第5話 日常に潜む吸血鬼

一夜明けて目が覚める。スマホを確認すると進んでる日付は1日だけ。しっかり家まで帰ってから寝た記憶があるので以前のようなことは無いと踏んでいたが……こうして実際に見ると安心する。


「契約……か」


やはり面倒なことになってるのではないかと考えてしまうが、これはもう避けられなかったのではないかと考えてしまう。どんな手を使ってでも合意させるなんてことが……まぁ、あの状況だと想像できないわけでもない。というか出来たはずだ。

ただそれをしなかったのは宵宮が優等生だからなのか。まぁ、過ぎたことを気にしても仕方ないし契約を結んでしまった以上は宵宮に血を分けるしかない。


♦♦♦♦♦♦


「おはよう、母さん」


「あら、おはよう。ご飯できてるからね」


「ん。ありがと。今日は?休み?」


「残念。午後出勤。はぁ……なんで休めないのかしら」


「父さんなんてもう出勤してんだから。それに比べたらマシだろ」


「確かに」


「な?」


「「あはははははははははっ!!」」


「お昼ご飯は無しでいいかしら」


「作ってくださいお願いします」


直前までノリノリだったのに急に怖くなったのは母親の神代京香かみしろきょうか。本日は月曜日から6連勤目ということで……まぁ、なんだ。死にそうな顔で会社に向かう両親の姿を見ると社会に出たくなくなる。ちなみに父親は11連勤。

こういうの見ると人間も吸血鬼もあんま変わらないなぁ……と。いや唯一知ってる吸血鬼は別の問題で死にそうになってたが。主に食糧の問題で。


「……社会って恐ろしいんだな」


「どうしたの?急に」


「いや社会に出たくないなと」


「嫌よ?あなた養うの」


「それでも親か」


「お願いだから働いて。それか養ってもらうなら楓ちゃんにして!」


「母さんも大概だろ」


母さんも母さんで養うのが自分達でなければいいと考えているのが怖い。楓に養ってもらうのは一時期本気で考えたことあるが嫌われた時にしばらく立ち直れる気がしないので諦めた記憶がある。

今や両家族の付き合いも長くなっている。旅行なんかも2年……いや、3年か。その期間の中で1回はしている。家族旅行とはまた違った楽しさがあるので面白い。


「今日のご予定は?」


「特に何もないけど」


「……せっかく高校生なんだし彼女くらい作ったらどう?」


「俺に時間を使わせるのがもったいない。もう少し有意義な使い方して欲しいもんだ」


はぁ……と分かりやすいため息をつかれる。それこそ小学生くらいまでは未来に希望を思い描いてたというか……こんな大人になりたい!なんて夢はあったが現実は非情なり。まぁ、そういうもんだよなって。


「まぁ、あんま心配させないようにはするよ」


「そうしてちょうだい。それが出来るかどうかは別としてね」


「少しは息子を信じたらどうだ」


♦♦♦♦♦♦


昼までダラダラ過ごしてからスーパーへ向かう。今日は帰りが遅くなるから自分で作ってくれとのことで冷蔵庫の中身を思い出しながら献立と必要なものを考える。

料理は苦手じゃない。人に自信を持って振る舞えるほどではないが少なくとも自分で食べる分には問題無い程度にはできる。


「……で楓。何しに来た?」


「んー?暇だからついてきた!」


「遊ぶ予定とか無いんでしょうか」


「私ってナギくらいしか友達いないからね?」


「言ってて悲しくならんのかお前」


「ナギだって私くらいしかいないくせに〜」


それを言われても何も言い返せないし何より楓も自分に友達がいないことを否定できてないのが悲しくなる。こうして話してると明るい奴なのだがクラスメイトに対してはどうも冷たく接してしまうらしい。


「で、何買うのか」


「晩飯の材料」


「いいね。唐揚げ希望」


「家で食え」


「あはは、ナギったら〜照れなくていいんだぞ〜?」


もうこうなると面倒なので無視してカートとカゴを手に取る。今日の献立は美味しい(多分)オムライス(の予定)なので鶏肉と……後は玉ねぎなんかもあるといいな。あとは母さんに頼まれてたヨーグルトくらいか。


「しかしすっかり鍋の時期ですなぁ」


「そうか。むしろ俺の中じゃどんどん遠のいてるんだけどな?」


「私は年中鍋食べたいからね」


「今は何の気分だ?」


「冷やし中華!」


「ビンタするぞお前」


冷やし中華だってもう少し、ほんの少し先だろうに。始まるとこでは始まってるんだろうが近所のラーメン屋はまだ始まっていない。ラーメンの話をしてるとラーメンを食べたくなるが今夜は美味しい(多分)オムライスを作るので何とか気持ちを抑える。

玉ねぎの鮮度とか何を選ぶのがいいとか分からない……が、作るならそれなりに美味しいのを作りたいもんだ。玉ねぎを買うべく青果コーナーに向かう……と、そこにここ最近見慣れた姿を見つける。


「……ん?あれ、宵宮さんじゃない?」


「……だな。ここで買い物してんのか」


「へ〜!ご近所さんってことかな?あれ、でも宵宮さんをここらへんで見たことないなぁ」


「お前が外出ないだけでは?」


「平日はさすがに外出してるからね!?学生だからね!?私!」


……しかし気まずいな。あれ以来、学校では1度も関わってない。昨日はまぁ……説明すると長くなるほどに色々あったが、それはあくまで学外でのこと。

少なくともみんなの女神様である「宵宮憐」とどこにでもいる陰気な学生「神代渚」が学校で関わることはこれと言ってないわけで。


「ね、声掛けてみようよ!ナギが」


「は?俺?」


「前も行けたんだし大丈夫大丈夫!みんなの女神様と関わるチャンスだぞ〜?」


「いや、俺は興味な……あぁ、ダメだこれ全く聞く耳持ってくれねえや」


そのまま押されて宵宮の方へ。……これ、なんて声をかけるのが正解なんだ?そもそも私服姿の宵宮憐なんて早々お目にかかれるもんじゃないだろう。


「……あら?」


やべ、気付かれた。よくよく考えれば、それなりに大きな声で喋ってれば気付くのは当然と言えば当然だろう。

少し驚いた表情。ただ「なんでここに来てるんですか?」と無言の圧をかけられてる気がしてならない。まぁ、どこに住んでるかとか教えてないし、そもそもそんな話にならないし。


「朝日奈さん、神代君。こんにちは。ふふっ、学外で会うのは初めてですね」


平然と嘘を並べているが、まぁ「学外で関わりがある」なんて思われる訳にもいかないからだろう。あくまで利害関係があるだけだしな。


「宵宮もここ使うのか」


「えぇ。近所にはここしか無いので。おふたりは……ふふっ、仲睦まじいですね」


からかってるように聞こえる。宵宮に限ってそれが有り得るのかとは思うが。少なくとも、ここ数日で知った宵宮憐は人を馬鹿にするとかそういったことをする人間ではない。いや人間ではなく吸血鬼だが。

宵宮の買い物カゴの中には野菜に調味料に豆腐に……そしてトマトジュース。……トマトジュース!?


「ぶはっ!」


思わず吹き出してしまう。いや……トマトジュース。まぁ、定番ではあるけどな?

ただ宵宮は落ち着いた雰囲気を崩さない。


「なぜ笑うのですか?」


「いや……その……くくっ、ちょっと待ってくれ」


何か知らんがいつの間に楓がいなくなってる。ただ今回に限っては都合がいい。傍から見れば人の買い物カゴの中身を見て急に吹き出す異常者だ。

しかし……トマトジュースって。吸血鬼にトマトジュースは最早お決まりの組み合わせなのかもしれないが、いざこうして目にすると無性に笑える。


「……よく分かりませんが、好きなんです。昔から。なので笑われるようなものではありませんよ?」


と、物腰柔らかく笑顔も崩さずに語るが、それでもその笑顔の裏に潜む感情。……主に殺意は隠せていない。普段の宵宮からは想像できないほどの強烈な殺意。……正直、昨日の2人とも殺す発言よりもよっぽど怖い。


「ふふっ、おかしな人です。それと……朝日奈さんがいませんが、探さなくて大丈夫ですか?」


「……なんか急にいなくなってたな」


「私も手伝いますよ」


「いや、別に1人で……」


「いえいえ。普段あまり関わりもないので、せっかくなので少しお話もしたいですし。……お話を」


「ア、ハイ」


何逃げようとしてるんだという威圧感。逃がす気もないという意思表示か。にっこりと笑いながら牙を見せてくる。その様子を注目してる人間なんて誰もいない。誰も宵宮が吸血鬼であることなんて気が付かない。


「さ、行きましょうか」


「……はい」

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