9.氷角灯


 買ったクッションをギルド裏の馬車に置きに行くと、もう日はかなり傾き、三人の長い影を作っていた。


「あのさ、まだ俺ら三人揃っての戦闘はしてないだろ? 今からちょっとやっておかないか?」


「何だよヴィル、急にやる気になったな。行ってもいいが、あまり長時間はできないぞ」


「あと、先に宿に行っておかないと」


 フェリクスの言葉で宿に行き受付で手続きを済ませ、三人は町の外へ向かった。西の空にはまだ明るさが残っているが既に日は暮れており、魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこを始める時間帯に差し掛かっている。


 町の西側の出口からは草原が広がり、北側にはこんもりとした小さな森がある。草原の真ん中に作られた砂利道を三人が歩いていると、森の方角から狼に似たウォーグの群れが現れた。


「ウォーグが……七体。ヴィルと俺は戦ったことあるな」


「ああ」


「僕は初めて見た。魔法は効くかな……」


 三人を睨みつけ唸り声を上げるウォーグたちは、今にも飛びかかってきそうなほどいきり立っている。


「たぶん効くと思うぞ。俺はダガーでいくが。まずは右端からだ」


 ヴィルフリートは群れの右側に向かって前傾姿勢で素早くウォーグに走り寄り、ダガーでウォーグの首元を狙う。通常だと攻撃を一回与えられるというわずかな間に、ヴィルフリートの場合は二回の攻撃が可能だ。その分攻撃力は落ちるが、手数が多い方が隙を与えず相手の気をそらすことができるため、有利に戦うことができる。


 ヴィルフリートの後ろ姿に別のウォーグが飛びかかろうとするが、クリストフの両手剣の一撃を背中に食らい、「キャイン!」という犬のような鳴き声とともに地面に沈んだ。


「クリスの両手剣すごいな、一撃か。じゃあ僕は……天界の守護者よ、我が身に加護を授け、聖なる光の刃を融合させん。闇の存在を断ち切る力を! ……神聖なる刃身ディヴァイン・ブレイド!」


 フェリクスの単体攻撃の聖魔法で、一体のウォーグが空から出現した大きな光の刃の餌食になる。


「一体ずつやったか。残りはあと四体……」


「面倒くせえ」


 両手剣を構えて腰を落としているクリストフに愚痴をこぼすと、ヴィルフリートは広範囲魔法の氷斬撃アイス・スラッシュを無詠唱で発動させた。すぐさま四体のウォーグの足元に魔法陣が敷かれ、無数の氷の刃が彼らを襲う。この攻撃でウォーグを全滅させることができ、三人はそれぞれ「ふぅ」と息をついた。


「こんなのとレオンはいい勝負したのか……レオンすごい……」


 そう言ってから、フェリクスがウォーグの死体に火を放つ。


「本当は、クリスが攻撃してる間に飛びかかってくるやつを俺がダガーで攻撃して気をそらすってのがいいんだが。逆になったな」


「まあいいじゃねえか。しかしヴィルの氷魔法はすごい威力だな。さすが得意なだけある」


「足止めの凍縛フローズン・バインドはウォーグには向いてないから、広範囲魔法に頼ったんだ」


「フェリクスの神聖なる刃身ディヴァイン・ブレイドも格好良かったなぁ。魔法うらやましいわ」


 ヴィルフリートとクリストフが行ったばかりの戦闘について話していると、フェリクスがその場に座り込んでしまった。


「……疲れた……」


「……フェリクスだけじゃないぞ。俺もだ」


「……フェリクスとクリスだけじゃないぞ。宿に戻ろう」


 三人でうなずき合い、ヴィルフリートの氷角灯アイス・ランタンで見づらくなった足元を照らしながら町へと歩き出す。


「フェリクス、もしかしてレオンから、俺と学園で対戦した時のこと聞いてたのか?」


「そうそう、馬車の中ではその話はしなかったけど。レオン、前から時々神殿を訪ねて、話し相手になってくれてね。あの時は、珍しく負けて悔しそうだったからよく覚えてるんだ。確か、突然氷の切っ先が目の前に現れたって言ってたな」


「俺の方が、下級生のレオンにかなり押されてたんだよ。もうやばい、負けるって時に突然無詠唱魔法使えるようになって、一発逆転できたんだ。懐かしい」


「すげえおもしろそうな試合だよな、いつ聞いても。見てみたかったが、俺は学園に入学しないで仕事してたからなぁ」


 若かりし日の話をしながらの帰り道は楽しく、宿までの道のりが短く思える。


「ウォーグのおかげでひとまず模擬戦はできたが……問題は、薬屋の娘だ」


「魔物より手強そうだよな……」


 ヴィルフリートの愚痴めいたつぶやきにクリストフが答え、またも三人でうなずき合う。すると、「フェリクスいてよかったなぁ、本当に」とクリストフがぼそっと漏らした。


「クリス、女神様に祈っておくからね」


「お、おう……? フェリクス、さっきからそれ言ってるな。何か知らんけど、頼むわ」


 氷角灯アイス・ランタンの水色の弱い火が暗い道でゆらゆらと揺れる中、三人の足は宿へと向かう。その足並みが意図せずとも揃っていることに気付き、ヴィルフリートの口元がゆっくりと笑みの形を作った。



**********



「さて、今日は薬草摘みだ」


 宿を出て張り切るクリストフのそばで、フェリクスが「寒い……太陽が恋しい……」と震えている。


「今日は曇ってるからな。フェリクスは町にいてもいいんだし、もっと分厚い上着でも買いに行ったらどうだ?」


「うん。年取るごとに寒さに弱くなっていくんだよね。買い物ついでに、聞き込みもしてみるよ」


「悪いな、じゃあそっちは任せるわ」


 明るく言うクリストフにうなずくと、フェリクスは「薬草摘みがんばってね」と言って服飾店の方へ歩き出した。


「うーん……」


「ヴィルは何に悩んでるんだ?」


「昼食をどうしようかと。宿で作ってもらうか、何か他の……」


「携帯用食料がいいんじゃないか? 作ってもらうとなると時間がかかるぞ。ギルドでも少し売ってるから、それを買えばいい」


「うー、仕方ないな、わかった」


 「でも携帯用食料って、食感がなぁ」などと言いながら、ヴィルフリートは前を歩くクリストフに着いて行く。


「おまえなぁ、朝から愚痴が多いんだよ。入るぞ?」


「へいへい」


「あっ、おはようございます」


 ギルドの扉を開けて中に入ると、受付の女性が笑顔で迎えてくれた。


「おはよう。早速だが、昨日の依頼をやろうと思う。注意事項はあるか?」


「あります、たくさん。まずこのあたりに出現する魔物一覧の説明書を見て、なるべく覚えておいてください。あと、依頼の薬草の種類と見た目が書いてある説明書もです。説明書は二枚とも持って行っていいので、魔物には特に注意してください。薬草はぶっちゃけ間違えてもいいです、こちらで選別するので。命が一番大事ですよ」


「おう、わかった。ありがとう。今日もてきぱきしてるな。四年前と同じだ」


 ふっと柔らかい笑顔になるクリストフを、説明書を几帳面に並べていた女性が驚いて見つめる。


「……思い出して、くれたんですか?」


「ああ。昨日、ヴィルがギルド登録してた時にな。あの頃も仕事熱心ですごいなと感心してたんだよ」


「そっ、そんなにほめられても、何も返せません……! えっ、と、その、そこに置いてあるカゴとハサミを持って行ってください。汚れたまま返却してもいいので、自由に使ってくださいね」


 どんどん会話を進める二人を横目に、ヴィルフリートは「俺、また眼中に入ってない……」とこぼすが、誰も拾ってくれる人はいない。


「クリス、その説明書持ってろよ。俺は全部覚えたから」


「ああ、悪いな」


「……全部……? あ、あの、もう一枚用意できますけど……」


「それならもらうけど、覚えたってのは本当だよ。ま、十日後くらいには忘れてるだろうが」


「あー、あのな、こいつ色んな意味で規格外でな……。なんかすまん」


「えっ、いえ、その、いいんです。もう一枚ずつ持ってきます」


 そう言って彼女は一旦奥に引っ込み、説明書二枚を手に持って戻って来た。


「お待たせしました、ではこちらを。くれぐれも、魔物には気を付けてください。逃げ帰っても誰も笑いません。それどころか、よく逃げて来たとほめてもらえます。本当に、本当に気を付けてください。絶対に、絶対に油断したらだめですよ」


「ああ。ありがとう、じゃあ行って来るよ」


 受付の女性の、自分への扱いが少々雑なのが気になるが、ヴィルフリートは彼女の仕事への姿勢に好感を持った。クリストフも同様のようだ。二人で手を上げながら扉を出て、軽い足取りで町の外へと向かう。


「あんなにいい子のこと忘れてたなんて、罪深いなぁ、クリスは」


「……子、というか……四年前にはもう三十過ぎてたはずだぞ」


「えっ、本当か? まだ二十代中盤あたりかと思ってた」


「かわいい顔立ちで、華奢な体つきだから若く見えるのかもな。気にしてるかもしれないから、本人の前では言うなよ」


 ヴィルフリートの天然由来の口で紡がれる言葉を思い出し、クリストフは一言注意しておく。するとヴィルフリートが急に立ち止まり、はっと何かを思い出したように顔を上げた。


「……クリス……大変なことに気付いた……」


「な、何だよ?」


「……携帯用食料買うの忘れてた……」


「ああ、そうか、俺も忘れてた。ヴィル、説明書は覚えてもそれは忘れるんだな」


 クリストフが笑いながらヴィルフリートを振り返り、「昼は町に一旦戻ろう」と提案すると、ヴィルフリートはうれしそうに「そうしよう」と言う。


「おまえ、忘れたふりしてたんじゃないだろうな?」


「本当に忘れてたんだよ。説明書に脳の主要部分が侵された……」


「そういう言い方すんなよ、俺らのために用意されたものだぞ? ヴィルはその口……、まあいいや、森の入口でいいんだよな?」


「ああ。森の入口を入ったあたりに生えている薬草で、葉が薬用として使用される。白っぽく尖った葉と黄色の小さな花弁が集まる花、清涼感のある香りが特徴。群生しているため収集は比較的簡単にできる。摘んだあとの劣化が遅く、旅にも重宝されている」


「……ヴィルは便利だなぁ……」


「もう一つは、森のすぐ南側の草原に生えている薬草で、根の近くの太い茎が薬用として使用される。青みを帯びた丸い葉と六枚の白い花弁が集まる花、蔓が伸びて木に絡みつく様が特徴。葉も食べられるがそれだけだと味気ないため、味付けの濃い料理に使われることが多い。って、この国では見ないから、外国の料理のことかな」


「……うん、俺は全部覚えられないから、まずは森の入口で探そうか」


 二人は森の入口にカゴを置き、尖っている白っぽい葉を探してハサミで摘み始める。途中で魔物が何度か出現したが、全て簡単に倒せたためそれほど時間を取られることもなく、昼までにかなりの量が集まった。


「おい、ヴィル、もうカゴいっぱいになったぞ」


「俺らよくがんばったなぁ。一旦ギルドに置きに行こう、それから昼食だ」


 昼になっても雲は太陽を隠しているため寒いままだが、カゴいっぱいの薬草への達成感からか、ヴィルフリートとクリストフは笑顔でギルドへと足を踏み出した。

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