第3話 吸血鬼

管理棟2階には職員室やら生徒指導室、各科目の準備室があるが、いずれも昼休みに人の出入りは少ない。生徒会室も同様であり俺と宵宮という奇妙な2人組が見られることはなかった。


「鍵、開けますから少し待ってくださいね」


「ん」


そのまま鍵を開けて生徒会室へ。鍵は閉まっていたが誰もいないかを念入りに確認する宵宮。

その様子を見守っていると視線に気づいたのか、ふふっと宵宮が笑う。


「鍵、閉めてくださいね」


「分かった」


「……さて、聞きたいことがあると言っていましたが?」


「ああ、そうだな。3日前のことだ」


俺が何者かに襲われ……いや、何者かじゃないな。他でもない宵宮憐に襲われた日のことだ。まさか覚えてないわけじゃないだろう。


「……そのことでしたら私も聞きたいことがあります。先に聞いても大丈夫ですか?」


「ああ」


「……あの日、神代君は私を見たのですか?」


「ああ見たな。とは言っても顔を見たわけじゃない。ただその瞳は宵宮、お前以外に見たことがない」


見ていると吸い込まれそうになるほど綺麗な真紅の瞳を真っ直ぐこちらに向けてくる。あの日見た目とそっくりだ。そう……ですかと小さく呟いて俯く。

普段の宵宮では見れない姿だ。新鮮な気持ちにはなるが……まぁ、さっさと終わらせよう。


「じゃ、この話は終わりだ。悪いな、昼休みに……」


「あの!か、神代くん……」


「ん?」


生徒会室を去ろうとしたところに声をかけられる。なんだと後ろを向くとそこには……異形の羽を生やし、真紅の瞳を光らせる宵宮が……吸血鬼がそこにはいた。


「……もうひとつ、気になることがあるんだ」


「はい?」


「なんで俺だったんだ?別に誰でもいいはずだろ?」


その辺の事情は知らないし宵宮にも好みはあるだろう。ただそれまで関わりのない俺を宵宮が選んだのは気にかかる。それに、少なくとも宵宮はクラスメイトとして俺のことを認識していた。なら尚更理由が分からない。普通もっとバレることのない奴を選ぶはずだ。


「……私が、神代くんを選んだ理由、ですか?」


「あぁ」


「……それは、ですね」


赤い瞳は光らせたまま宵宮はゆっくり語る……と思いきや、その場にバタリと倒れ込んだ。


「よ、宵宮!?」


「お腹が減ってたので……ふふっ、今もそれは同じです。あぁ……もう3日も血を吸えてないです」


「え?あ、え?それだけ?」


「それだけですよ……まぁ、清潔感の無い方は嫌ですが」


先程までの姿は何だったんだと言いたいほどにぐったりと、それでいて半ば投げやりに宵宮は語る。……あぁ、なるほど。俺が宵宮と関わりたくなかった理由が何となく分かってしまった。


「その……神代くん。私を哀れだと思ったら血を吸わせてくれませんか?」


「吸血鬼に『血を吸わせてくれ』と頼まれるとは思ってなかった」


まぁ、そういう点じゃ吸血鬼って存在自体が未だに信じられないが。心霊やUMAが好きでも実際にいるなんて誰も思わない。ましてやその信じられない存在が弱りきってるとか本当に生きててこんな経験するとは思ってなかった。


「……あの、さ。いや別に血くらいは良いんだけども」


「ほ、本当ですか!?」


「その、なんだ。吸血鬼に血を吸われると俺も吸血鬼になるとかあるのか?」


漫画とかじゃよく見るやつだ。別に血は吸ってもらって構わんがそれが怖い。俺はあくまでオカルト系が好きなだけで、それになりたいとは思わない。


「なりたいなら」


「遠慮しとく」


不老不死とか考えたくない……が、それもこれも言ってしまえば噂にすぎない。今この瞬間でも尚、吸血鬼なんて存在を完全に信じられないくらいだ。


「では、いただきますね?」


「この前みたいに3日も寝込む量はやめてくれよ?」


「あ、あれはあまりにお腹が減ってたので……こ、今回は大丈夫……な、はずです」


「おい不安すぎるんだが。やっぱやめとくか」


「……………………」


「そんな目で見ないでくれ」


上目遣いでうるうるとした瞳を向けて……なんて、あまりにあざといと言うのに惹かれるものがある。……まぁ、これっきりだが。

宵宮のこういった姿は見られるものじゃないと思ってたし高校生活が終われば自然と終わるだろう。だったら変な感情が芽生える前に離れておきたいのが本音で……いや、これ以上はいいか。


「腕、失礼しますね」


「……ん」


そう答えると宵宮は腕に噛みつく。そのまま……牙だろうか?腕に刺さった時は痛みを感じた。ああ、これもあの時感じたのと同じだ。

美少女が腕に噛みつく。まぁ……なんと言うか。この光景を誰かに見られたら大変なことになるだろうな。だから普段は誰も来ない生徒会室を選んだのだろうが。


「……………………」


頭を撫で回したくなる。それと同時に宵宮の頭に自然と手が伸びていたのが見えて自分でも驚いた。……なるほど。これが観賞用じゃない「可愛い」というやつなのだろうか。


「……ごちそうさまでした。神代君。健康的な食事をしているんですね。以前も思いましたが、ここまで美味しいのは初めてかもしれません」


「どんな医者よりも信頼できる言葉だな、それ」


「えぇ。今後は満足できるか不安になります」


「ま、そこら辺は頑張ってくれ。じゃあ俺は先に戻る」


「……はい」


そのまま言葉を交わすことなく生徒会室を出る。ふと先程まで宵宮に噛まれていた箇所を見ると傷は最初から無かったかのように塞がっていた。

何かしら傷を治す力でもあるんだろうか……と感じつつ本当に抜かりないなとも思う。口止めをされなかったのは……まぁ証拠さえ無くせば宵宮が有利だからだろう。本当に抜かりない。


吸血鬼も色々大変なんだなと感じつつ、それは俺に関係の無いこと。なら俺が宵宮に血を分けてもいいと思ったのは……なんで考えて、それをすぐにやめた。

そんなことを考えても、きっと答えなんて出てこないだろう、と。

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