第19話 工藤 重吾



『雨川さん、雨川さん。至急、上官室へと来てください』


 賢人たちと一緒にご飯を食べていた俺はこの放送が流れた瞬間ここにいる全員の視線を一心に集めた。


 はぁ、嫌な予感しかしない。

 俺は無言でゆっくりと席を立ち、上官室からここに来るまでに通った道を再び戻っていった。


 その通路では慌ただしく動く自衛隊員と何人かすれ違った。

 明らかに俺にとっては良くないことが起きているのだろう。


 そのまま少し歩き上官室の前に到着した。


 入る前のドアのノックをしようと片手を動かす。

 しかし、俺はその行動をするかどうかで躊躇した。


 このドアを叩けば面倒なことに巻き込まれるのは必至だろう。


 今の俺であれば魔法で姿をくらまして逃げることなんて簡単にできてしまう。

 もちろん水魔法の超級魔法オプティカルカモフラージュで。


 さて、どうするべきなのか…………。


 逃げるにしても犯罪者みたいな逃亡生活は絶対に嫌だ。

 別に俺はやましいことをしたわけではないからな。

 

 北海道に逃げるにしても電波が通ってないから不便だし、サバイバル生活ってのもな…………。


 うーん、やはり早く東京に行ってこの1年6ヶ月で見れなかったアニメやラノベをゆっくりとたくさん見たい。

 そしてそろそろ家族が恋しい。

 俺だってまだ17の高校生なのだから。


 おし、決めたぞ。

 ここは下手に逃げずに自由に生活できるように頑張ってみるしかないか。


 俺は意を決してドアをノックした。


 トントン。


「失礼します」


「どうぞー」


 すると、そんな覇気のない返事が返ってきた。

 中に入ると笑顔の工藤さんが席に座っていた。


 俺は促されるままソファに腰を掛けると工藤さんが口を開けた。


「食事中に呼びたててしまってすまなかったね。すぐに君に伝えなければならないことができてしまってね」


「なんでしょうか?」


「結論から言おう、君に会いたいと言っている人がいるんだ」


 それって絶対に厄介な人か偉い人でしょう。


「嫌な予感しかしませんね。それで誰ですか?」


「ダンジョン対策機関の一番偉い人、長瀬次郎という人だよ」


 ダンジョン対策機関か……。


 デパートで賢人から聞いたことあるな。

 自衛隊の組織の一部として新たに設立された組織。

 中でもダンジョンや魔獣に対してのほとんどの権限が与えられている機関だったよな。


「俺の情報伝わるの早くないですか? まだここに到着して数時間も経ってないですよね」


「それはランキングに突然『Number1』の文字と『日本』の文字が出現したことと私たちがワイバーンに襲われて無事に生きて帰ってきたことを関連付けてすぐに判明したらしい。まだ君の名前までは判明していないだろうが私に「Number1と話したい」と直々に連絡があったんだ」


「そういうことですか」


 ふー、こんな世界になっても組織はしっかりと機能しているということなのか。

 それにしてもランキングも常に監視体制にあると踏んでいいだろう。

 でないと、情報が上の者に回るのが早すぎる気がする。


「そしてもう一つ」


「まだあるんですか?」


 俺は若干の呆れ具合を出して返事した。


「首相が君に会いたいそうだ」


 今なんて言った?


 首相?

 なぜそんなお偉いさんが出てくるんだよ、また展開が急だな。



 俺はその後も工藤さんと色々と話をした。


 そこで分かったのが、工藤さんが情報を伏せてくれたおかげで上の者にはあまり俺の情報は伝わっていないとのことだった。

 俺に会いたいと言っている2人は正確には「Number1」と会いたいと言っているだけだと言っていた。


 そして、2人とも俺を勧誘しようとするだろうということも教えてくれた。

 そこで工藤さんが一緒にそこに同行してくれるように計らってくれたらしい。


 工藤さんには感謝してもしきれなくなってしまったな。


 しかし、なぜ工藤さんは俺にそんなにも優しくしてくれるのかがわからない。

 まだ出会って数日の赤の他人だというのに。


 そこで、聞くのは少し失礼かとも思ったが聞いてみた。


「工藤さんはなぜそんなにも俺に対して良くしてくれるのですか? 正直、裏があるとしか思えないんですよ。一応、工藤さんも自衛隊の組織の人間なのに」


 俺はその時唾を飲んだ。

 それくらいの少しの間を置いてから工藤さんは話し始めてくれた。


「やはり引っかかるよね。ただ助け助けられた関係だけの私たちなのにここまで私が君のために手を尽くすのか」


「そうですね、俺としては物凄くありがたいことなので聞こうか迷ってはいたのですがやはり気にはなりますね」


「うん、色々と理由はあるんだよ。ただし、一番大きな理由は君を私の二の舞にさせたくはないからだよ」


「それは初めて会った時にも話していましたね。別に話しづらいことであれば話さなくて大丈夫ですよ」


「いや、君には聞いてもらいたいな。いいかな?」


「工藤さんがいいようであればお願いします」


 そうして、工藤さんの約1年前に起こった出来事を話してくれた。


 工藤さんはその時まではどこにでもいる普通のサラリーマンで妻と子供もいて3人で幸せに北海道の旭川で暮らしていたそうだ。

 本当にそこら辺によくいるごく普通の家族。


 しかし、それはダンジョンが出現したあの日から普通ではなくなってしまった。


 工藤さん家族は旭川の中でも中心部から離れた場所に住んでいた。


 そして、避難命令が発信され旭川の空港から本土へと非難するために家族で一緒に歩いて向かっていた。

 ここで車を使って移動しなかったのは渋滞が凄かったからのようだ。


 また自衛隊の基地に逃げるという選択もあったが基地よりも空港の方が許容人数が多く近かったためにその選択をしたということだった。


 しかし、それは突然現れた。

 巨大な2足歩行の牛型魔獣が渋滞している車を踏みつぶしながら向かってきたそうだ。


 工藤さん家族は3人で一心不乱にその場から走って逃げた。

 娘を抱きかかえて。


 しかし、その時は起こってしまった。


 妻が魔獣の起こした地割れによって隆起した道路に足を取られて転んでしまったのだ。


 工藤さんは前を向いて走っていたため妻が転んでしまったことに気付くのが遅くなってしまった。


 工藤さんは後ろからの魔獣の足音が止んだことに気付き後ろを振り向くとそこには先ほどの魔獣が妻を抱えて去っていく光景だった。


 その時勝ち目はなくとも魔獣に立ち向かおうとした工藤さんはふと娘の顔を見た。


 そこで娘と妻を工藤さんは天秤にかけた。


 娘を抱えたまま妻を抱えた魔獣に立ち向かうのか?


 それともこの状況で娘を知らない誰かに預けて工藤さんは妻を救いに行くのか?

 それだと娘の安否は保証できなくなてしまう。


 妻を見捨てるのか?


 そんなことを考えていると妻を連れ去った魔獣とは別の牛型魔獣が工藤さんたちに向かって走ってきた。


 それを見た瞬間に工藤さんは迷うことなく娘を連れて二人で空港へと走った。

 工藤さんは学生時代マラソン選手だったようで足には自信があった。


 しかし、それでも魔獣は工藤さんよりも足が速かった。


 工藤さんは仕方がなくなり娘を近くにいた青年に預けて殿をすることにした。

 自分の命よりも娘の命が重要だ、とその時は考えた。


 しかし、工藤さんは奇跡的にもその魔獣の斧を奪い倒すことに成功した。

 その時に運よく幻術のスクロールを入手し今の力を得たのだという。


 その後、空港に着いた工藤さんは無事娘と再会することができたが未だに妻がどこへ連れていかれて生きているのかさえ分からないという。


 その後、ステータスカードが導入されたことにより工藤さんが貴重な魔法を使えることが自衛隊に知られたという。

 そこで自衛隊に入るか、ダンジョン冒険者としてダンジョン攻略を目指すかの2択を実質強要されたという。


 そこで工藤さんが自衛隊を選んだ理由と言うのが、北海道の奪還作戦に同行できるのはある程度上位のランキングの者か自衛隊員のみだという理由だった。

 その時工藤さんはまだ上位の位を得てはいなかった。


 そう工藤さんはまだ妻の無事を諦めてはいなかったのだ。


 そして、もう一つダンジョン冒険者になると一回の遠征で数週間から数か月の日にち家を空けなければならない。

 まだ幼い娘のことを考えるとそんなに長くは遠征をしたくはない。


 そこで自衛隊が出した案では娘を近くの基地で預かることを提案してきたそうだ。


 これは工藤さんにとっては嬉しい提案だったため自衛隊に入団したという。


 しかし、現実は違った。


 北海道奪還作戦には参加できたもののすぐに撤退が決まり、工藤さんは北海道の唯一の基地で幻惑魔法を基地に対してかけ続けることを任務として任された。

 そして娘は一番近い安全な基地の青森の基地で暮らしていたそうだ。


 そう、結果的には娘とずっと一緒にもいられなくなり、妻の捜索もできない立ち位置になってしまったのだ。


 そこでダンジョン冒険者になろうと志願するもこの年齢になるとどこの組織も受け入れてくれなく結果的には自衛隊員にしかなることができなかったという。


 もちろん普通のサラリーマンをすれば娘と一緒には過ごせるが妻の捜索ができなくなってしまう。


 そしてそのままずるずると妻の捜索も娘との平穏も過ごすことができず今に至るというのだ。


 別に自衛隊は悪いところではないが自分のやるべきことが何もできずに工藤さんみたいな人生を俺に送ってほしくないということだった。


「ここまでが一番の理由だよ。そして今の話で気づいているかとも思うが私は妻を助けたい。しかし、今の私の力では当分助けに行くなんてこと無理だろう。そんなところで君とであったんだ。直感で思ったよ、君は強い、いずれ私の力になってくれるのではと」


 確かにそれは感づいてはいた。

 しかし、なぜ工藤さんのような優秀な人がそんな裏の目的を話すのだろう。

 普通の人間であれば裏の目的は話さずに隠すのが普通であろう。


「そういうことですか。でも、なぜそれを俺に? そういった裏の目的は普通当人には話さないのが普通ですよね?」


「そうだね。それが普通だ。しかし、君と少しの間だが過ごして君が大切な人のためなら自分を捨てることができる人間だと分かったんだ。例えば秋川君のようにね。だから私は君に惜しみなく協力させてもらうよ。これは私的な理由もあるが君のためという理由もあるんだ」


 俺の人間性や性格を見ての判断といったところか。


 まあ、確かに俺は一人でも青森に渡ることができた。

 しかし、賢人たちを連れて一緒に渡ることを決断した。

 そこを見られて判断されたのだろう。


「わかりました、正直俺一人じゃ首相とかのお偉いさん相手に口で勝てるとも思っていませんし工藤さんがいてくれるならとても助かります。もう一つ言うならば俺はもう工藤さんに十分な恩を感じていますのでそんな顔をしないでくださいよ」


 そう工藤さんはそんな切羽詰まっているような顔をしながら話をしていた。

 こんな工藤さんは見たことがないがこれが本当の工藤さんなのかもしれない。


「ありがとう、本当にありがとう」


 工藤さんは何度も何度も頭を下げた。


 俺が頭を上げるように言い、工藤さんが頭を上げるとその瞳には今にも流しそうなほどの雫が溜まっていた。


「正直、こんなに自分の狙いをストレートに言う大人はどうかとは思いましたが、こんなにも誠意を込めて俺に対して接してくれたのは工藤さんが初めてです。こんなにも素晴らしい人と出会えて俺も嬉しいですよ」


「ふふ、君も大概ストレートな物言いだけどね。君にそんなこと言われちゃ泣いている暇なんてないな」


 工藤さんはそう言って流れそうな涙を拭った。


 我慢強いと言うのだろうか。

 俺の前では泣かないようにと精一杯の我慢をしていた。


「それでは俺は工藤さんの奥さんを北海道で探せるように努力します。工藤さんは俺が取り込まれないように交渉の手伝いをお願いしますね?」


 俺はそう言って右手を前へと出した。

 工藤さんはそれをみるとすぐに俺の手を握った。


「もちろんだ。私のためでもあるんだ、精一杯努力させてもらうよ」


 そうして俺たちは歳の差はあるものの何とも言えない友情のようなものに巡り合ったのだ。


 その次の日俺は工藤さんとともにヘリコプターで賢人たちよりも一足先に東京へと向けて出発したのであった。

 賢人たちは後を追って車で東京へと向かうそうだ。


 しかし、ヘリコプターなんて乗ったことはないが確実に酔うのは必至だろうと少し落ち込んでいると工藤さんの計らいで船酔いの状態を治すことのできるスキル持ちの隊員が一緒に搭乗してくれた。


 そのおかげか人生で初めての快適な空の旅というものを実感したのだった。


 それにしてもなぜ超バランス感覚なんてスキルを所持しているのに乗り物酔いには効果がないのだろうか。


 本当にスキルや魔法の基準についてはまだわからないことが多すぎる。


 そんなことを考える暇があるほどに空の旅は素晴らしく、この隊員さんを嫁に欲しいとまで思ったほどだ。


 まあ、既婚の女性だったんだが。

 あと加えるならば結構年を取っているタイプの女性だ。


 まあそんなフェチは持ち合わせていないから考えただけなんだ。


 本当だ。


 そうしてヘリコプターに乗ること数時間で東京の自衛隊基地と思わしき場所の上空まで来ていた。


 やっと東京だ。


 俺は賢人たちよりも一足先に東京へと到着したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る