11.事務連絡
草原をヴィルフリートたちがいる場所に向かって歩いて来たのは、フェリクスだった。
二人の様子がおかしいことを察したフェリクスが走り寄り、血溜まりの中でぐったりと横たわるクリストフと、その体を抱くヴィルフリートの姿を見て「これは……」と、息を切らせながら言い淀む。
「……フェリクス……来てくれてよかった……。俺が攻撃魔法詠唱している間に、クリスがフェンリルにやられた。魔法使って蘇生はできたが、意識がないんだ……」
力のない水色の瞳が、フェンリルとクリストフを交互に見るフェリクスをとらえる。
「魔法、って、僕が一回教えた
「……ああ。悪いが、カゴと武器を……」
「うん、持つよ」
フェリクスはヴィルフリートがクリストフを背負うのを手伝うとハイウォーグたちの死体に火をつけ、薬草が入ったカゴと二人分の武器を持ち上げて歩き始めた。
「ヴィルは大丈夫? どこか怪我してない?」
「俺は特に……。ハイウォーグが十体現れて、物理攻撃だと埒が明かないから魔法ぶっ放しただけで」
「フェンリルも死んでたけど、ヴィルが?」
「……ああ。動きが素早くてな。氷と聖魔法が苦手だってこと思い出して、とっさに両方併せた魔法で仕留めたんだ。でも詠唱が必要で、クリスが……」
「そうだったんだ……。
あの馬車の中でのヴィルフリートは、こんなことになるとは予想していなかった。ただの好奇心から、フェリクスに
クリストフを背負っているヴィルフリートの足取りは重く、町までの道のりがとても遠く感じる。
「そう、だな」
涙で声が詰まり、そう言うのが精一杯だ。そんなヴィルフリートを気遣ってか、フェリクスは何も言わずに隣を歩く。
町の入口を抜けてギルドへと歩く途中、ヴィルフリートは下を向いたまま、フェリクスと目を合わせることなく「ありがとう」とつぶやいた。
**********
クリストフが目を覚ましたのは、フェンリルと戦った日から二日後の夕方だった。
「……クリス、大丈夫か?」
「顔色が前より良くなってるね」
ベッドに横たわったまま目を開いたクリストフの顔を覗き込むように、ヴィルフリートとフェリクスがそれぞれの言葉を口にする。
「……ここは……?」
「クリス、フェンリルに首やられたんだよ。魔法で蘇生させたが、大量に血流してたから丸二日意識失ってて……」
ヴィルフリートの説明を聞きながら、クリストフはガラガラ声で「うう」と小さく呻いてから体を起こした。関節などがこわばっている様子だが、体が動くことにほっとした表情で、青真珠花が飾られたベッドサイドの水のグラスを手に取る。
「二日も? 魔法で蘇生って、フェリクスが?」
「いや、俺。フェリクスに教わったの思い出して、とっさにやってみたらできた」
「それはありがとう。……ヴィルはやっぱり規格外だな。で、ここはどこだ? 宿じゃないよな?」
「ああ、ギルドの二階の部屋を借りてるんだよ。薬草の依頼は無事に完了したぞ」
何度か咳き込んでから水を飲むクリストフの横でヴィルフリートが説明を続けていると、フェリクスに呼ばれたリーゼロッテが部屋に来た。入口付近で立ち止まり、水のグラスを持ったクリストフの姿を見てわずかに目を細める。
「すみません、目を覚ましたとお聞きして……。意識が戻ってよかったです」
「あ、ああ、わざわざ来てくれてありがとう。ギルド長にも謝っておかないとな」
「ギルド長は明日の朝来ると思いますよ。では、私は仕事に戻ります。失礼します」
彼女の言葉は最後の方が少しだけ涙声になっていたが、クリストフは「相変わらず仕事熱心だな」と苦笑いしながら小声で漏らす。どうやら気付いていなかったようだ。
「リーゼには悪いことしたな」
「ヴィル、何か失言でもしたのか?」
「クリスを死なせてしまったことだよ」
「……? おまえが蘇生させてくれたんだろ?」
二人の会話を黙って聞いていたフェリクスが、仏頂面で新品の服をクリスに渡しながら「鈍感」と言う。
「何か今、悪口言われたような気がするんだが」
「気のせい。体拭いてから着替えるといいよ」
フェリクスの言葉でクリストフが自分の体を見ると、赤黒い血の跡が肩のあたりに残っていた。
「うわ、こんなんで二日も眠ってたのか、俺」
「ごめん、体を拭いてから新しい服着せたんだけど、血が残っちゃってたね」
「ああ、悪い、謝らないでくれ。それだけでもありがたいよ。体拭く時に湯があると楽なんだが」
「俺がたらいに作ってやるから、思う存分使え」
「……ヴィルは便利だなぁ……」
**********
「……というわけで、薬屋の主人に会った時に娘にも会えたんだが、使えるようになった魔法ってのは炎だったんだよ。ちなみにすごい美人だったぞ。すごく内気でもあったが」
「そうか、炎……」
「ああ。消極的で内気な性格の儚げな美人が中級の炎魔法を突然使えるようになったっていうのが、噂が広まった理由らしい。聖女探しはまたやり直しだな」
ギルドの二階には簡易キッチンがあり、そばにはテーブルと椅子が置かれている。その部屋を借り、クリストフは卵入りのスープを飲んでいた。ヴィルフリートとフェリクスは、店で購入したサンドイッチを食べている。
「しょうがない、次は町長にでも会いに行くか。あ、そういえば、怖がられなかったか?」
「大丈夫、俺はフェリクスの後ろに隠れてたから」
「隠れる必要はなかったと思うけどね。こちらはもうこんな年だから、警戒されることもなかったんだよ。それにヴィルはきれいだし、清潔感だってあるし」
「そうか? いやぁ、実はミアにもよくほめられるんだよ。あ、ミアって妻のことな」
ヴィルフリートがミリアムのことを思い出しながらだらしない顔でニヤニヤしていると扉のノック音が聞こえ、「失礼します」と言いながらリーゼロッテが扉を開けた。
「あ、リーゼちゃん」
「ちゃんはいらないだろ」とぼそっとつぶやくクリストフを尻目に、ヴィルフリートは入口に立っているリーゼロッテに明るく話しかける。
「ありがとう、スープまで用意してくれて。おかげでこの通り、クリスは元気になってきてるよ」
「それはよかったです。……事務連絡が二つあります。一つ目ですが、宿に、明日からみなさんが泊まるって伝えておきますね。宿の方も心配してたので」
「いや、それは申し訳ない。俺らのうちの誰かが宿まで行けばいいと思うんだが」
「いえ、仕事ですのでお気になさらず」
遠慮がちなクリストフの提案をリーゼロッテはすぐに却下し、次の事務連絡を口にする。
「二つ目、フェンリルの毛皮と爪と牙と目をギルドが買い取りました。おおまかに言うと、三人の宿代二百日分くらいです。詳細は事務手続きの時にお伝えしますので、明日受付に来てください」
「……宿代三人で二百日分って……いくら珍しいフェンリルとはいえ、高すぎないか?」
「ええと、毛皮含めてどこにも大きな傷がなかったらしいです。私は立ち会ってなかったので、詳しくは……」
「あー、ヴィルの氷と聖魔法一撃で倒したからか。ヴィルは本当に便利だなぁ……」
「レッシュさんってすごいんですね。あの登録書は嘘じゃなかったって、よくわかりました」
「だろ?」
フェリクスの無言の制止を見ないようにしてヴィルフリートが自慢げに口を挟むと、「ええ」とリーゼロッテから笑顔が返ってくる。
「
「ああ、ありがとう、リーゼちゃん。体のあちこちが痛くなる年齢じゃなければ、もっと活躍したいところなんだがなぁ」
フェリクスが苦い顔をしている後ろで、ヴィルフリートの冗談にリーゼロッテがふふふと笑う。
「あ、すみません、長居してしまって。では失礼します」
「リーゼ、色々がんばってくれたんだな。ありがとう」
クリストフが笑顔で礼を言うと、リーゼロッテはそれまで微笑みを浮かべていた顔を少し下げてから部屋を出て行った。その頬が赤みを帯びていたのを見たクリストフは、「子供扱いみたいで嫌だったか……?」などと見当違いのことを言う。
「まさかクリス、リーゼちゃんのこと子供扱いしてたのか?」
「いや、そういうつもりはないんだが、つい目がいってしまうから、無意識のうちに子供扱いしてるのかもしれないな」
「……やっぱり鈍感だな」「本当にね」などとヴィルフリートとフェリクスがこそこそ話すが、使った食器を片付けているクリストフには届いていないようで、カチャカチャという食器の音が聞こえてくるだけだ。
「……彼女、クリスに名前呼ばれて照れてたんだよ」
食器を片付け終わったクリストフに、とうとう我慢できなくなったフェリクスが直球で話そうとすると、本人からは「そんなわけないだろ」と一刀両断の答えが返ってくる。そこへ、窓の外から「キャーッ!」という悲鳴が聞こえてきた。
「リーゼの声……? 何があった!?」
「クリス! 待て、おまえまだ……」
ヴィルフリートの言葉を無視して部屋を飛び出し、ベッドサイドに置いてある両手剣をつかむとクリストフは階段を走り下りる。悲鳴は建物の表側から聞こえて来たようだった。まさかこの暗い時間に一人で宿まで事務連絡をしに行くつもりだったのかと、クリストフは気が気でない。
「リーゼ! どうした!?」
クリストフが叫びながら正面扉を開けると、冒険者風のやせた男がリーゼロッテの目の前でナイフを構えているところだった。あとから走って来たヴィルフリートとフェリクスも、正面扉の外で武器を手に持つ。
「おまえのせいでっ……俺はっ、追い出されたんだ! おまえのせいだ!」
「と、登録書に、嘘を書いたら、そうなります。だから、嘘、は、だめだって……」
「うるさい! おまえがあの時見抜かなければ、あいつらにそれがバレなければ、うまくいってたのに……!」
「逆恨みか?」
クリストフはリーゼロッテと男の間に割って入ると、「久し振りの用心棒の仕事だ」とニヤリと笑い、両手剣をリーゼロッテに渡した。
「持っててくれ」
「えっ、でも、これがないと……」
「そんなに弱くはない。よし、たまには魔法でも使うか」
そう言うとクリストフは魔法で小さな炎の玉を作り、言葉になっていない何かをわめいている男の手に命中させる。
「あちちっ、いてっ!」
男が持っていたナイフが石畳に落ちる様を確認してからクリストフが男の脇腹に蹴りを見舞うと、彼はその一撃だけで気を失ってしまった。
「魔法って便利だよなぁ。リーゼ、怪我はなかったか?」
「……ありがとうございます、大丈夫、です……が、クリストフさん、体は……?」
「ああ、心配かけてしまってるな。もう問題なく動けるよ」
クリストフの答えを聞きながら両手剣を差し出すリーゼロッテの手は、まだ震えている。そんなリーゼロッテに、クリストフは「怖かったよな。ヴィルに送らせるから」と言い、扉の前のヴィルフリートを手招きして呼んだ。
「リーゼを送って行ってくれ。ああ、ついでに宿への連絡もヴィルが行くといいかもな」
「えっと、俺は構わないけど、クリスが行けばいいんじゃないか?」
「おまえの
「あー……うーん、わかった。フェリクス、クリスを頼むよ。じゃあリーゼちゃん、行こうか」
「えっと、はい、すみません……お願いします……」
リーゼロッテの返答を聞くとヴィルフリートは
「
「ほんと、きれい……。氷魔法ってこんな使い方があるんですね」
「簡単だから、教えてあげるよ」
「本当ですか? 実は私、氷魔法が一番得意なんです」
「そうなんだ、じゃあすぐにできるようになるよ。あ、家はどこ?」
リーゼロッテに笑顔が戻ったことにほっと一息つくと、クリストフとフェリクスは目を覚ました男を立たせ、引きずるようにして騎士団の詰め所へと歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます