第2話シンの物語

シンの物語 シンは東京のとある大手企業で勤めており、職種でいえばプログラマーをしていた。もう勤 めて五年以上にはなる。幼き頃から、両親から手に職をつける重要性と、とにかくいい大学に


行って、いい企業に就職という事を、挨拶をすることよりも大切であるといったように教えこ まれた彼は、とりあえず《いい》大学に行き、《いい》企業に行った。 別段、《いい》企業が天国などとは彼は思っていなかったのだけれども、《いい》企業なわ けなのだから、そこで努める限りではそれなの有意義な人生があるのだろうとある程度の期待 はしていた。 だが、現実はそれとは異なるものではあった。収入は確かにいい方ではある。ボーナスも豊 かなので、ちょっと無理をすればそれなりに欲しいものは手に入った。海外旅行も毎年行ける くらいには稼いだ。プログラマーとしての技術も上長に認められて、自分の技術が会社を通じ て、さまざまなシーンで認められていくことに対して、居心地の悪い感情などは生じているわ けではない。けれども、《いい》企業で働いて、その企業が良しとする価値観、いや、両親や 世間一般が良しとする価値観に対して、履き心地の悪い高級な革靴を強制的に剥がされている ような居心地の悪さをシンは感じていた。

それは肉が生まれつき食べれない体の子どもに対して、ステーキだから食べてごらん、と何 の迷いもなくステーキを嫌いな子どもなどいるわけなどありはしないと言わないばかりに、無 理やり子どもにステーキを食べさせている親のようであった。絶対、損はさせない。美味しい のだから。あなたのためなんだからといった心持ちで食べさせられるかのようでもある。 つまりは、彼は所謂、《いい》企業が嫌いになっていた。まず、うまく《いい》社員であり 続ける事ができなかったし、《いい》社員と仲良くなることも困難であった。彼らの多くはブ ランドの腕時計を身につけることをステータスとし、 沢山稼いで、より出世することに対して絶対的な願望を所有していた。 みんな同じような観念を所有しているという点では、どの社員も金太郎飴のように同じよう に見えた。とても好い表現ではないけれど、金太郎飴の社員というタイトルのアート作品でも 見ているかのようだ。根本的に、大差がないように見える。 シンにはなんだかその現実が怖かった。

まるで、洗脳のようにも思えた。 お金があるのが当たり前だとおもっていた。稼ぐ事が大切だと、、(ほんとうにそうか?)そのような疑問を感じながらも、とりあえずは生きなるために、《いい》社員たちに合わせる 事にした。周りからは鈍臭いだの、空気が読めないなどと、ときどき言われながらも、それな りに頑張っていた。ある年月が過ぎた頃には、仕事がはやい、察しがいい、空気が読めるなど と言われており、《いい》社員たちから、一目置かれていた。むしろ、好かれる方が、精神的 に彼を疲弊させていた。 彼はとうとう精神病院に行き、薬を処方してもらうレベルまで、疲れ切っていた。 所謂、鬱病の類であると診断されていた。 ある日は彼は入浴の際に、風呂場に溜めてあるお湯の表面みつめていた。 そこには何故か自分の顔ではなく、18歳くらいの褐色の少年が映し出されていた。 少年は真っ白な光の中を、まるで光を突き破るかの如く、ただ、新幹線より速い速度で走り 進んでいた。


シンは名前も知らないこの少年に対して何故か懐かしい心持ちを感じていた。 と同時にこの少年の前向きで情熱的な姿勢に憧れすら抱いていた。 (僕もこの少年のように生きることは可能か??) 彼の問いかけは何に対して向けていたのだろうか。 自分自身に対してとするならば、自分が自分に対して問いかけたという事であり、自分が二人 存在する事になる。どちらが本当の自分なのであろうか。否、どちらも本当の自分ではないの であろうか。彼は無意識に、風呂場の中に潜り込んだ。少年側の世界へと、行けそうな気がし たから。そうして、その世界は自分の心の中にあると直感的に気がついていた。

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