4.火焔流と氷壁
「おい、悪いがまたバグベアだ。多いよな」
馬の
「今度はフェリクス様が?」
「うん。ああ、名前は呼び捨てで、敬語はなしでお願い」
「え、はい、わかりまし……わかった。じゃあ俺は大人しくしてるから」
クリストフは先刻と同じように、二体のバグベアに睨まれている。
「バグベアって二体ずつ出てくるんだっけ。んー、物理攻撃にしようかな」
フェリクスは口元に酷薄な笑みを薄く浮かべると腕を大きく振り、持ち手部分に鎖で繋がれた、手の平くらいの鉄球をバグベアの横っ面に思い切り当てた。鉄球には棘が付いているため殺傷能力はそれなりに高いのだが、攻撃を食らったバグベアはまだ生きているようで、フェリクスの口から「ちっ」という舌打ちが漏れる。
「けっこう体力あるね。やっぱり魔法の方がいいかな」
無傷の方のバグベアにも同じように鉄球を振り回して攻撃を当てると、フェリクスは聖魔法の詠唱を始めた。
「天界の守護者よ、我が身に加護を授け、聖なる光の槍とならん。天の加護よ、我に力を! ……
詠唱が終わるや否や、空から無数の鋭い光の槍が落ちてきて二体のバグベアを襲う。再び立ち上がり攻撃を仕掛けようとしていたバグベアたちはひとたまりもなく、固い地面へと沈んだ。
「ふぅ、ヴィルに比べたら時間かかったなぁ」
フェリクスも、口の中で簡単に詠唱するとヴィルフリートと同じようにバグベアの死体に火を放つ。
「グングニル、初めて見た……範囲攻撃魔法こええ……」
「聖魔法ってけっこう攻撃できるんだけど、やっぱり詠唱に時間が……」
「いや、十分だろ。ヴィルの速さはおかしいから」
「そうか、比べたらいけないんだね」
クリストフの敬語はすぐに引っ込んだようで、フェリクスは彼の物言いに軽く笑った。少々興奮している馬の首を「ユキエル、大丈夫だよ、もう倒したからね」と優しくなでると、馬車の中へ戻る。
「グングニルって、何だあれ、怖いわ」
「そう? ヴィルの無詠唱の
「……えっ? もしかしてレイス倒した時……」
「神殿に使者が来て、慌てて駆けつけた直後だったね。『何だあれ』はその時の僕のセリフ。無詠唱で得意じゃない魔法をあれだけ大きく放てるって、相当怖いよ。さすが双剣の氷月」
ヴィルフリートが「やめてくれ」と言いながら苦い顔でうつむくと、フェリクスが小さく笑った。
**********
「活気がない……」
オートレーの町に入り、宿屋を探そうと案内所を兼ねたギルドを目指す。しかし、夕方という通常であれば活気付く時間帯にもかかわらず、町の中ではあまり歩く人が見当たらない。小さな町ではあるが、本来は人が多く集まるであろう繁華街にも閉まっている店が多く、ヴィルフリートとフェリクスは窓からの閑散とした光景に驚いていた。
「ここは比較的王都に近いから、もっと賑やかだと思ってたんだが。フェリクス、何か聞いてるか?」
「ううん、全く。何だろうね……まあとにかく、まずはギルドかな」
ヴィルフリートがフェリクスにうなずいてみせ、馬車の揺れに身を任せているとギルドの前で停車した。二人が馬車から降りると、事前に変えておいたフェリクスのブラウンの髪と目の色を見てクリストフが「あっ、その髪と目、久し振りだ」と、ヴィルフリートと同じことを言う。
「ちょっと手続きして、裏に馬車停めてくる。ユキエルは貸し馬の厩舎に入れてもらえるはずだから」
「うん、ありがとう」
フェリクスが、もうすっかり旅仲間という様子でクリストフに返答する。そのことに安心しながらもヴィルフリートは複雑な表情でギルドの入口を見つめていた。すると、ガラの悪そうな大男三人が、遠くからも聞こえるくらいの大声で笑いながら歩いて来るのが見えた。
「よし、手続きも済んだしユキエルは厩舎に入れた。入ろうぜ」
下品な笑い声に顔をしかめるヴィルフリートが、戻って来たクリストフに視線を移す。
「さて、情報収集、と……。腹減ってるし、まずは酒場かな。さすがにギルドのは開いてるだろう」
クリストフを先頭に進んでたどり着いた酒場は、クリストフが言うように開いてはいても混雑はしていない。三人はすぐにテーブルに着くことができたが、ここでもヴィルフリートは複雑な心境だ。
「普段ならもっと客が多いんじゃないか、ここ」
「うーん、そうだよな……。とりあえず、食事だ」
クリストフの言葉にうなずき、ヴィルフリートは店員の若い女性を呼んだ。
「俺は白身魚の潮蒸しとパン、だけでいいかな」
「はい、わかりました」
「あのさ、ちょっと聞きたいんだが……この町、閑散としてるよな? 魔物のせいか?」
ヴィルフリートが最後に注文を終えたところでクリストフが尋ねると、女性店員は暗い表情になり、声を落として説明を始めた。
「……はい……。魔物がよく出るようになって人通りが少なくなりました。常駐してる騎士の方たちの手が回らなくなって、怪我人が多く出るようになったんです。それで、討伐隊が来てくれて、魔物を倒してくれてるんですが……」
「討伐隊?」
「ええ……。騎士の人数も少なくなってるからしょうがないんですけど、討伐隊の人たちがお金を要求するようになったんです。それで町の人たちが怖がってしまって、魔物を倒してくれても、賑わいはあまり戻らず……」
「それ、もしかしてガラの悪い大男三人?」
ヴィルフリートの質問に彼女は「そ、そう、です……。すみません……失礼します」と小声で答え、厨房に行ってしまった。
「さっき大声で笑ってたやつらかな」
「そうかもね。魔物を倒す代わりに金銭要求……人の弱みに付け込むってやつか。僕の嫌いなタイプだなぁ」
返答するフェリクスにヴィルフリートがうなずいていると、突然、バタン! という大きな音とともに、酒場の扉が開けられた。
「今日は大いに飲めるぞ。いいカモ見つけたぜ、魔物退治するだけでこんなに稼げるとはな」
「おまえはいつもたらふく飲んでるだろ」
「それもそうかぁ」
先程見た三人の男の耳障りな声が酒場の空気を支配し始め、ヴィルフリートたちは無言で眉根を寄せる。
「おう、ねえちゃん、こっち来いよ!」
「は、はい」
先ほどの女性店員がテーブルに近付いて注文を取ろうとするが、「もっと色っぽい美人はいねえのかよ」などと笑うだけで、彼らは注文を言おうとしない。
「あーイライラしてきた。嫌なやつらだな」
小さな声でヴィルフリートがつぶやくのとほぼ同時に、女性店員が「キャッ!」と悲鳴を上げた。
「や、やめてください……!」
「いいじゃねえか、尻触るくらい。おまえで我慢してやるって言ってんだよ」
男の一人に腰に手を回され、女性店員は真っ赤な顔でうつむき、涙をこらえているようだ。ここで真っ先に席を立ったのは、意外にもフェリクスだった。
「やめなよ」
「はぁ? 何だおまえ、ここらじゃ見ねえ顔だな。やられてえのかよ」
「やられたいのではなく、やりたいんだよね。表に行かないか?」
「ちょっ、フェリクス……」というヴィルフリートの声は無視し、フェリクスが彼らを睨みつけている。
「へぇ、おもしれえ」と言って席を立つ男三人を見て、ヴィルフリートも腰を上げた。
「しょうがない、俺も行くわ」
「俺も俺も」
「クリス……おまえ、ちょっとおもしろがってるだろ……」
「フェリクス、顔に似合わず好戦的だよな」
涙目の女性店員が心配そうに見つめる中、ヴィルフリートはフェリクスのあとに着いてニヤニヤ笑うクリストフと共に店外の道へと出て行く。
「支援はするから、白身魚の潮蒸しが出来上がる前までに頼むよ、フェリクス」
「わかってるよ」
笑顔なのに目が怖いフェリクスに少々引きながら、ヴィルフリートが支援のために凍縛(フローズン・バインド)を発動させようとすると、唐突にフェリクスのモーニングスターが空を切り、ドカッという音とともに一人の大男の背中を襲った。
「ぐぅっ……! てめえ、いきなり何すんだよ!」
「今の食らってまだしゃべれるんだ? 鬱陶しいからしゃべれなくなるまで攻撃しちゃおう」
「……あれ? フェリクス今は魔法使えないからと思って着いて来たけど、俺いらない……?」
ヴィルフリートがつぶやく声は届かず、フェリクスは相変わらず怖い笑顔でモーニングスターを振り回して攻撃を仕掛けようとする。
「ほら、来なよ」
笑顔なのに殺気立って挑発するフェリクスに、彼らも引き始めたようだ。だが、そのうちの一人、一番やせている男が口の中で魔法の詠唱を始めた。
「……灼熱の炎よ、我が魔力を集結し、烈火の炎を創り出さん。我が手に宿り、燦然と破滅をもたらさん。……
「うぉっ、やべっ!」
後方で観戦していたヴィルフリートが急いでフェリクスの前に
「……そんな魔法使えるんだ。なかなかやるね」
夜の風が水蒸気をゆるゆると飛ばし、相手の男の姿が見えるようになると、フェリクスも「暗いから大丈夫かな」と言って髪と目の魔法を解き、詠唱を始めた。
「……天界の守護者よ、我が身に加護を授け、星碧の矢と光明の奏鳴を導き給え! ……
詠唱完了と同時に空から幾本もの金の光の矢が降り注ぎ、男たちの足元にグサグサと刺さっていく。
「ひえっ、何だこれ! おい、行くぞ!」
一番大柄な男が声をかけ、「くそっ、覚えてろ!」というどこかで聞いたようなセリフを吐きながら、三人とも遠くへ逃げて行ってしまった。
「陛下が『きょうぼ……』っておっしゃってた意味がわかった」
「ああ。こういうことだったんだな」
ヴィルフリートとクリストフがお互いの認識をすり合わせていると、フェリクスが髪と目の色をブラウンに変えてから残念そうな面持ちで二人の元へ戻って来た。
「ちぇっ、逃しちゃった。もっとやりたかったのに。腹立つからあとで結界張っておくよ」
「結界って腹が立った時に張るものだったのか」
「だって、魔物が出るからあいつらが大きな顔してるんだよね? 魔物が入って来ないようにしておけばいいってことじゃないか。ちなみに王都にも、出発前に張っておいたよ」
「……そうか、ありがとう。とりあえず白身魚の潮蒸しを……」
三人が酒場に戻ると、ちょうどよく料理が運ばれて来たところで、ヴィルフリートは熱々の白身魚の潮蒸しを食べることができた。クリストフとフェリクスもそれぞれの皿からおいしそうに料理を口に運んでいる。
「おー、おいしいぞ、これ。やっぱ年取ったら魚だよなぁ」
「いやぁ、この鶏肉と青菜の炒めものもうまいぞ」
「僕のベーコンシチューのパイ包みもいけるよ」
「……あの、お食事中すみません。先程はありがとうございました」
思い思いの感想を言い合いながら舌鼓を打つ三人に、女性店員が話しかけた。
「礼はいらない。これおいしいから」
「ヴィル……またおかしなことを……」
「だっておいしいだろ」
「ヴィルはちょっと黙っててくれ。……ええと、あいつらはフェリクスが一旦追い払っただけだから、また来るかもしれない。でも……フェリクス、言っていいのか?」
礼を言われる場面では何故か変な返答をしてしまうヴィルフリートに突っ込んでから、クリストフは女性店員に説明するべく、フェリクスに話を振る。
「あ、結界のこと? 大丈夫だよ。ええと、この町に魔物が入らないようにあとで結界張るから。ドラゴンが大暴れでもしなければ、五十日くらいはもつと思う」
「えっ、け、結界? あなた方、一体……?」
「あ、そうだ、僕たち聖女探しに来てるんだけど、この町で突然聖魔法を使えるようになった女性っていない?」
「聖女様!? ……うーん、聖魔法、聖魔法……私の知る限りではいませんね……」
「わかった。ありがとう」
「お役に立てなくてすみません……失礼します」
柔和な笑みを浮かべたフェリクスが、厨房へ引っ込んだ女性店員の方を見て「謝らなくてもいいのにね」と言い、フォークを一旦置いた。
「あいつらたぶんまた絡んでくると思うから、その時は思う存分やっちゃっていいかな?」
「だめって言ってもやりそうだな」
クリストフがフェリクスを見ながら尋ね、鶏肉を口に放り込む。
「わかる?」
「おう。やっつけたら一応
「……不本意だけど、ヴィルにやってもらうよ」
「きょうぼ……」とクリストフが漏らすが、フェリクスは気にせずまたフォークを手に取り食事を再開させた。
「あ、そうだ。ヴィル、もうしゃべっていいぞ」
「……ううう……クリス遅い……もう二度としゃべれないかと……」
「ちょっと忘れてただけだろ、大げさだな」
ヴィルフリートの小声の嘆きにクリストフが答えると、フェリクスがくすくすと笑い出す。和やかな雰囲気で進める食事はおいしいが、やはり酒場独特の賑やかさはほしいものだと、ヴィルフリートは食べる手を動かしながらずっと考えていた。
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