第2話 優等生
目覚めるといつものベッドで寝ていた。なるほど。つまりこれは夢オチということだろうか。
うん、常識的に考えて人間に羽が生えてるわけない。急に意識を失ったのも夢から覚めて現実世界に戻ってきたからだろう。
体を起こすと頭がクラっとする。あの夢は何だったのだろうか。その夢の中の少女の顔を思い浮かべる。いや最後まで顔は見えなかったが……それでも1人、思い浮かぶ人物がいる。
「宵宮……だよな?あれ」
「いや、ないよなぁ……さすがに」
これ以上考えても無駄なので朝食にしよう。リビングに向かうべくスマホを充電器から引き抜く。その際、表示されたスマホの画面に目をやると大量の通知が来ていた。その中にはメッセージだけでなく不在着信も含まれていた。
そしてそれは深夜帯の時間だけではない。間違いなく俺が起きていた時間……何なら、楓と共に夕飯を食べていた時間帯に……その楓からの通知が大量に来ていたのだ。
さすがに何かがおかしい。昨日は……6月13日のはずだ。スマホに表示された日時を見る。そして、愕然とした。
「17日……!?」
もう何が何だか分からなくなる。とりあえず飯を食って落ち着こう……これが正しいなら3日も寝てたのに今日も学校ってことになる。もう1日寝てろよ俺。
「おはよ」
「あっ……ナギ?」
「ん?おう」
いつものように家に上がり込んでる楓を見て、とりあえず現実世界なのを理解する。いや、もう何かあれが夢じゃない気もしているのだが。
「楓、今日の日付って……」
「ナギ!」
「うおっ!?」
楓は勢い良く突っ込んできて、そのまま腕を背中に回して抱き着いてきた。あまりの事態に頭が働かないが……なんというか、こういう状況でも女子に抱き着かれるのは……うん、悪くない。
「やっと起きた……ナギ、3日も寝てたんだからね?ずーっと苦しそうで……このまま死んじゃうのかと」
「……あ、やっぱ3日間も寝てたのね?」
「うん……学校から帰ってナギのとこ来てもずーっと寝てるし。連絡しても何も反応無いし」
ついに楓は抱き着いたまま泣き始めてしまった。それで自分の状況が笑い事じゃないことに気付く。なんだかんだ長い間、一緒にいる。そんな相手が3日もずっと起きなかったら……まぁ、こういう反応になるのも当然なのかもしれない。
「……まぁ、その、なんだ。心配かけた」
「うん……」
「でも大丈夫だ。今は割と元気」
「……ほんと?」
「本当」
疲労感だとか、そういうのは一切ない。むしろ長く寝てたからか元気なくらいだ。
俺が寝ている間、うなされてたと言うが……あれが、夢じゃないとするならば、何に俺はうなされていたのだろう。
♦♦♦♦♦♦
通学路を2人で歩く。喧嘩だとかをしない限りは2人で学校へと向かっていたが、この3日間は楓は1人で登下校をしていたということになる。
「ナギがいると落ち着くなぁ。日常って感じがする」
「まぁ関係も長いしな」
お隣さんで両親同士も仲が良い。所謂幼馴染なわけだ。腐れ縁とも言えるかもしれない。当たり前のように一緒に過ごす内に高校2年生になった。
成長していく中で変わっていくものは多々あるが距離感だとかは変わってない。お互い大して友人もつくらずに学生生活を送っているからだろう。
奇妙なことに同じクラスがずっと続いていたので、その必要性が無かったのもある。
「楓、後でノート見せてくれ」
「えぇ〜?どうしようかな〜」
「昨日……じゃなかったな。言ったろ。一緒に頑張ろうって」
「あはは!ちゃんと見せたげるから安心してよ。やっぱりナギは私がいないとダメダメさんだね!」
「状況が状況だから否定できない」
そのまま他愛のない……本当に生産性のない会話を続けて学校へ。靴を履き替えてから下駄箱を怪しまれない程度に見る。
……うん、来てるな。さすがは優等生。休んだところは見たことがないし体調不良に陥ってるところも見たことがない。
体調管理の秘訣でも聞きたいところだが……いや、それ以上に聞きたいことがある。
「ナギー?行こ?」
「……おう」
♦♦♦♦♦♦
教室は少し騒がしい。いつものことだ。それに関して特に何も思わないし楽しそうな雰囲気は見てるだけでも楽しいもんがある。
ただそのグループからは少し外れた窓際の席。宵宮憐の横顔は今日も綺麗だと言える。これもいつも通りのことだろう。
……読書の邪魔をするのも、それに誰もがお近付きになりたいと考えている宵宮に話しかけるのは目立つ行為だろう。普段なら絶対避けている。
「宵宮」
話しかけると読んでいた本を閉じて宵宮が俺を見る。話しかけられると思っていなかったのか、一瞬驚いたような表情を見せた。
ただそれも本当に一瞬。いつも見せているような笑顔で宵宮は口を開く。
「……おはようございます。神代くん。体調はもう平気なのですか?」
あぁ、名前は覚えられていたんだな。まあ苗字だけかもしれんが。別にいい。宵宮に下の名前が呼ばれる日が来るなんて思わない。
視線を集めているのが分かる。そのほとんどは宵宮に向けられているだろう。その視界に映り込む陰気な男がいれば「誰だあいつは……」という感情も湧くものか。
物腰柔らかい口調。そして笑顔。ただ警戒心は相当なもので何となくそれは伝わってくる。こういった感情を隠すのは案外下手なのだろうか。
「聞きたいことがあるんだ。今時間あるか?」
「今……ですか?それは少し……」
「……いつなら空いてる」
そう聞くと宵宮は少し考えるような素振りを見せる。警戒心を緩めるような雰囲気は見せずに10秒ほどその仕草を続けて口を開いた。
「では……昼休みでよろしいでしょうか。生徒会室でしたら落ち着いて話が出来るかと」
「あぁ、それでいい」
「分かりました。では時間を空けておきますね」
♦♦♦♦♦♦
「いやぁ……驚いた。ナギ、宵宮さんと関わりあったっけ?」
HRも終わって授業の準備をする中で楓が席へとやって来る。自然と会話の内容は宵宮についての……先程の行動の話になる。
「いや、無いな」
「じゃあどうして」
「……まぁ、何と言うか。俺の中の疑問を晴らしたいだけだ。別に宵宮とどうなろうとか考えちゃいない。届く位置にいないだろ」
教室内で少し会話をしただけであの注目具合。もう少しタイミングは考えるべきだったのかもしれないが……何かそれも含めて宵宮は計算していたのかもしれない。
だからあそこまで堂々としていられたのか……いや、それもいつものことだろう。俺が勝手に思考を巡らせているだけで事実はもっと単純なことなのかもしれないな。……まぁ、それはいい。
「本当にただ確認したいことがあるだけだ。ただまぁ……人に聞かせるような内容じゃないから場所と時間を作ってもらった。本当にそれだけ」
「ふーん……じゃあ聞かない方がいい?内容」
「ま、そうしてくれるとありがたい。別に隠すことでもない気がするけど……ま、一応な」
「ん、分かった。しかしナギと宵宮さんかぁ……あははっ、似合わないなぁ」
「悪かったな」
自分がそれを1番理解している。そもそも余程のことがない限り関わりたくない。宵宮に嫌悪感があるとかじゃないが……いや確実に面倒なことになる。
「ごめんごめん。でも怖いねあの雰囲気。ナギが宵宮さんと話しただけで少し静かになっちゃってさ。なに?男子ってみんな宵宮さんのこと好きなのかな」
「いやそこの事情は知らんが……まぁ、お近付きになりたいとは思ってるんじゃないか?アイドルにガチ恋する奴みたいな」
「なんかとんでもない悪口言ってない?」
「そういうつもりはないけどな」
疲れそうだけどな。宵宮が悪いわけじゃないが常に人の目に晒される中で付き合っていくとか考えたくない。そう考えると楓といるのは落ち着く。
「……でもなんか失礼なことは考えてるでしょ」
「……さあ、どうだろうな?」
そんなこんな会話を繰り広げていくとチャイムが鳴る。先生はまだ来てはいないが授業が始まる。とりあえず休んだ分授業には遅れているのでしっかり聞き逃さないようにしなければ。
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