8.ギルド登録


 ギルドの女性が教えてくれた定食屋は混雑していたが、うまい具合にテーブルが空き、三人は待たずに席に着くことができた。


「確かにいい匂いだね。鶏のスープかな。少し燻製っぽい匂いも……」


 フェリクスがいい匂いの謎を解こうとしているそばで、クリストフが店員を呼んだ。三人とも同じソーセージとほうれん草の卵とじ定食を注文し、薬屋の娘に会う方法についての会議が始まる。


「さて、どうするか……ちょっと違った角度からいくか?」


「例えば?」


 ヴィルフリートの問いにクリストフが問いを重ねる。するとフェリクスが「薬草でも摘みに行くとか」と提案をした。


「そうそう。薬屋だから、そういう方向からいってみるのもいいかなと」


「ギルドに薬屋からの薬草摘みの依頼があるかもしれないね。でも、僕とヴィルはギルドに登録してないからなぁ……」


「……俺一人でいい。魔物の死体に火付けるくらいの炎魔法ならできるし」


 クリストフがぽりぽりと頬を指先で掻きながら、どことなくバツの悪そうな表情でぽつりと漏らす。


「一人で大丈夫か? ここ最近の傾向で、このあたりも強い魔物が出るかもしれない。一応一緒に……って、そういうのバレたらまずいんだっけ」


「そうだな、依頼を遂行できるのは登録者だけだ。……さっき格好悪いところ見られたから、次は一人でいい。二人は買い物にでも行って来いよ」


 ヴィルフリートが心配そうに尋ねたところ、うつむき気味のクリストフから意外な答えが返って来た。


「そんなこと気にしてたのか。格好悪くなんてなかったぞ」


「うん。あの受付の人だって全然気にしてないみたいだったし、クリスも気にすることないよ」


 ヴィルフリートとフェリクスがフォローを入れると、クリストフが顔を上げてほっとした表情を見せる。


「それならよかった。正直、すぐにギルドに顔出すのはちょっと気まずいと思ってたんだ。顔なじみならともかく、初対面であんなにしつこくされたら嫌だよな」


「……ええと、あの人とクリスは初対面じゃないぞ」


「えっ? この町に来たのは初めてなんだが」


 クリストフが料理を食べる手を止めずに尋ねる。ヴィルフリートはそんなクリストフをちらりと見てから、鶏肉の燻製のスープにスプーンを突っ込んで先刻の女性との会話について話し始めた。


「クリスが裏に行ってる間に俺が話しかけたら、彼女が前にいた町のギルドでクリスが用心棒してた、クリスが優しい人だって知ってるって言ってたんだよ。その時は髪が短かったらしい」


「……そ、そうだったか……どこだろう、明るめのブラウンの髪と目……思い出せない……」


「ほめられてよかったな」


「ほめられて?」


「彼女、クリスが優しい人だって知ってるって」


「あ、ああ、そうか。俺、ほめられたのか」


 「いや、でもなぁ……」とつぶやきながら、クリストフが白髪交じりの短い髪をがしがしと掻きむしる。そんなクリストフをじっと見つめるフェリクスに目で「よけいなことは言うな」と合図し、ヴィルフリートは二人に言葉をかけた。


「とにかく、あとでギルドの依頼見てみよう。フェリクスはあまり見たことないだろ」


「うん。見るだけなら僕たちが一緒でもいいんだよね?」


「そうだな、見るだけなら」


 それからクリストフの依頼遂行中のヴィルフリートとフェリクスの予定について話し、二人は買い物に行くことになった。ヴィルフリートが「クリスのクッションも買っておいてやるよ」と言うと、「花柄だけは避けてくれ」という注文がつく。


「何だと? 言っとくが、リズの花柄のクッションは最高だぞ」


「いや、娘も妻もいねえし、俺が花柄のクッション持ってたらおかしいだろ。何だってそう天然由来の発言が多いんだよ、ヴィルは」


「天然由来……長生きできそうな響きだ」


「二十年もすりゃ俺らみんな女神様の御下みもとだがな」


「それなら尚更、柄なんてどうでもいいだろ」


 ヴィルフリートの軽口に「そういう問題じゃねえよ、この顔だぞ?」と笑うクリストフを、フェリクスは神妙な表情で見ている。


「……僕はクリス好きだよ」


「……お、おう……?」


「女神様に祈っておくね」


「えーと、ありがとう……?」


 フェリクスとクリストフのやり取りのあとはしばらく無言の食事が続き、予定よりも早く店を出ることになった。



**********



 ギルドの壁に貼られているたくさんの依頼書を眺めていたヴィルフリートが、「俺も登録しておこうかな」と言い出した。


「登録したら、クリスと一緒に薬草摘みに行けるね。神殿に仕えてるとギルド登録できないから、僕は行けないけど」


「ヴィルもいつか必要になるかもしれないし、登録して困るってことはないだろ」


「よし、行ってくる」


 そう言うとヴィルフリートは受付の女性に「ギルド登録したいんだが」と話しかけた。


「あ、まだ登録されてなかったんですね。じゃあこの登録書に、わかるところだけでいいので書いてください」


 明るいブラウンの髪と目を持つ女性がにこりと微笑み、ヴィルフリートに書類を渡す。 


「えーと、名前……目の色、髪の色……得意な魔法……得意な攻撃……その他得意なこと……」


 ヴィルフリートはサラサラと書き込むが、書くべき項目が多すぎて時間がかかってしまう。その間にクリストフとフェリクスは薬草摘みの依頼を見つけたようで、壁から依頼書をはがしていた。


「やっぱりこの年にもなると書くことが多いな……よし、終わった」


「あ、はい、見せていただけますか? …………名前、魔法…………ん? 何これ? あのー、レッシュ、さん? 嘘はいけませんよ」


「えっ」


「嘘は書いたらいけません。全属性の魔法を使える人なんて、いるわけないじゃないですか。偽証罪に問われますよ。ちゃんと正しく書き直してください」


「偽証罪!? えええ……嘘じゃない、んだが……」


 キリッとした目つきに変わった女性を前に呆然とするヴィルフリートの元へクリストフが駆け寄り、「ああ、それは本当だよ、嘘じゃない」と補足する。


「えっ、本当なんですか? クリストフさんを信じたいところですが、この魔法の……しかもダガーの攻撃まで……。嘘、でしょう? 本当に?」


「本当だ。俺は過去にも一緒に旅したことがあるからよくわかってる。こいつ規格外なんだよ、びっくりしたろ? 事前に言っておけばよかったな、ごめんな」


 眉尻を下げてクリストフが謝ると、彼女は「クリストフさんが謝ることないですけど、そう言うなら……」と信じてくれたようで、ヴィルフリートは無罪放免となった。


「それではこれで登録しますが、こんなの登録したら色んな方面から依頼や引き抜きが来ると思います。いいですか?」


「……いや、よくない……」


「では公表しないでおきますね。名前も隠せますけど、どうしますか?」


「あ……じゃあ、名前も、隠してください」


「わかりました。それで、クリストフさんが持ってる依頼書の薬草収集、一緒にやりますか?」


「う、うん」


「最近ここらへんに強い魔物も出るようになって、誰もやりたがらないんですよ。あ、依頼主はあの薬屋さんですね。登録料は報酬から引きますか? それとも今支払いますか?」


「あっ、はい、今、支払います」


 彼女のてきぱきした仕事ぶりに圧倒されながらも、ヴィルフリートは登録料を支払い、登録を完了させることができた。


「今日はやめておいて、明日行ってください。もう日が傾きかけてるし、暗い時間は危ないですから」


「えー……、今からじゃだめ?」


「だめです、絶対。命が一番大事ですから」


「う、うん、わかった、ありがとう。また明日の朝来るよ」


「いらっしゃったら、必ず声をかけてくださいね。お待ちしてます」


 にっこり笑顔の彼女にぎこちない挨拶を残し、ヴィルフリートたちはギルドをあとにした。



**********



 依頼の遂行が翌日になり少々予定が変更になったため、雑貨屋へは三人で赴く。


「あの受付の女性、確か四年くらい前にいた町のギルドで受付してた。あんなに可憐でかわいらしい見た目なのに、芯が強くて仕事熱心でな。ちょっといいなと思ってたのを思い出したよ」


「おっ、思い出したか。……登録事項、信じてもらえなかったらどうしようかと思った……」


 道を歩きながらしゃべっていると冷たい風が強く吹きつけてきて、フェリクスは上着のフードを目深にかぶった。


「フェリクスいいなぁ、俺もフード付き買えばよかった」


「暖かいんだ、これ。ヴィルも買うといいよ」


 男性の平均的な身長より小柄で小さな顔と大きな目を持つフェリクスは、フードをかぶると少々若く見える。


「……よし、もし薬草届けても娘と接点持てなかったら、またフェリクスの出番だ」


「えっ、何で」


「俺とクリスは、ほら、見た目が……」


 ヴィルフリートの言葉に、クリストフが隣で大きくうなずいている。


「二人とも格好いいと思うけど……女性から見ると怖いのか……?」


「俺は、よく冷たい目つきだって言われるよ。年食って、昔より軽減されてるとは思うが」


「ヴィルはそれでもモテてただろ。俺は縦も横も大きくて顔が怖いから、全然女性が寄り付かなくてなぁ」


「んー、まあいいけど……。あ、この町の町長はどうする? 会いに行く?」


 「町長」と聞いてヴィルフリートとクリストフは顔をしかめる。オートレーの町長の態度を思い出し、嫌な気持ちが蘇ってきたからだ。


「……そうだな……。まずは薬屋の娘のことだけ考えないか?」


「ヴィルに賛成。町長は後回しでいいだろ」


「わかった。僕もあまり自分のことを前面に出したくはないから、それでいいと思う」


 人が多い場所のため、フェリクスは「王族」という言葉を使わずに話す。そうして雑貨屋前に到着すると、扉を開けて中に入った。


「いらっしゃいませ」


「クッションがほしいんだが、あるかな?」


「ああ、ありますよ。こちらです」


 ヴィルフリートの問いに店員がクッションのコーナーを案内する。着いて行ってみると、どうやら女性向けのものしか置いていないようだ。


「かわいらしいものが多いな」


「こういう家で使うものを買うのは、女性のお客様が多いので」


「……なるほど……」


 ヴィルフリートが別の店に移ろうか悩み始めると、フェリクスがそのそばで薄紫色の格子柄のクッションを手に取った。


「僕はこれがいい。クリスは?」


「……じゃあ、俺もその柄の……青いのにするよ」


「……クリスもか。じゃあ俺も、水色ので……」


 結局それほど悩まず、自身の目の色のものをそれぞれ選び、会計を済ませて店を出る。「かわいい柄なんて初めてだ」とはクリストフの言で、その横を歩くフェリクスはうれしそうにクッションを抱えていた。

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