31.女神様のご意思
服飾店と武器屋での買い物を終えた五人は、宿へ戻りヴィルフリートの部屋に集まった。
「さて、全員いるよな?」
「いると思うが、何か話したいことでもあるのか?」
問いを投げるクリストフは、服飾店では店員の会話が聞こえる位置にいなかった。また、全く事情を知らないデニスとガブリエラもいるため、フェリクスに確認を取る必要がある。
「ああ。……フェリクス、ここで話してもいいか?」
「うん。あ、自分で言うよ。ええと、この先の行動が変わるかもしれないから、話しておこうと思う。さっき服飾店で聞こえてきたんだけど……」
部屋にはフェリクスの声と、一階の食堂で料理の仕込みが行われる音しか聞こえなくなる。時折外を走る子供の元気な声が届き、そのたびに全員がはっと我に返るということを繰り返していた。
「……というわけで、そのディアナっていう人が彼女なのか、確かめたいんだ。謝らないといけないから」
「フェリクス様、そんな過去が……ううっ……ぐすっ……」
「ガブリエラが泣くことないだろ」
涙を流すガブリエラにデニスが苦々しげに言うと、ヴィルフリートがゆっくりと口を開いた。
「……フェリクス、あのな、レッドドラゴン倒した前日、食堂に行っただろ? そこの店員の女性、フェリクスに似てたんだ」
「……え……? 似てたって……」
「同じブラウンの髪と目で、顔も笑い方も。レッドドラゴン倒したら言おうと思って、黙ってたんだが……」
「そ、そうだったんだ。だからまた行こうって言ってたの?」
「……タイミングが難しくて……申し訳ない……」
「謝ることないよ。でも、それだけじゃわからないよね」
少々引きつった笑いを見せてから、フェリクスは視線を窓の方に移した。
「なるほどね。会計の時にヴィルがさっさと俺らを追い出したり、今日になっても聖女探しのことを切り出さなかったり、違和感はあったんだ」
「さすがクリス、よく気付いたな。何にしろ、話はレッドドラゴン倒してからだと思ってたんだよ」
クリストフが肩をすくめてふっと笑いを漏らすと、デニスが「そうか、だから……」と小さな声で口にした。
「確かに似てました、雰囲気が」
「デニスにも悪いことしたな。あの時話を切り上げさせたのは、別の意図だったんだ」
「いえ、いいんです」
今度は、ゆるゆると首を振るデニスにフェリクスの視線の先が移り、心ここにあらずという様子を見せている。
「で、フェリクス、定食屋に行ってみるか? 一人の方がいいなら、俺らは遠慮しておくが」
「……えっ?」
「定食屋には、一人で行くか?」
「あっ、そう、だね。一人で、確かめに行こうかな」
「ぼんやりしてるな。これ持って行けよ」
ヴィルフリートは軽く眉をひそめながらフェリクスにバングルを渡すと、「しっかりしろ」と一言付け加える。
「うん」
「迷子になるなよ」
「迷子になったら、探してくれるんだよね」
「まあな」
「……じゃあ、行って来ます」
「おう」
フェリクスはヴィルフリートの返事を耳に残し、一人で宿を出た。思い返せば一人で出るなんて初めてだなと思いながら。
**********
昼食時を少し過ぎ、その定食屋は会計を済ませて出て行く客が多くいた。フェリクスはまず空いているテーブルに着き、店内の壁に掛けられているメニュー表を眺める。が、食欲はそれほど湧いてこない。壁を睨んで考えあぐねていると、背中越しに女性店員が話しかけてきた。
「うちはミートパイが一番人気なんですよ。野菜スープも付きますが、いかがですか?」
「ああ、じゃあそれで」
「……あら? 武器、変えたんですか? 一昨日いらっしゃった時のと違いますね」
「えっ、あ、覚えてたんだね。あれは壊れちゃって」
「壊れた!? ドラゴンとでも戦ったんですか?」
何も考えず、不要な武器を手に取って持って来てしまったことに気付き、椅子に立てかけておいたメイスの持ち手部分を手で触る。武器屋で間に合わせに買ったメイスとフェリクスを交互に見ながら冗談めかして言う女性に、真っ正直に「うん、実はそうなんだ」と言うが、本気にされてはいないようだ。
「ふふっ。では、すぐ用意できますので、お待ちください」
「は、はい」
一人だと店員との会話をうまく進められないことに気付き、フェリクスは改めてヴィルフリートとクリストフの存在のありがたみを知ることになった。
「ああ、でもヴィルは会話がおかしくなることがあるからなぁ」
軽い独り言も、空き始めた店内では誰にも聞こえていない。
注文する際に彼女の顔を見て、似ているだろうかと少々の疑問が湧いた。確かに髪と目の色はほぼ同じブラウンだが、自分のことは判断しづらい。この状況で何と声をかければいいのだろうと、思い悩んでしまう。
聞くとしたら名前かな、などと考えていたところに、入口の方から男の怒鳴り声が聞こえた。そちらを振り返ると、店を出てすぐの場所で何か揉め事が起きている。
「だからぁ! 今は金がないんだよ! あとで持ってくるって言ってんだろ!」
「い、いつも、そうじゃないですかっ……、困るんです……!」
先程の女性店員が絡まれているのが見える。赤ら顔で酔っ払っている男と彼女の会話から察するに、ツケを断られた末の無銭飲食のようだ。フェリクスが無意識のうちにまだ手に馴染んでいないメイスを握りしめて様子を窺っていると、酔っ払いが「うるせえ! 女のくせに口答えするな!」などと言いながら彼女の腕をつかんで引きずり、苦しそうな呻き声が耳に入った。
「やめなよ」
早足で近寄り、店外に出てから酔っ払いに向かって言い放つ。
「あぁ? 何だおまえ? こっちにも事情があるんだよ、ほっとけ」
「手を放せ」
「うるせえな、ほっとけって言ってんだろ! おまえ何様だよ!」
通行人が遠巻きに見る中、女性店員は目に涙を溜め、つかまれている腕の痛みをこらえている。その痛々しい様子にフェリクスは眉根を寄せた。
「僕が誰だって関係ないだろ。痛がってるじゃないか」
「だから、金ができたら払うって言ってんのに、こいつが言うこと聞かねえんだって!」
「ふぅん、無銭飲食だね」
「はぁあ? 無銭飲食だと!? 俺はちょっと頼んでるだけじゃねえか、鬱陶しい!」
酒の匂いを振りまきながら叫ぶ男に突き飛ばされ、女性店員が「キャッ!」と短い悲鳴を上げて道に転がった。
「あっ、大丈夫!? 乱暴するなよ!」
「うるせえって言ってんだろ! やんのか!?」
フェリクスが女性店員に駆け寄ると、喧嘩慣れしているのか、男は即座に両手を胸の前で構え臨戦態勢に入った。今のフェリクスは髪と目の色を変えているため、魔法を使うことはできない。しかも手にしている武器は慣れないメイスだ。クリストフのような素手での攻撃は、得意ではない。相手が酔っ払いとはいえ、少々分が悪い。
「ああ、もういいや、面倒」
色々と考えることが面倒になり、フェリクスは地面にうずくまっている女性を背にかばいながら、魔法を解いてハニーブロンドの髪と紫の目をあらわにした。それから即、
「うわっ! 何だこれ! 魔法か!?」
「さて、騎士団の詰め所に……」
「ひっ、か、勘弁してくれよ、次に来たら金払うからっ……!」
そう言い残すと、酔っ払いは踵を返して逃げ去ってしまった。
「わー、逃げ足速いなぁ」
「あっ、あの、ありがとうございました」
「……そうだ、痛かったでしょう。回復するね」
そう言うとフェリクスは、礼を言いに近寄って来た女性店員に
自身の肌の傷が消えていくのをまじまじと見つめ、彼女は「……無詠唱? でも、やっぱり、聖魔法……」とぽつりと漏らした。
「ん? うん。僕、神殿仕えだからね」
「神殿に? あの、わ、私も、できるんです」
「……えっ? できる、って……」
「宝石も持ってないのに突然聖魔法が使えるようになって、不思議だなと思ってたんですけど……、何でなのかわかりますか? って、その髪と目! もしかして……!」
――聖女! やっと見つけた!――
突如として大きな感情が押し寄せるが、そんな大きな波に逆らうようにフェリクスは冷静になった。人は驚きすぎると落ち着いてしまうのかと、新たな発見をした気分になる。
「ええと、ミートパイが気になるし、とりあえずお店の中で話さない?」
「あ、はい、すみません……」
「ううん、驚くのも無理はないよ、この髪と目だもんね。実は僕、仲間と一緒に聖女探しをしてて……」
「聖女様を? えっと、驚いたのは、その、私と同じ色だから、です。私、本当はブラウンじゃないんです」
「……そっか、同じ色かぁ、ブラウンじゃないのかぁ。いや待って、同じ色って。……うん、まずミートパイを食べよう」
女性店員とともに店内に入ると、厨房から恰幅の良い男性が「大丈夫だった?」と彼女に声を掛ける。揉め事に近寄らないようにしていたこともあり、体の大きさに反して気の弱そうな人だなという感想を持ちながら、フェリクスは再びテーブルに着いた。
「お待たせしました。スープは熱いので気を付けてください」
「あ、ありがとう。ところで……」
「ごめんなさい、あとで、お話を……」
女性店員が、フェリクスの本題への言葉を遮る。店内では話せないと暗に言いたいのだろう。
「それなら、町の入口に近い宿に来てもらえると助かるんだけど、いいかな? 仲間に女性もいるから」
「はい、今日は夕方で終わりなので、そのあとなら」
「時間はいつでも大丈夫だよ。宿でフェリクス・ベルツの名前を出してくれれば。あ、きみの名前は?」
「フェリクス・ベルツさん、ですね。私はカロリーネ・アレンスです」
「……わかった。じゃあ待ってるね」
彼女の名前を聞き、それまで冷静だった胸がどきどきと音を立て始めた。平静を装い返事をすると、味などわからないまま食事を終えて、宿へと急ぐ。
「アレンス……、カロリーネ・アレンス……」
教えてもらった名前をつぶやきながら、フェリクスは堅い石畳を走り出した。
**********
「女性が絡まれるってことが、僕たちの前でよく起きる気がするんだけど」
「フェリクスがたらしだからだろ。女神様のご意思に違いない」
「たらし、って……。それなら、リーゼも僕が助けるべきだった?」
「それはあれだ、フェリクスが女神様にクリスのことを祈ってたから、必然的にクリスになったんだ」
「……ヴィルは本当に、屁理屈が得意だね……」
フェリクスが宿へと走っている最中、定食屋に向かっていたヴィルフリートと会うことができ、二人で宿までの道のりを話しながら歩き始めた。本人は「たまたまだ」と言うが、きっと心配して来てくれたのだろうと、フェリクスは思っている。
「屁理屈とは失礼な。で、話を戻すと、髪と目の色が同じで、彼女の名前……ディアナ・アレンスだっけ? つまり『アレンス』という名字も同じ、ついでに聖魔法を突然使えるようになった、と」
「そうそう」
「女神様、大盤振る舞いだな」
「う、うん。何かヴィルと話してると、驚きと感動が薄れていくよ」
「それはよかった」
「よかった、のかなぁ……」
そんなぼやきを口にするが、フェリクスはうれしさを隠しているだけだ。聞いていると脱力してしまうヴィルフリートの軽口も、石畳の上で会った時の彼の安堵の表情も、胸のポケットに入れられているバングルも、全て自分のためだとわかっている。
「でも、ありがとう」
「俺は何もしてない。礼を言うならデニスだ。あいつが『かわいい』とか言い出さなければ、気付かなかったんだから」
「まあ確かに、デニスがきっかけではあるけど。ヴィルってお礼言われるの苦手だよね」
「……ほら、宿に着いたぞ。みんな心配してるから、ちゃんと話せよ」
「うん」
わざわざ一人で迎えに来たヴィルフリートは、「みんな」と言う。薄々勘付いてはいたが、ヴィルフリートが礼を言われると会話がおかしくなるのは、やはり照れ隠しなのだろうと改めて思う。
「馬鹿だな、ヴィルは」
「……何で突然の悪口……。女神様に叱られるからな」
「平気だよ、これくらい」
怪訝そうに自分を見る水色の目に、フェリクスはにこりと笑った。
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