6.フード付き


 昼食を取り終えて店を出ると、三人は馬車で使うクッションを買うべく服飾店に入った。


「支度金にも余裕あるから、クッション以外にも色々揃えるか」


「ああ。まずは上着だな。西の方は風が強くて寒いことが多いって、出入りの商人に言われたのを思い出した」


「ヴィル、よく思い出したな。じゃあ俺も買うわ。フェリクスは?」


「僕は……そうだね、やっぱり上着かな。大きいフード付きのがほしい」


 それぞれが好みのものを物色し、会計を済ませるとギルド裏へ停めている馬車へ戻って荷物を置く。


「ユキエル、元気にしてたか?」


 厩舎で寛いでいた馬のユキエルは、仲良くなったクリストフに首をなでられて機嫌良さそうに鼻を鳴らし、うんうんとうなずく仕草を見せる。


「次は俺が御者やるから、クリスは中に入ってろよ」


「おう。二人で一日交代でいいよな」


 クリストフが以前「俺は子供と動物には好かれるんだ」と言っていたのをヴィルフリートが思い出していると、フェリクスが「僕もやるよ」と言い出した。


「えっ、いや、さすがにさせられないって」


「神殿の馬車で御者やったことあるし、僕もユキエルと仲良くなりたいんだけど」


「今は魔物が多く出るから御者が一番危険だろ。それに、御者やるなら常に髪と目の色変えておかないといけないんだぞ。とっさに魔法使えないのは……」


 慌ててヴィルフリートがフェリクスの御者を断る理由を言うが、フェリクスは涼しい顔で「大丈夫」と言う。


「さっきフード付きの上着買ったから、色変えなくても隠せるし」


「あ、ああ、さっきのか。そのために?」


「……まあ、そう、かな」


「んー、それなら風が強くない日にでも頼もうかな」


「んじゃギルドの用事は済んだから、あとは俺らの噂が広まるのを待つか」


 クリストフの言葉で、三人はギルドの裏から表の道へと出た。


「で、噂が広まるまで暇なんだが。魔物狩りでもするか?」


「……うーん……、若い頃もレオンがいてギルドの依頼を受けられなかったが……ギルドに登録してる俺だけ受ければいいのか」


「クリスはいいなぁ。俺とフェリクスは何していよう……」


 ここで、ヴィルフリートとクリストフの会話を聞いていたフェリクスが「じゃああのガラの悪い三人を」と言い出した。


「フェリクス、けっこう血の気が多いよな」


「あいつらみたいなの、許せないんだよね。女性に無体働くのは特に」


「あー、まあ、わかる。なら、俺もギルドの依頼じゃなくてそっち見に行くわ。おもしろそうだし」


 結局クリストフも一緒に行動することになり、ヴィルフリートはこっそりと胸をなでおろす。フェリクスには好感を持っているが、何かしら触れてはいけない部分がありそうで、二人きりだとより気を遣う必要があるからだ。


「あいつらどうせ夜になったらまた酒場に来るだろ。それまでは、数少ない通行人をつかまえて聞き込んでみるとか?」


「ああ。それなら、市場にでも行ってみよう」


 ヴィルフリートの言葉にクリストフが同意し、市場へと向かう。三人が途中で通る道はやはり通行人が少なく、ヴィルフリートはあのガラの悪い男たちを恨んだ。


「……あいつらのせいで、こんなに人が少なくなって……」


「魔物のせいでもあるが、何にしろやりづらいよな」


「そのうち結界のことも広まるとは思うけど、もう張ったよ! って大声で言って回りたい」


 苦笑いで言うフェリクスに「そうだよな」と二人が同意していると、市場の入口が見えてきた。


「さて、まずは色々見るか。携帯用食料も目星をつけておこう」


 ヴィルフリートが先頭を歩き、店先の様々な商品を真剣に見て回る。そこへ「あれ、見ない顔だね」と、杖をついた年配の女性が声をかけてきた。


「何を探してるんだい?」


「携帯用食料を見てたんですが、他にもう一つ目的が」


「携帯用、ってことは旅の最中かね。目的ってのは?」


「実は俺たち、聖女を探してて……最近聖魔法を突然使えるようになった人、知りませんか?」


 ヴィルフリートの問いに女性はしばらく考え込み、「この町では聞いたことはないが……」と前置きしてから言った。


「ここから南西に行った町で、聖魔法かどうかは知らないけど、何かの魔法を突然使えるようになった子がいるって聞いたよ。聞いたのは確か……二十日くらい前だったね」


「えっ、本当ですか? 町の名前は?」


「クストの町だよ」


「クスト、ですね」


「買い物の合間に商人に聞いた話だし、自分で見たわけじゃないから、間違った情報かもしれないけどね」


「いや、それはいいんです。ありがとうございました」


 女性は、礼を言うヴィルフリートに携帯用食料を多く取り扱う店を教えてくれ、立ち去って行った。ヴィルフリートがクリストフとフェリクスの方を見ると、二人とも笑顔になっている。


「ヴィル、喜べ。今の受け答えも完璧だった」


「そうか、よかった」


「早速行ってみたいところだけど、あの三人を痛めつけ……」


「出発は明日の朝になるから、今日痛めつけられるだろ。心配するな、フェリクス」


 「それもそうだね」とクリストフに向かってにっこり微笑むフェリクスに少々戦慄を覚えるが、気にしないようにしてヴィルフリートは携帯用食料を買い込むことにした。



**********



 今日も夕食時だというのに、ギルドの酒場はガラガラに空いている。三人がテーブルに着くと、クリストフが話を切り出した。


「なあ、もしその人が聖女なら、王都から西の方角に聖女がいるだろうって占いは当たってたってことだよな? 正確に言うと西南西だが」


「以前も占いの方向に行ったんじゃないの?」


「当時は占い師がいなくて、一年かかったんだ……。ただ、今考えてみると、一年で済んでよかったと思うよ。今より馬車の性能も悪かったからな。馬はジジイじゃなかったが」


「そうか、大変だったんだね……」


 フェリクスが同情の目で二人を見る中、「確かに、一年で済んでよかったよな」と、ヴィルフリートも同意した。


「ところでヴィルとフェリクスは酒飲むか?」


「俺はいらないな。年取って弱くなったし」


「僕も。もともとそんなに飲めないから」


「わかった。俺は飲めるが、あいつら来た時のためにやめとくわ。さて、いつ来るか楽しみだ」


 落ち着いているフェリクスに対し、クリストフはいつもより口数が多い。


 女性店員を呼んで料理を注文すると、またそのタイミングで例のガラの悪い男たちがしゃべりながらやって来た。が、昨日と比べるとその勢いは少々落ちているようで、声の張りも弱くなっている。


「んだよ、魔物いなくて稼げねえなんて初めてだろ」


「昨日までは毎日どっかしらにいたのにな」


「ま、明日になればまた出てくるんじゃねえの。……おう、ねえちゃん、酒くれ」


 乱暴に椅子に座ると男の一人が女性店員を呼ぶが、彼女は怖がって近寄ろうとせず、厨房に入ったままだ。


「おーい、注文! 酒持って来てくれ!」


「ビール三つでいいですかぁー!?」


「何でそんな遠いところで叫んでんだよ! ビール三つでいいよ!」


「ぶっ!」


 笑いをこらえ切れずクリストフが吹き出すと、男たちの視線がクリストフに集まった。


「……おまえら、昨日の……」


「昨日のだったら、何?」


 フェリクスが対応すると、男たちは「ちょうどむしゃくしゃしてたんだ」と定石通りの発言をしてくれた。


「へぇ、むしゃくしゃね。じゃ、昨日の続きやろうか」


「無理すんなよ、おっさん。つーかジジイか」


「ジジイで悪かったな。表出ろ」


 またも昨日と同じく、全員でぞろぞろと外へ出る。先頭の男が開けた扉を次の者が手で押さえ、また次の者が手で押さえ……というように五人が出て行く様子は、一見すると和やかだ。ヴィルフリートは最後尾で「実はこいつら仲がいいのでは……?」と思い始めた。


「フェリクス、俺の白身魚の香草焼きが出来上がるまでに……」


「わかってるって」


 店の外で話しかけると、にっこりと笑っているはずのフェリクスの目が既に怒りに満ちており、ヴィルフリートは「ひっ」と小さく声を上げた。仲がいいのではという推測は間違いだったようだ。その瞬間、またもフェリクスのモーニングスターの鉄球が空を切って彼らの一人の背中を直撃する。昨日と違い、今日はしゃべれなくなるくらいの痛みのようで、「うう……」と言いながら倒れてしまった。


「え、昨日はもしかして手加減……」


「はい、次の方、どうぞ」


 ヴィルフリートの言葉を遮り、フェリクスが男たちを挑発する。すると二人目の男が間髪入れずにナイフを投げてきた。しかしナイフはフェリクスの服の裾をかすっただけだ。腕は良くないらしい。


「おー、ナイフ投げるのいいな。俺もやりたい」


 ヴィルフリートが地面に落ちたナイフを拾いながらそんな感想を口にしていると、二人目の男もモーニングスターの鉄球に脇腹をやられ、道に倒れることになった。


「……打たれ弱いんだな……。フェリクス、三人目俺にくれよ」


「えー……うーん、いいよ」


 フェリクスの返答を聞いたクリストフは、自身の武器である両手剣をヴィルフリートに預けた。素手で応戦するようだ。


「おら、来いよ」


「なめやがって……!」


 二人が向かい合い、それぞれの構えを取って臨戦態勢に入る。とその時、クリストフが構えた腕のすぐ脇を、投げられたナイフがヒュッという音とともに通り過ぎた。


「いって! 何すんだよ! 今こいつと戦うところだろうが!」


「おー、当たった当たった。どこだった? 右腕? いやあ、当たるとうれしいねぇ」


「ヴィル……おまえなぁ……。ま、いいや、いくぞ」


 そう言うが早いか、クリストフは相手の男の右頬に拳を打ち付けた。重いガツッという衝撃音の直後に男の体が傾いだが、倒れてはいない。


「おっ、けっこう丈夫なんだな」


 クリストフが一言漏らす間に、男の切り傷ができた右腕の筋肉が盛り上がっていく。


「くっそ、ふざけんなよ!」


 男の拳が風を割き、クリストフに襲いかかった。クリストフは避けようとしたが予想より速い動きだったようで、左肩に軽く攻撃を受けてしまう。が、声を漏らすこともなく、クリストフは次々と自らの拳を男の腹や顔に浴びせ続け、最後には男の左足を蹴飛ばしてその大きな体を地面に転がした。


「おい、こっちにも聖なる治癒ホーリー・ヒールくれ」


「へいへい」


 ヴィルフリートがクリストフに聖なる治癒ホーリー・ヒールを投げかけると、「ちげえよ」と言われてしまう。


「こいつにかけろよ」


「あ、そうか」


 預かっていた両手剣をクリストフに返し、「すまんな」と言って倒れている男に聖なる治癒ホーリー・ヒールをかける。ヴィルフリートが男の右腕の切り傷が消えていくのを確認していると、彼は「……何なんだよ、おまえら……」と口を動かした。


「これに凝りてもう傍若無人な行動はやめとけよ。んで、俺らが何なのかって話は、飯食いながらしないか?」


「……ちっ、しゃあねえな。んじゃ店戻るぞ」


 男の言葉とともに他の二人が動き出し、口々に「今日はツイてねえな」「俺、腹減った」などと言いながら店に入って行く。


 店のホールに戻るともう料理がテーブルに並べられており、湯気を立てていた。ヴィルフリートは即座に席に着き食べ始めたが、「やっぱりちょっと冷めてる……」と不満顔だ。


 ヴィルフリートが「おまえら、こっち来いよ」と隣のテーブルを指して言うと、男たちが渋々といった表情で酒を片手にテーブルを移動する。


「俺ら、聖女探ししてるんだよ。おまえら何か知らないか?」


「……はぁ?」


 リーダー格と見られる一番体格の大きな男が、ヴィルフリートに呆れた顔をしてみせた。

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