7.罪作り
男たち全員ではなかったが二人を地面に沈めて機嫌のいいフェリクスと、最後に一番大きな男を倒してやはり機嫌のいいクリストフは、男たちに構わず料理に舌鼓を打っている。
「もう一度言うけど、聖女を探してるんだよ。何か知らないか?」
「……偽物か? あれはご立派な王族様とお貴族様がやるもんだろ?」
「偽物じゃないんだが……。ああ、そうか、それで町長もあんな態度を……。時代は変わったんだな」
どうやら王族を含む旅になるということを、今は知っている人もいるようだ。前回の旅ではほとんど知る人はいなかったため、男の返答にヴィルフリートは驚きを隠せない。
「ええと、俺は貴族だよ。よくそう見えないって言われるが。あと……、フェリクス、髪と目の色見せてやってくれ」
「えっ、ここで? いいけど、急に態度変えて平伏したりしないでね」
そう言うとフェリクスはフォークを置き、魔法を解いてハニーブロンドの髪と紫の目をあらわにした。王族特有の色を目の当たりにし、男たちの表情は驚きのまま固まっている。
「……本当、だったのか……。いつもは色変えてんのか? そんな魔法が?」
「目立ちすぎるからね。普通に接してほしいし。この魔法は髪も目もブラウンに変えることができるから、けっこう便利なんだよ」
「……もっ、申し訳ございませんっ、聖女様探しに王族の方もいらっしゃるなんて知らなくて……ご無礼を……!」
男たちの態度は変わらなかったが、穏やかに話すフェリクスの脇で、酒場の女性店員の態度が変わってしまった。これでもかと頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。
「あ、見ちゃった? きみは無礼なんかじゃなかったよ。普通にしてほしいな。僕、ただのじいさんだから。ねっ?」
「……お優しい……ありがとう、ございます」
再度魔法で髪と目をブラウンに変えてから目尻にしわを寄せるフェリクスの優しい笑顔が効いたのか、女性店員は少し頬を染めて表情を和らげるが、そのそばで「モーニングスター振り回すのがただのジジイとはね」とクリストフが軽口を叩く。
「クッションがないと馬車で腰が痛くなっちゃう、ただのジジイだよ」
「ははっ、そりゃちげえねえや」
軽口の応酬でクリストフが大きな笑い声を上げ、場の空気が明るくなって隣のテーブルの男たちにまで笑いが起きる。こういうところはクリストフの大きな長所だなと、ヴィルフリートも口元をゆるめた。
「で、聖女についてなんだが、突然聖魔法を使えるようになった女性を知らないか?」
「突然魔法を……クストの町の女かな……。あ、いや、聖魔法じゃなかったか……」
ヴィルフリートが再び尋ねるとまず体格のいい男が答え、それから「あれ、何の魔法だったか覚えてるか?」「忘れたなぁ、俺も人に聞いただけだ」などと、隣のテーブルで男たちの会話が始まる。
「あのな、クストの町の、えーと……パン屋の隣の薬屋だったか、そこの娘が突然大きな魔法を使えるようになったって噂になってたんだよ。だが、聖魔法じゃないかもしれない」
「へぇ、パン屋の隣の薬屋ね。いい情報だ、行ってみるよ。ああ、おごるからおまえらも何か食えばいい」
「いいのか?」
「情報代だ、遠慮なく食え。酒ももっと飲めよ」
「おう、わりいな。じゃあねえちゃん、注文頼むわ」
「あっ、はい!」
女性店員にも、突然の王族の登場にまだ多少緊張している様子ではあるが、笑顔が戻ってきたようだ。男たちに怯えることなく、スムーズに注文を取っていく。
「ここの料理うめえよな」
「ああ、俺は特に白身魚が好みだ」
「ヴィルは魚好きだからな。俺は鶏肉派だが」
「クリスもヴィルもよく食べるよね……僕は汁物が一番いいな……」
「本当に、ただのジジイだな」
「そうだよ、王族だって年を取るんだ」
話しながら笑い合う声が酒場のホールに響く。そんな賑わいの中、厨房からオーナーがニコニコしながらヴィルフリートたちの方に顔をのぞかせ、言葉をかけた。
「このたびはありがとうございました。結界まで張ってくださったそうで。お代は結構ですよ」
「いや、絶対に払う。あんたが何と言おうと払う。料理がうまい店に代金を払わないなんておかしい」
「ヴィル……おまえの受け答えの方がおかしいって。『うまかったからぜひ払わせてくれ』でいいだろ?」
「……うまかったから、ぜひ払わせてくれ」
ヴィルフリートがクリストフの指摘を受けて言い直すと、今度は厨房も含めて店内に爆笑が起こる。気恥ずかしさはあったが、ヴィルフリートは賑やかさが戻った酒場へのうれしい気持ちを隠さず、晴れやかに破顔した。
**********
翌日の朝、ヴィルフリートたちがギルド裏から馬車を表に移して出発の準備をしている時、酒場の女性店員がたたたっと駆け寄って来てフェリクスに話しかけた。
「あっ、あのっ!」
「あれ? おはよう、どうしたの?」
「おはようございます。こ、これ、オーナーが渡すようにって」
差し出された紙包みをフェリクスが受け取ると、「サンドイッチです。旅の途中でどうぞってオーナーが言ってました」と、女性店員から説明が入る。
「こんな早い時間に、わざわざ持ってきてくれたんだね。代金はいくらかな?」
「えっと、いらないです。もらったら私が叱られます……」
フェリクスの正面に立ち、恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女の視界にヴィルフリートとクリストフも入っているはずなのだが、全く見られてはいないようだ。
「いいの? ありがとう、じゃあ遠慮なく。結界が切れる前に聖女が見つかるといいんだけど……五十日くらい経ったら、念のため魔物に気を付けるようにしてほしいな」
「はい、わかりました。町の人たちにも伝えておきます」
「うん、よろしく。元気でね」
「はい……本当に、ありがとうございました。フェリクス様も道中お気を付けて」
目に涙を溜めて自分を見上げる彼女に小さくうなずくと、フェリクスは紙包みをヴィルフリートに渡して上着のフードをかぶり、御者台に乗り込んだ。
「ユキエル、今日は僕だよ。よろしくね」
馬のユキエルは、この日もうんうんとうなずくように首を縦に振る。ユキエルに向かって柔らかく微笑むフェリクスの姿を、彼女はずっと見ている。
「俺らは目に入ってない……まあ確かに彼女を助けたのはフェリクスだし、美形ではあるが」
「フェリクス、罪作りだよな」
ヴィルフリートとクリストフはそうつぶやき、彼女に向かって頭を下げると馬車に乗り込んだ。
馬車の窓から顔を出して後方を見ると、彼女はまだそこにいた。手を振ってみるが、反応はない。やはりヴィルフリートとクリストフは、彼女の眼中にはないようだ。
「フェリクスもジジイなのに……」
「フェリクスはジジイでもあの見た目だからなぁ。ああ、ヴィルも本気で戦闘すると格好いいぞ。普段はちょっと冷たい雰囲気だし、受け答えがおかしいが」
「うう、それ言わないでくれ……。あ、そういえばルキウスはレイス倒した時ほめてくれたわ」
「ああ、格好良かったって言われてたな。うらやましい……俺もほめられたい……」
敷いたクッションの上に座り、話しながら馬車の揺れを感じる。それからしばらくの間は何事もなく進んでいたが、ある時馬車が停止し、フェリクスが外から話しかけてきた。
「魔物が出たよ」
「俺ら必要か? 何の魔物?」
「オーク一体」
「それじゃ必要ないな。がんばれ」
そんな会話を扉越しにしたあと、「えいっ、えいっ」という声と、バキッ、ゴツッといった衝撃音が聞こえてきた。やがて静かになってから、また馬車が動き出す。
「やっぱり俺ら、いらなかったな」
「そうだな。ところで今度は背中が痛いんだが……」
「クリスもか……」
「クッションもう一つずつ買おう……」
揃ってため息をつくと、ヴィルフリートとクリストフは苦笑いを浮かべた。
**********
オートレーの町からクストの町へは、馬車で約二日かかった。比較的大きな町で、多くの人が町中を行き交っている。
「ここは賑やかだな」などとヴィルフリートが言っていると、パン屋と薬屋が並んでいる一角が見えた。
「例の噂になった娘がいる店かな」
「まだ昼だし、飯食ったら行ってみよう」
そんな会話をしていると、馬車が停まった。馬車から二人が降りるとフェリクスがうれしそうに「ユキエルと仲良くなれた気がする」と言っている。
「風が強くならなかったから二日続けてだったが、大丈夫か? 疲れただろ?」
「大丈夫だよ。ユキエルいい子だったし」
「そうか。じゃあギルドで手続きしてくるわ」
「ありがとう、クリス」
フェリクスの言葉に「いいってことよ。あー背中いてえ」と一言残し、クリストフが背中をトントンと叩きながらギルドに入って行く。ヴィルフリートとフェリクスも一緒に入ってもいいのだが、今回もギルドの扉の外で待つことにした。町の雰囲気を味わっておきたいのだ。
「フェリクス、馬好きなのか?」
「そうだね。懐いてくれるし、かわいいよ」
「『俺は子供と動物に好かれるんだ』ってクリスが前に言ってたんだが、フェリクスもそういうタイプかもな」
「どうだろう。たまにだけど、やけに怖がられることもあるんだよね」
「……ああ、そうか……きょうぼ……」
「ん?」と小首を傾げるフェリクスの視線を感じ、少々冷や汗をかきながら笑ってごまかすヴィルフリートに、フェリクスが「クリス、遅くないか?」と言い出した。顔を見合わせてから二人でギルドに入ると、クリストフが受付の女性に食ってかかっている。
「ただ話を聞きたいだけなんだって。それでもだめなのか? 頼むよ」
「す、すみません、できないんです」
「クリス、何やってんだ?」
「ああ、いや、それがさ……」
ヴィルフリートの問いに答えるべく、受付の女性がクリストフからの言葉を繋ぐ。
「あの、薬屋の娘さんに会いたいという人はけっこう多いんですけど、彼女は知らない人と話すのがとても苦手で、ギルドからの紹介はできないんです。ごめんなさい……」
「そうは言っても、俺らみたいなジジイが突然訪ねたらよけいに怖がられるだけだろ。だからギルドから紹介してもらう方がいいんだが……」
「そういうことか。クリスは顔に似合わず細やかな気遣いが得意だなぁ。ま、しょうがない、ひとまず馬車置いて飯食いに行こうぜ」
「うん、ヴィルに賛成。おなかすいてると良い案も浮かばないものだしね」
二人の言葉にクリストフは苦い顔をしていたが、ふと受付を振り返り「しつこく頼んで悪かった」と女性に言うと、ギルドの外へ出て行った。
「ごめん、びっくりしたよな」
「え、えっと、大丈夫です。クリストフさんは優しい人だってわかってるので」
「あれ、そうなんだ。クリス前にも来たことあった?」
「ここじゃなくて私が前にいた町のギルドで、少しの間ですけど、用心棒してくれてました。私、あの頃髪が短かったし、クリストフさんは覚えてないと思いますけど」
頬を染めて微笑みながら言う女性に、ヴィルフリートは安心する。クリストフは顔の作りがいかついため、誤解されてしまうこともあるのだ。
「そうだったのか。今回はクリスの優しさが裏目に出た感じだな。さて、どうするか……」
「昼食の時にでも一緒に考えようよ」
「そうだな」
フェリクスの提案のあと少し待っていると、クリストフがギルド裏から戻って来た。
「よし、ユキエルも無事に厩舎に入れた。飯食いに行こうぜ」
「このギルドは食堂なさそうだね。どこにする? あ、受付の人におすすめ聞けばいいんじゃない?」
扉を指差して外に出ようとするクリストフに、フェリクスが言った。「お、おう……」と口の中でもごもご言い、クリストフは受付の女性に話しかける。
「……ええと、すまん、ここらへんにいい店ないか?」
「これからお昼ですか?」
「ああ」
「それなら、ここからもう少し町の奥に行ったところの定食屋がおすすめですよ。アクセサリー屋の角を右に曲がるといい匂いがするので、すぐにわかります。特に卵料理がおいしいんです」
「卵料理か。ありがとな、じゃあそこ行くわ」
クリストフが少し柔らかい表情になると、受付の女性も笑みを返して「行ってらっしゃいませ」と答える。
「フェリクス気が利くな。俺、そういうの苦手で……」
「得意なのが一人いればいいんじゃないか?」
「そうか……クリスも得意な方だし、んじゃいっか」
「うん」
「腹減ったな」と言いながら定食屋に向かって歩く大きな背中の後ろでこそこそと二人が話す声は、クリストフには聞こえていなかった。
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