第4話 契約

『ごめん!芸術鑑賞会のバス座席決めろって言われてたの忘れてたから各自決めたら私に連絡して!』


なんてメッセージを見てすぐにスマホを放り投げた。なぜそんな大事なことを忘れるんだと言いたいが……グループでそんなことを言う勇気は俺にない。


2週間後に控えた芸術鑑賞会。てっきり各自で現地に向かうと思っていたがバスが用意されるらしい。こういうのをありがた迷惑というのだろうか。

スマホからは通知音が鳴り響いており少し覗くと陽キャグループのメッセージが増えていたので再びスマホを閉じた。後半ほぼ関係無かったけど大丈夫か?


バス座席ねえ……ま、楓と隣でいいだろ。向こうも大して友達いないし。なんて余裕ぶっこいて誰かに先を越されたらNTRによって脳を破壊されてしまうのでさっさと連絡を入れておく……と、その瞬間にスマホが震えて鳴り響く着信音。ビビるから本当にやめて欲しいところだ。


「楓」


『あ、ナギ?私と隣でいいよね?』


「今言おうとしてたところ」


『おっけー!じゃあ連絡……する気ある?』


「なぜ俺」


『だって友達登録してないんだもん!急に登録して報告したら相手視点めっちゃ怖いじゃん!』


「お前本名で登録してるし大丈夫だって!だから頼む!楓!お前だけが頼りなんだ!」


『あああああああ!!!!もう!!!!私がそういう言葉に弱いの分かって言ってるよね!?』


「いやそれは知らんが」


『は?』


一瞬険悪な雰囲気になりつつも、その後もあれこれ色々喋ってる内に通話時間が1時間に迫ってきていた。楓と喋っていると本当に時間を忘れそうになる。


「で、連絡はしたのか?」


『したよ!普通に了解って返ってきた!良い人だね』


あまりにもチョロすぎる。時間は既に22時を回っており多少眠気も襲ってくる。明日は休日だと言うのに眠気が来てしまうのは勿体ないが……まぁ、それは仕方ない。昼夜逆転生活は長期休暇だけで十分だ。


「寝るわ」


『えー!もうちょっと話そうよ。まだ10時半だよ?』


「健康優良児なんだよ。俺は」


『この前まで3日間寝てた人がなんか言ってるけどさ』


「いや、あれは……!」


血を吸われていたから……と言葉を続けそうになって止まる。誰が信じるんだとは思うが、それは誰にも言わないと決めたことだ。別に約束したわけじゃないが。

あれから宵宮とは関わっていない。当然だろう。特別な何かはあったが、それは一時的なもの。俺から積極的に関わる理由も宵宮から関わる理由もない。

顔見知りの他人。いや、顔見知りですらない。精々ただのクラスメイトだ。お互いに無害な存在であればそれでいい。


『……?あれは?』


「……まぁ、そういうこともあったから早く寝た方がいいってことだ」


『うわ絶対なんか誤魔化したよこいつ』


「いいから。楓も早く寝ろよ」


『……寝落ち通話、しよ?』


その声に、言葉に一瞬ドキッとする。それで言葉を詰まらせて両者の間には少しだけ微妙な雰囲気が流れて……楓って可愛いんだよな。にも関わらず今まで誰かと付き合ったところは見たことがない。こうして10年以上の付き合いになる。

別に楓に対して何も思ってないわけじゃない。ただ幼馴染以上の感情を持てるか?と問われれば疑問符がつく。時折、自分の中で楓に対する感情が分からなくなる時が来るのだ。


『ナ……ギ……』


「楓……ん?あれ?楓?」


『ん〜……』


……これ寝てない?自然と寝落ち通話になってない?これ。え、さっきまで元気だったのはなんだったの。寝落ち通話って言うけど俺の部屋も多分あいつの部屋も明るいままだよ?


「……仕方ない。楓、切るからな」


『ん……』


後でしっかり湊さんに連絡しとこう。……と、通話を切ってスマホを閉じようとしたところで見慣れないアイコンが表示されているのを発見する。


「ん……?誰か追加されてんな。えーっと……」


『宵宮 憐』


もう関わることはないだろうと思っていた1人の少女の連絡先が登録されていた。


♦♦♦♦♦♦


「……6月とはいえこの時間は寒い」


「すみません。それで……その」


「あー、はいはい。分かってるよ。にしても急だな」


呼び出されたかと思えば、あまり思い出したくない公園に俺はいた。相変わらず馬鹿だと思う。断っとけば関わりなんてなかったと言うのに。

見慣れないアイコンと名前。それに気付いてトーク画面を開くと一通だけメッセージが書いてあった。内容は……『血を分けてくれませんか?』と、ただそれだけだった。


「今までどうやって生きてきたんだ」


「それは……えっと、言えません」


「そうか。まあ何でもいいけど」


「……神代くんは私に全く興味が無いんですね」


「んー?まぁ、無いな」


それだけ聞いて宵宮は腕に噛みつく。牙が刺さって血が吸われていく。この感覚はまだ慣れないし痛みは感じる。いや、慣れることなんてないんだろうが。

そのまま10秒、20秒と吸われ続けて……宵宮が口を離す。丁度吸うために空けた穴の周りに残った血と……宵宮の唾液をハンカチで拭き取って立ち上がった。……見るんじゃなかった。


「不思議です」


「何が」


「だって……男性は、少なくとも私と関わったことのある男性は……そのような感情がありましたよ?」


「そうか。俺はあんま関わりたくないけどな」


「……そうなんですか」


クラスの人気者とはまた違うかもしれないが……まぁ、言うなれば女神のような存在だろうか。「クラスで可愛い女子」となれば真っ先に名前が上がるのは教室で過ごしてれば自然と聞こえてくる。

だからこそ関わりたくない。だが、俺はここに来てしまった。早く帰るべきなんだろう。だってもう用は済んだのだから。

だって……俺はこの後、宵宮憐がなんと言うかの予想がついてしまっているのだから。関わりを断つ最後のチャンスを逃してはいけないと理解しているはずで……


「じゃ、また学校でな」


「ま、待ってください!」


そんな声が聞こえて……それを無視しようとしたところで、腕を握られる。……当然、そんなことをする人間は、吸血鬼は、この場に一人しかいないわけで。


「……これからも血を分けてくれませんか?」


「……なぁ。なんで俺なんだ?あの時は近くに俺がいたからだろ?生徒会室のは俺が気付いたから。じゃあ今は?聞かせてくれよ、宵宮」


振り返ることなく言葉だけを浴びせる。突き放すような言い方をすれば、もしかしたら諦めるかもしれない……と。ただ同時に宵宮はそうではないと分かっている。


「……私が吸血鬼と知って、その後も私と関わった人は誰一人いませんよ」


「なら俺もその1人だろ」


「でも神代君は血を分けてくれました」


「死にそうな奴目の前にしてほっとけるか」


「目の前の人間が、吸血鬼が、良い人とは限りません」


「なら……宵宮は俺を殺すのか?」


そんな質問に宵宮は言葉を詰まらせる。「はい、そうです」なんて言えるわけがない。言えば確実に俺は逃げ出す。永久に血を吸う機会を失ってしまうのを理解しているはずだ。


「……そう、ですね」


ただ、宵宮は


「殺せますよ」


そう冷たく言い放った。


「……へぇ」


「だって神代君。友人は少ないですよね?」


「……まぁ、楓くらいだな」


「楓……あぁ、朝日奈さんですか。なら彼女も殺します」


「……おい」


「殺せるか?という質問に対する回答ですよ。人間では私には勝てません。絶対に。不可能です」


その言葉に、宵宮の冷たい表情に背筋がゾクリと凍る。冗談とか脅しとか、そういったものじゃない。……その時が来るなら本気で殺ると。そういった感情を確かに感じたからだ。


「……なら、尚更関わりたくないな」


「……今の言葉を聞いても、ですか?」


「あぁ」


逃げれば殺されるかもしれない……といった思考が頭をよぎる。ただ一方で宵宮がこの場で俺を殺すことはないとも踏んでいる。というか殺せないだろう。リスクが大きすぎる。


「……血を分けてください」


「断る」


「……何でもしていいですよ。例えば……体とか」


「……は?」


そう言うと宵宮は握ったままの俺の手を自身の胸に触れさせる。柔らかい感触を手に感じるが、宵宮はふふっと笑って何事も無いようにその仕草を続けるだけだ。


「……嫌じゃないのかよ」


「嫌ですよ?正直、想像したら吐きそうです。でも仕方ないですよ。私は血を吸わないと生きれません。そのためなら……なんだってします」


「……とりあえず離してくれ」


相当嫌だったのか、その言葉を聞いて宵宮はすぐに手を離す。感触がまだ手の中に残っていて……それをなるべく意識しないようにする。

ふぅ……とひとつ深呼吸。落ち着かないとマトモに話せる気がしない。


「宵宮」


「はい」


「さっきのことは……以前からやってるのか」


「……ふふっ、さぁ?どうでしょうか。でも……そうですね。神代君の反応を見る限りは、それなりに有効そうです」


「だろうな。危うく求めるとこだった」


「いいですよ。神代君、嫌な人ではないですから」


「本心か?それ」


「どうでしょうね」


……恐らく、俺が今この場で宵宮を求めれば、宵宮はそれに応じるだろう。事情を知っていて、いつでも殺せて、自分に対して余計な感情を抱いてない人間だからだ。対する俺は……今この場でもやはり宵宮への興味は皆無で、出来ることなら関わりたくない。

……が、今のが有効だと分かってしまった。その場合、宵宮はどうするか。……想像したくないが、想像が出来てしまう。あぁ、なるほどな。


「脅迫されてるのか。俺は」


「……そ、そういう意図は無いのですが?」


「そこは嘘でも『そうですね』って言っとくのが正解だろ。ま、優等生だし分からんか」


「……馬鹿にしてませんか?」


「してない。むしろ褒めてる」


その手法を今後も使うという考えは今のところ無さそうだ。少し安心した。もし、俺がそれでも宵宮を拒んで……誰かに同じ手法を取った時は罪悪感に押し潰されるかもしれない。


「……分かった。血を分けるよ」


「ほ、本当ですか!?」


「あぁ。ただ条件がある」


「条件……体ですか?」


「そこから離れて?」


一旦公園に戻ってベンチに座る。時計は……暗くて確認できない。ただ何となく日を跨いでる感覚はあった。1時間ほど前には寝ようとしていたのにな。帰ったらすぐに寝よう。


「血は分ける。そのかわり……俺と楓を守ってくれ」


「守る?」


「あぁ。多分、宵宮以外にも吸血鬼はいるんだろ?で、そいつらが宵宮みたいに話が通じる奴かは分からない。だから守ってくれ」


平穏に暮らしたい。なんて願いは簡単に叶うものじゃない。無論、宵宮が守ってくれるなら平穏に過ごせる……なんてわけでもない。吸血鬼なんて未だに信じきれないが……目の前にいるのだから信じるしかない。


「分かりました。ですが、朝日奈さんもですか?」


「あぁ。幼馴染なんだよ。楓は。……大事な存在。絶対に失いたくないから」


「……ふふっ、惚気話ですか?」


「違うが!?」


「慌てすぎですよ。……分かりました。では契約です。『神代渚は宵宮憐に血を捧げる。宵宮憐は、神代渚と……朝日奈楓を守る』ですね?」


「ん。それでいい」


「分かりました。……神代君」


「ん?」


「ありがとうございます」


関わりたくない。その感情は今でも変わらない。ただ俺は今……人間吸血鬼宵宮憐はここに、契約を結ぶ。

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