ジジイどもは聖女探しの旅に出ます
祐里
1.王命
大国ラングハイエン王国の王宮舞踏会場だというのに音楽は止まり、室内の空気はぴんと張り詰めている。王であるアーデルベルト・ラングハイエンに呼ばれ、並んで玉座の前にひざまずくヴィルフリートとクリストフの二人を、会場内の貴族たちは何事かと注視していた。
「王命として、フェリクス・ベルツ、ヴィルフリート・レッシュ、クリストフ・モリーニ、以上三名を聖女を探す旅に任ずる」
王名で招待された舞踏会だからと渋々会場を訪れているヴィルフリートは頭を下げたまま、呆然とアーデルベルトの言葉を脳内で反芻する。
「……発言を、お許しいただけますでしょうか」
しばしの沈黙ののち、ヴィルフリートは言葉を絞り出した。
「許す。申せ」
「恐れながら、申し上げます。私ヴィルフリート・レッシュとクリストフ・モリーニは二十五年前に現聖女様を探す旅をしたことがございますが、既に年齢が五十を超えております。故に、現在では他に向いている者が王立軍などにいるのではないかと愚考いたします」
豪華な椅子に座るアーデルベルトはヴィルフリートの言葉を最後まで聞き、ふぅと一つため息をついてからその問いに答えるべく、白髪交じりではあるが華やかなハニーブロンドを揺らしながら姿勢を崩す。
「それがな、最近は軍人を引退する者が多いのに、軍に入りたいという志願者が少なくてな。その少ない者たちは、我が息子たちも含めて増え始めた魔物討伐に追われているのだよ。そこでレッシュ卿たちに白羽の矢を立てたのだ」
「さようでございますか……」
「本当はフェリクスではなくレオンハルトの方がいいのだろうが、あれは軍の指揮官を務めなければならない。フェリクスはこの場には来ていないが、聖魔法の使い手で、きょうぼ……戦闘では強いぞ。安心するがいい」
レオンハルトは、かつての第三王子で王アーデルベルトの弟だ。クリストフと共に、以前の聖女探しの旅をしたことがある。フェリクスも王弟であり、レオンハルトの兄、つまりかつての第二王子であり、神殿に出仕しベルツ神官長の養子に入った人物だ。アーデルベルトの言う「きょうぼ……」が気になるが、一介の子爵であるヴィルフリートにそんなことを口にする権利はない。正当な理由のある王命であれば、黙って従わざるを得ないのだ。
「次の聖女がいつまでも見つからなければ、魔物の動きがより活性化してしまう。早急に見つけ出し、神殿で祈りを捧げてもらう必要があるのだ。二人とも巧みに戦闘し、魔物を倒していたと聞く。道中に出現する魔物への対応も手慣れているであろう。どうだ、受けてはくれぬか」
「かしこまりました。聖女様探しの命、しかと承りました」
「同じく、承りました」
「うむ。良い働きを期待しておるぞ」
ヴィルフリートとクリストフが承諾の意を唱えると、アーデルベルトは明らかにほっとした面持ちで、その紫の目を細め、うなずいた。
**********
ラングハイエン王国では、魔物に人や家畜が襲われるなどの被害が昔から発生している。国にただ一人、女神アルメイダにより選ばれた聖女と呼ばれる女性が神殿で祈りを捧げることによって最上位種のドラゴンをはじめとした魔物の動きを沈静化させることができるのだが、現在四十三歳の聖女は体調が悪くなり、祈りを捧げられる状態ではなくなっている。医師の見立てでは、残念ながら近いうちにこの世を去ることになりそうだという。
現聖女の命が尽きかけると、次の聖女が現れる。普通の町娘などがある日突然、魔法媒体なしに聖魔法が使えるようになり、聖女として女神に選ばれたとわかるということがほとんどだ。通常、聖魔法は神殿でのみ教わることができる魔法のため、使えるようになるとわかりやすいはずで、その時点で名乗り出てくれればいいのだが、世の中そううまくはいかない。使えるようになったことに気付いていない者や、別の魔法を使えるようになったことを勘違いして名乗り出る者もいるため、国宝の水晶玉に手をかざしてもらい、色が変わったら聖女であるという判別方法を用いる必要がある。
聖女だと判明したあとは神殿に仕えることになるが、恋愛や結婚は自由にできる。現在の聖女ビアンカ・ノーディンは、王弟であるレオンハルト・ノーディン公爵の妻だ。現聖女を探す旅に出たのはレオンハルトとヴィルフリート、クリストフの三人で、その旅で知り合ったというのが、レオンハルトとビアンカの結婚のきっかけだった。
「やはり聖女様は体調が優れないようだな……。しかし、まさかまた旅をすることになるとは。こんな大勢の前で王命なんて、陛下も人が悪い」
広い室内ではまた音楽が流れ始め、人々が思い思いにパートナーと踊っている。そんな華やかな会場の隅でヴィルフリートが小声で言うと、クリストフが「道理で」と一言漏らしてから酒を呷った。
「ただの男爵家の二男でしかない俺が呼ばれた理由がわかったよ。しかも家督は既に甥が継いでるし、肩身が狭かったんだ。せめてレオンもいたらよかったんだが」
「……俺はレオンに嫌われていたから、ちょうどいい」
「ああ、そうか。うーん……フェリクス様ってどんな方なんだろう。噂もあまり聞かないからわからんな」
クリストフはヴィルフリートと同じ年の幼馴染で、青い目と白髪が少し混じった小麦色の短髪の大柄な男だ。両手剣での戦闘を得意とし、ハスキーな声を張り上げて大きな魔物に立ち向かっていく勇猛果敢な姿を、ヴィルフリートは今でもはっきりと思い浮かべることができる。
「俺もフェリクス様については大昔ちらっと見ただけで、よく知らないんだ。クリスに会うのは十五年ぶりくらいか。この間まで旅を続けてたんだろ?」
「そうだな、王都から東側ばかりだったが。ただ、ここ五、六年はギルドの用心棒の仕事ばかりしてたから、旅に出たくても出られなかったよ。まあ、この年で一人旅は厳しいからそれでよかったんだ。もう五十二だぜ」
「いや、でも、体に贅肉ついてなさそうだな。顔だけ年食って」
「顔のことはよけいだ」と言いながら、クリストフは歩いていた給仕係から新たに酒のグラスを受け取った。
「おまえも同じ年なのに体型変わらないな、相変わらずの長身細身で。顔だってそんなに変わってないぞ。ちょっとしわが増えたくらいか?」
「そうか? けっこう皮膚がたるんでると思うが」
「いやぁ、あまり年食ったようには見えない。昔、舞踏会でひっきりなしに着飾ったご婦人方からダンスの誘いを受けていたのを思い出すよ」
「やめてくれ。思い出すなら、魔法ぶっ放して魔物殲滅させてるところにしてくれよ」
「そんな格好してたら無理だろ」
大きな口で明るく笑うクリストフのそばで眉間にしわを寄せるヴィルフリートは、上質な素材で作られた仕立ての良い黒の上着を着ている。胸と裾の部分に施された銀糸の上品な刺繍模様が後ろで束ねられた白髪の多いプラチナブロンドの髪と水色の目によく合っており、その冷たさを含む容姿を際立たせている。
「あれ、おまえの息子、何やってんだ? せっかくの舞踏会なのにダンスもしないでおしゃべりか? まだ若いだろうに」
「ん? ああ、クラウスか。営業だろ、商会を一つ任せてるからな」
「営業……」
「あいつ、自分の見た目がいいってことをわかってて女性と話してるんだよ。俺なんかよりよっぽど頭が切れるから、そろそろ爵位も商会も全部譲って俺は引退しようと思ってたところだったんだ」
ヴィルフリートは、少し離れたところで女性たちに囲まれている長男のクラウスに視線を移した。クラウスは母親譲りの翡翠色の目と父親であるヴィルフリート譲りのプラチナブロンドを持ち、母親の大きな二重の目とヴィルフリートのすっと通った鼻筋と形の良い唇というように、それぞれの特に見目良い部分を受け継いでいる。ヴィルフリートの持つ冷たさは遺伝しなかったようで、人好きのする笑みが得意なのだ。
「旅の間は別の商会も任せることになるしなぁ。でももう二十三なんだが、結婚する気はなさそうなんだよ」
「あれだけ女性人気が高ければ、誰かしら結婚してくれるだろ」
明かりに集まる虫を連想させる女性たちの群がり様に多少引き気味になりながら、クリストフが言う。
「だといいんだが。……あれ、そういえばリズはどこに……」
「娘か。エリザベート、だっけ」
「そうそう。えーと……あ、いたいた。何で殿下と踊ってんだ!?」
ヴィルフリートがキョロキョロと探して見つけたエリザベートは、王族の血を表す金髪と紫の目の第三王子とダンスを楽しんでいた。
「一体何をしたらこうなるんだ……大人しくしていろと言っておいたのに……!」
「まあまあ。見目麗しい憧れの王子様と踊ってみたかったんじゃねえか? 年齢も近いし」
「うう……」
こうなると、気になるのは自身の妻であるミリアムのことだ。目でミリアムを探すと、そのミルキーブラウンの髪はすぐに見つかった。クリストフに断りを入れ、ミリアムの方へ歩いて行く。
「ミア」
すぐ横でミリアムの愛称を呼ぶと、大きな翡翠の目と適度に厚みのある唇のかわいらしい笑顔がヴィルフリートの方を向いた。ミリアムを囲む女性たちから「まあ」「早速」などと声が上がる。
「あら、ヴィル。今ね……」
「ああ、すまない、こちらに来てくれないか」
「お話し中、申し訳ありません」と、ミリアムが話していた女性たちに詫びを入れ、壁に背を向けてダンスホールを眺められる場所まで連れて行く。
「ミア、驚かないで聞いてくれ。リズが第三王子殿下と……」
「リズ? あっ、殿下と仲良くできているようね。安心したわ」
「……え?」
「リズが第三王子殿下のことを素敵な方ねって言ってたから、一緒に踊ってきたらいいわって言っておいたのよ」
エリザベートは母親のミリアムによく似ており、愛らしい顔立ちだ。まだ十八歳だが体つきが大人びているため、肌を露出するものではなく、首元まで隠れるデザインで作らせた淡い若草色のドレスを着ている。もちろんドレスを注文した服飾店にそんな口出しをしたのはヴィルフリートなのだが。
「そうだったのか……。まさか二曲連続で踊ったりしないだろうな」
「なぁに? 心配なの? お相手は王族の方なのに」
「心配、というか、こういう場であまり目立ちたくないというか……」
「そうなの? あら、あの子一曲しか踊らないみたいよ」
曲が終わるとエリザベートは第三王子に向けて一礼し、ヴィルフリートたちの方へやってきた。明るい笑顔で「楽しかったわ」と言う娘にヴィルフリートは何も言えなくなり、「ああ」と曖昧に返事をする。
「ところでヴィル、あなたまた旅に出るのね」
「行きたくはないんだけど、王命だからなぁ……。ダガーとバングルの手入れをしておかないと」
「それならルキウスにやってもらったら? あの子、最近お店の親方にほめられたってうれしそうにしてたから」
「そうか、ならやってもらおうかな」
するとミリアムは急に真面目な顔つきになり、ヴィルフリートの方に体を向き直した。
「ヴィル、あなたに一つ言っておきたいことがあるの」
「な、何かな?」
「あのね、目立ちたくないって言うけど、一番目立ってるのはあなたよ」
「……えっ……?」
「あなたが聖女様探しの命を受けて、みんな思い出したの。『双剣の氷月』を。さっきもその話でもちきりだったのよ」
「……嘘、だろ?」
『双剣の氷月』、それは本人の意思とは無関係に、人々がヴィルフリートのことを噂する時に使った過去の二つ名だ。若い頃に通っていた貴族学園での模擬戦や模擬野営などで、ヴィルフリートが無双とも言える戦いぶりを発揮してしまったため、誰からともなく囁かれ始めた。「あいつは敵とみなした相手をためらいなく双剣で殲滅させる氷月だ」と。得物は三日月型短剣(ダガー)で、長めのものを利き手である左手に、短めのものを右手に持ち、得意な氷魔法を膨大な魔力量のもと無詠唱で壮烈に発動させる。その戦闘姿、また、その髪と目の色は、『氷月』にふさわしいとも言われていた。
「『双剣の氷月』ヴィルフリート・レッシュが復活ねって、うらやましそうに言われて」
「勘弁してくれ……」
「私たち普段あまりこういう場には参加しないけど、クラウスは社交で顧客を増やしたいみたいだし、これからも他の貴族との付き合いは切れないのよ。もう仕方ないわ」
そう言うと、額に手を当て項垂れるヴィルフリートをよそに、ミリアムは女性たちのおしゃべりの輪に戻って行く。
「仕方ない、かぁ」
まずは昔使っていたダガーとバングルを武器防具屋で働いている二男のルキウスに預けようと決心し背筋を伸ばすと、ヴィルフリートはエリザベートを伴い、クリストフの方へと歩き始めた。
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