2.魔物と一戦
「ルキウス、いるか?」
舞踏会の翌日の午後、ヴィルフリートが王都の繁華街裏手にある武器防具屋の店先を覗くと、自分とよく似た容姿の次男が奥から出て来た。顔立ちも体格もそっくりなうえ、ルキウスも長い髪を後ろで結んでいるため、違うのは性格だけだと家族にもよく言われている。
「あれ、父さん? どうしたの?」
「これの手入れを頼みたい」
「ダガー? 長めのと短めの……双手用? かなり長く保存されてたみたいだけど、ものは良さそうだね」
「だろ?」
「もしかしてこれ、父さんが使ってたもの?」
物置部屋から引っ張り出して鞘ごと布に包んで持ってきたダガーを渡すと、ルキウスは目を輝かせて質問してくる。
「そうだよ。王命で旅に出ることになったから、また使う機会ができてね」
「えっ、旅に? 王命って……昨日の舞踏会で?」
「うん、聖女様を探す旅なんだ」
ルキウスは舞踏会には行かず、この日もいつものように朝早く仕事に出たため、知らなかったのだ。苦笑いしながら、ヴィルフリートは昨晩のことを思い出す。
「ずいぶん急に決まったんだね。それにしても、三日月型って珍しい……扱いが難しそうだな。よくこんなの使ってたね。接近戦が得意だったの?」
そういえば昔のことは子供たちにあまり話したことがなかったなと思いながら、ヴィルフリートは自分の攻撃スタイルについて話し始めた。
「物理攻撃ならそうだな。一度ではあまり大したダメージは与えられないから、手数で勝負してた。魔法で遠距離攻撃もしてたぞ、主に氷魔法で。媒体はこれ」
そう言うと、翡翠石を埋め込んだ銀のバングルを別の布から取り出し、ルキウスに手渡す。
「うわ、大きい翡翠」
「母さんの目の色なんだ。愛だよ、愛。たぶん媒体がいる中級以上の魔法を使うことになるだろうなぁ。両方手入れ頼んでいいか?」
「重い愛だな……。ちょっと親方に聞いてくるから、待ってて」
ダガーとバングルを手にばたばたと奥へ走って行く二男を見ながら、ヴィルフリートは軽くため息をついた。体型は昔とあまり変わっていないが、体の柔軟性などはもうだいぶ失われている。十日後の出発までに何とか体を作り、昔の勘を取り戻さなければならない。
「お待たせ。俺がやっていいって」
うれしそうに顔をほころばせながら戻って来たルキウスを見て、ヴィルフリートの口元がゆるむ。
「そうか、よかったよ。出発は十日後なんだが、どれくらいでできるだろうか」
「うーん、たぶん五日か六日くらいかな」
「わかった。じゃあよろしくな」
ヴィルフリートは、大きくうなずくルキウスに軽く手を上げて店を出ると、「ダガーとバングルが仕上がったら魔物と一戦しないと……王立軍に頼むか……大丈夫かな……」とつぶやきながら自宅へと歩き始めた。
**********
ルキウスにダガーとバングルを預けてから五日が経った。普段は家族五人で夕食を取るが、今日の食卓にはヴィルフリートとミリアムしか着いていない。
「今日は子供たち全員帰りが遅いんだな」
「ええ。クラウスはリズを連れてアクセサリーの新作お披露目パーティーに出かけてるわ。ルキウスも連れて行きたがってたけど、あの子は……」
「あの性格だからなぁ、華やかな場には向かないだろう。仕事か?」
「そうね、あなたの武器の手入れで忙しいからって断ったみたいよ」
「そ、そうか。それはうれしいけど、あまり働き詰めでも……いいのか悪いのか……」
ヴィルフリートがフォークを口に運ぶと、ふっとミリアムが口元に笑みを作った。
「うれしいのよ、あの子も。ヴィルは昔のことあまり話さないでしょ。すごく活躍してたのに」
「活躍って、ただ聖女様を探してお連れしただけだぞ」
「その『探してお連れしただけ』というのも大変だったでしょう?」
「うーん、まあ。魔物の数も多くなってたからな」
ミリアムは「ねえ」と言うと持っていたナイフとフォークを置いて目の前のヴィルフリートをまっすぐに見た。
「あの時、一年間帰れなかったのをまだ気にしているんでしょう?」
「それは……どうしても、思い出してしまうよ。俺はきみに会えなくて寂しかったし、きみの方も一人で不安だっただろうと」
ミリアムに倣いヴィルフリートもカトラリーを置いて話に集中する。
「それならもう大丈夫よ。今は三人も子供たちがいるし、あの時より賑やかなんだから。今回も思う存分活躍して帰って来るといいわ」
「……ああ、そうだな。ありがとう」
こうして二人が穏やかに話していると、メイドが「失礼いたします」と食堂のドアを開けて入ってきた。
「どうした?」
「王室からの使者の方が……」
「こんな時刻に王室から? それなら応接室へ」
「そ、それが、急ぎだからエントランスで構わないとおっしゃって、ドアの内側から動こうとされないので……」
「わかった、すぐに行く」
それほど急いで伝えたいこととは一体何なのかと、頭の隅でわかっている答えを見ないようにして、ヴィルフリートは不安そうな面持ちのミリアムに「心配いらない」と言い玄関へと急ぐ。
「ああ、レッシュ様、こんな時刻に……」
「どんな用件で?」
うつむき加減で申し訳なさそうな表情から、ヴィルフリートの姿を見てぱっと顔を上げた使者の若い男性に、ヴィルフリートは早速用件を尋ねた。
「それが、街中にレイスが一体現れて、子供を人質に取っているんです。軍の者たちは出払っているので、倒せる者がいなくて……」
「レイス!? 魔物関連だろうとは思っていたが、レイスとは……。くそっ、こんな時に……」
折悪しく、今はダガーもバングルもルキウスに預けてしまっている。店に取りに行っている暇はないだろうと苛立ちを覚えながらも、「案内を頼む」と使者の男性に告げる。
「は、はい、では馬に同乗してください」
ヴィルフリートの後ろを追いかけ玄関まで様子を見に来ていたミリアムに「すぐに戻る。絶対に家から出ないように」と伝え、使者の若者と一緒に馬に乗る。
少しの間馬に揺られ、現場に到着すると、街の中心地の広場で悔しそうに歯噛みしているクリストフがいた。
「クリス!」
「ヴィル、呼ばれたのか? 悲鳴が聞こえてきて外に出てみたが……あいつは俺の攻撃じゃだめだ……」
馬から降りながら声をかけると、クリストフはヴィルフリートの方に首を向けて力なく言う。
「クリスの剣に炎を追加すればいい」
「あ、ああ、そうだな。頼む」
レイスは思念体の魔物のため物理攻撃は効きづらいが、苦手属性の炎や聖魔法のエフェクトを追加しておけば攻撃が通る。ヴィルフリートが左手をかざしたクリストフの剣身が、赤く染まり光を帯びた。
「フィーネ! フィーネ! 誰か、お願い、フィーネを助けて!!」
「ああ、何でこんなことに……! 女神様、どうかフィーネをお助けください……!」
レイスが気絶した子供を抱えたまま、かぶっているフードの下でニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべている。誰かが手に持つ松明の明かりの下、悲痛な母親の叫びと父親の懇願の声が合図になったかのようにヴィルフリートが臨戦体勢に入ろうとした時、「父さん!」という声が聞こえた。
「ルキウス……!? ここは危険だ、下がれ!」
「できたんだよ! これ!」
ルキウスが叫びながらヴィルフリートの元へ走り寄り、武器のダガーとバングルを手渡す。
「!! ちょうどよかった、ありがとう。もういいから、下がっていなさい」
「う、うん。がんばってね」
ヴィルフリートがルキウスにうなずいてみせると、クリストフが話しかけてきた。
「あいつ、子供を拘束することで人間を多く集めようとしてる。このままだと人間を食う魔物の大群が押し寄せてくるぞ。そうして殺された人間の魂を自分が食うつもりだろう。子供を何とか先に奪い返したいが……ヴィル、何かいい案はあるか?」
クリストフが言うように、周辺には野次馬が多く集まってきている。彼の問いを聞きながらヴィルフリートは左手首にバングルを装着し、ダガーを左右の手に持った。
「……子供の命をすぐに奪うつもりはないってことだよな? それなら、先にレイスを倒してしまうのがいいだろう。あいつはアンデッドだから治癒魔法でダメージを食らう。それなら誤って子供に当たっても悪影響はない。が、あまり大きなダメージを与えることはできない。俺がちまちま
「わかった」
クリストフの返答を聞くや否や、ヴィルフリートは無詠唱で、中程度の傷なら癒やすことのできる聖魔法の
「ググウッ……」
「よし、効いてる! クリス!」
クリストフがレイスの背中側から斬りつけ、レイスが彼を標的に定めると、今度は子供を抱えている腕とは逆方向から攻撃を仕掛ける。鎌での素早い攻撃を警戒し斬りつけてからすぐに後方へ下がるという戦法だが、炎のエフェクトで与えられるダメージは大きいようだ。
「グッ……! ガァアアアッ!」
苦しむレイスがとうとう子供を手放し、クリストフがそれを難なく受け止める。
「子供を親へ! 一気に方を付ける! 全員目ぇつぶれ!」
そう叫ぶとヴィルフリートは左手を高く掲げ、自身の持つ最大の聖魔法である
「……ふぅ……」
「……もう目開けていいか……? うへっ、レイスが跡形もねえ。やっぱヴィルはすげえな」
「クリスが子供を受け止めてくれたから、安心して魔法ぶっ放せたよ。……老体には酷だったがな。肩が痛え」
「それを言うな、俺も肩が痛え」
恐る恐る目を開けたクリストフとそんな会話をしていると、周囲の人々がざわつき始めた。「双剣の氷月が復活した……!」という声が聞こえ、ルキウスの方を見ると何だか複雑そうな顔をしている。
「父さん、格好良かったけど……双剣の氷月って何……? そう呼ばれてたの?」
「若い頃にね……勝手に呼ばれてたんだよ、仕方がなかったんだよ……」
ルキウスに言い訳していると、少し離れた場所で父親に抱かれている子供が、大きな声で泣き出した。
「お、目を覚ましたんだな。あれだけ元気に泣くことができれば大丈夫だろう」
「あっ、あのっ! ありがとうございました!」
左後ろから声がして「ん?」と振り返ると、子供の母親がヴィルフリートとクリストフに向かって頭を下げている。
「いやその、別に、ええと、魔法の見た目が派手だっただけで子供は傷付けてないからな?」
「ええ、わかっております。そちらの方が受け止めてくださったのもあって、無傷で済んだようです」
母親が手で指し示したのは、クリストフだった。彼はにこっと微笑むと、穏やかに話し始める。
「そうか、それはよかった。俺は大したことしてねえよ、礼には及ばん。しかし災難だったな。ひとまずゆっくり休むといい」
「はい、本当に、本当にありがとうございました!」
クリストフの返答を聞いて再び礼を言い、母親は子供の元に戻って行った。ヴィルフリートといえば、おかしな言い訳を子供の母親にもしてしまったため、ルキウスに「父さん、受け答え変だったよ。クリスさん見習わないと」と言われてしまう。
「うう……クリスはしっかりしてるからさぁ……」
「ええと、こちらからもお礼を……。迅速なご対応、感謝いたします。ご自宅に帰られますよね? 馬車が到着したので、どうぞお使いください」
「あ、ああ、そうさせてもらうよ。息子も一緒でいいかな?」
「息子さんですか、ええ、もちろん」
そばで控えていた使者と話し、ヴィルフリートはクリストフに「また五日後に会おう」と言って王室が用意した馬車で帰路へ着く。
「現場が店の近くでよかった。でも父さん魔法しか使ってなかったから、ダガーは試せなかったね」
「そうだな。やっぱり軍に頼んで魔物と一戦……」
「あのダガー、研磨が難しかったんだよ。あと、柄(つか)にも錆があって、取り除くのが大変だった。でも親方のおかげで……」
馬車の中で、ルキウスが興奮しながらダガーについて話し始める。普段はどちらかというと無口なのにこういうことはよくしゃべるんだなと、二男の新たな一面を見た気がして、ヴィルフリートは相槌を打ちながら頬をゆるめた。
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