第6話 人見知りな幼馴染
「しかし驚いた。まさか宵宮がいるとは」
「私の方が驚きましたよ……まさかご近所さんだとは」
「近くにずっと吸血鬼がいたとはな」
「……も、もう少し小さな声でお願いします」
昨日の今日でこうしてスーパーで出会うとは思っていなかった。食材や調味料の買い出しをする吸血鬼……まぁ面白い。
また笑いそうにはなるが吸血鬼も日常に溶け込んでいるんだなと素直に感心する。
「料理とかするんだな」
「えぇ。私は一人暮らしですから。……神代君も料理をするのですか?」
「まぁそれなりに。人に振る舞えるもんじゃないけどな」
「ふふっ、家庭的な男性は素敵ですよ」
「宵宮はそういったのがタイプなのか」
「そうですね。それでいて人の買い物カゴを見て笑わない男性がタイプです」
「これが脈ナシってやつか」
「実際に脈を無くしてもいいんですよ?」
「俺と言ってる意味が違う気がする」
まぁ別に宵宮に好かれたいとも思わないが。自分が好かれるレベルなのかどうかは悲しくなるので語らないとして……やっぱこの話はここでやめておこう。
「あ、いましたよ。朝日奈さん」
「お、楓。お前急にいなくなるなよ」
急にいなくなったと思えば楓は菓子売り場でお菓子を眺めていた。子供かと思ってしまうが来ると買いたくなるのは俺も一緒。
「あ、えっと……ご、ごめんね?ナギも……宵宮、さんも」
「あ……なるほど。そういうことか」
楓は人見知りだ。初対面の人間とはまずまともに喋れない。昔はそうでもなかった気がするが、いつの間にか友人も少なくなってしまった。
「大丈夫か?」
「うぅ……目の前に宵宮さんがいる!って……宵宮さんと話せる!って考えたら急にめちゃくちゃ緊張しちゃって……」
「話しかけてみよう!って提案したのお前だけどな?」
「いけるかなって……」
「結果こうじゃねえか。宵宮も困るだろそれ」
逃げてしまっては永遠に人見知りは改善しないだろう。いつまでも一緒にいられるわけでもないのだから多少は改善しないと困るのは楓本人だ。
「ご、ごめんね……?宵宮さん目の前にしてすっごく緊張しちゃって……」
「その……わ、私は一般人ですから。緊張することなんてありませんよ?」
一般人か。ここまで日常に溶け込んでると本当に聞こえてくる。普通に学生やってる姿を同じクラスになってから見てきてるが、確かに普通なら吸血鬼だなんて知りえないことだろう。
「……クラスメイトですし、ぜひ仲良くしてください。それに……ふふっ」
「なんだよ」
「いいえ、なんでも。ただ、こうしてクラスメイトと学外で会うのも楽しいな……と」
まぁ根本的に種族が違うのだから、そのへんの苦労はあるのだろう。今日なんかは6月だというのに真夏日であり半袖で過ごしたい日なのだが宵宮は長袖。しっかり太陽光から肌を守っている。……つかあれだな。日光の下で平気な顔してる吸血鬼ってなんか不思議だ。
「ナギ、見すぎだよ?」
「いや、暑くないのかなと」
ま、人間やその他の動物も太古の昔から進化に進化を重ねてきたのだから吸血鬼もそうなんだろう。別に不思議なことじゃない。
日光の下で生きるなとか血以外を摂取するなとかは勝手なイメージを押し付けてるだけ過ぎない。
「あの……朝日奈さん、神代君」
「んー?」
「その、ナギ……というのは、神代君の渾名なのでしょうか」
「え、あぁ。楓しか言ってないけどな」
いつから呼ばれてたっけか。結構長い間その呼び方をされてるのは覚えているが……まぁ、その長い期間があっても楓しか使わない渾名なんだが。そもそも渾名で呼ばれるほど親しい奴も楓しかいない。
「ふふっ、私は昔から渾名なんて付けられたことないので少し羨ましいです」
「え、宵宮さん友達めちゃくちゃ多いのに?」
「渾名で呼び合うほど親しい友人はいませんよ。私も人付き合いは得意な方ではないので」
まぁ確かに宵宮はそれなりに友人に囲まれてはいるが休日に宵宮と遊んだという話はあまり聞かない。どこか1歩引いたような場所にいる気がするのは分かる。
……宵宮が言っていた、自分が吸血鬼ということを明かして、その後も自分から離れないでいてくれた友人はいないと言うのと通じるのかもしれない。
この人なら信頼出来る。この人なら受け入れてくれるかもしれない。ただ現実は残酷で……それなら最初から深く関わる必要なんてないと考えているのかもしれない。
「……まぁ、関わり方も人それぞれだろ」
ただ、そこで「楓と仲良くして欲しい」とか「深く関わる奴ならここにいる」とか、そんな言葉をかける気はない。そこに足を踏み入れてしまえば関わりを持たざるを得なくなる。
あくまで契約は契約。学内で関わる必要はない。宵宮本人の気持ちは分からないが。
深く関わってもどうせ俺や楓は先に死ぬ。人間は短命だ。誰かを失う怖さなんて知らなくていいなら知りたくないもんだ。
「偉そうなこと言える立場じゃないけどな」
「そうだよ。ナギ、友達いないんだから」
「うっせ。お前もだろうが」
「……ふふっ」
宵宮が笑う。どんなことを考えたのだろうか。それは分からない。オカルト系の本を何冊読んでも、それが怪しい超能力の本でも、何を読んでも人の思考を読む能力なんて身につかなかったので分からない。だから、今宵宮が何を考えて笑ったのかは分からない。ただ……
「ま、そうやって笑ってる方が関わりやすいかもな。……と、悪い。だいぶ付き合わせた」
その笑顔が嘘でも何でも、とても楽しそうに見えたのは幻覚じゃないだろう。
「えぇ。では私はここで。……また学校で」
「えへへ……また学校で」
♦♦♦♦♦♦
スーパーでの買い物を終えて家へと帰る。家までは10分ほどで色々入った重いエコバッグを持つと少し遠く感じる程ではある。
時刻は16時。まだ夕飯には少し早いので家で適当にゲームでもしようと楓を誘ったらOKとのことで、それも少し楽しみにしているが……楓はそれ以上に楽しそうに歩いている。
「随分気分良さそうだな。楓」
「ナギ以外としっかり話せたからね!」
「しっかり……?」
「話せてるの!めちゃくちゃ緊張したけど……」
「何とかその人見知り癖は治さないとなぁ」
短期間で治るなら苦労はしてないんだろうが。ただ昔はそれなりに友人もいたのだから出来ないってことは無いはずで……それでも、楓が1番幸せな選択をして欲しいとも思う。
えへへっと笑って楓が前に立つ。夕焼けで顔が見えずらい……なんてこともない季節で楓の顔がよく見える。
こんな無邪気に笑えるなら、この笑顔を色々な人が見てくれるなら……と考えてしまうが、まぁ今は幼馴染の特権ということにしておきたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます