嬉しそうなシオンを見て二人の機嫌がよくなる。


「はい。よかったですね!」


「ふふっ、よかったわね。」


とシオンに笑いかけた。


「では、同行を許可してくださいますか?」


「うん。いいよ。」


「ありがとうございます。」


 イグニールは安堵の表情を浮かべ頭を下げた。ここでミカがアイデアルに尋ねた。


「貴様も神に仕えているのか?」


 ちなみにミカとエルはシオン至上主義であって神全てを崇拝しているわけではない。


「はい。私はイシュタル様に仕えています。」


「へぇ~俺と同じ神かぁ。よし、ミカっ、エルっ!王都に行った後はイシュタルに会いに行こうか。」


「かしこまりました。」


「わかったわ。」


 二人に異議はない。


「もちろん、イグニールもね。」


「はい!」


 イグニールがシオンから名前で呼ばれたことで、ミカとエルは他者という認識からシオンのお気に入りという認識に切り替えた。


「それじゃあ日もそろそろ暮れそうだし、この辺でお開きにしないかい?イシュタルにはよろしく伝えといてもらえるかな?」


「承知しました。それでは失礼します。」


 アイデアルが外に出て竜形態に戻る。シオンも見送りのために一緒に出てきた。飛び立とうとするアイデアルに対してミカとエルが声をかける。


「待て。私の名はミカエル。」


「私の名はサマエルよ。」


「イシュタルの守護天使に私たちの名を伝えろ。そしてご主人様がそちらに向かうときに少しでも無礼を働くことは許さない。もしご機嫌を害されたら私たちの怒りがお前たちに向けられる!」


 ミカがそう釘をさす。そして、聞かされたアイデアルは頭を殴られるような強い衝撃を受けた。初めて本名を聞いたイグニールも同様だ。


 なぜならどちらも天使族の中で圧倒的強さを誇り、その力は神の領域に到達していると言われ、どの神の召喚にも応じなかった大天使だったからだ。最強種に位置している者達の中にこの二人の名を知らぬ者はいない。


「はい!必ずや伝えます!失礼します。」


 そう言ってアイデアルは急いだように飛び立っていきやがて姿は見えなくなった。


「ま、まさかお二人がミカエル様とサマエル様だったとは。納得がいきました。私程度ではかすり傷さえ与えられないわけですね。」


 イグニールが小さく呟いた。ふいにエルとミカがイグニールに顔を向ける。


「イグニール、今の貴方の実力ではご主人様に仕える者としてふさわしくないわ。」


エルがはっきりと断言する。


「私とエルでお前を鍛える。」


「はい。よろしくお願いします!」


 シオンはその様子を見て苦笑する。


「ほどほどにね。それと俺の魔法訓練にも付き合ってよ?」


 その発言にミカとエルが素早く反応した。


「最優先です。」


「もちろんよ。」


 反応が早いなとシオンは、ははっと笑う。


「さて、今日はここでゆっくりして明日王都へ向かおう。」


 その言葉に全員が同意しログハウスで1日を過ごした。


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