第20話 腹の探り合いってよく分からないよね

 


 ヘリコプターが基地内の着陸ポイントに降りていく。


 そうしてヘリコプターが着地すると揺れが収まり徐々にプロペラの音が小さくなり外の音が聞こえるようになっていく。


 一緒に搭乗していた工藤さんが扉を開けて俺はヘリコプターを降りた。


 乗り物で酔わないで気分爽快に降りられるなんてとても気持ちがよかった。


 そして、まだプロペラの強い風が吹いている中俺は深呼吸をした。

 酔わないといってもそれでも乗り物の中は少し息苦しかったからだ。


 これは苦手意識なのだろうか。

 大丈夫だと思ってもやはり少しは違和感が残る。


 すると、工藤さんが俺の肩を叩いた。

 俺は振り向き工藤さんに向いた。


「なんですか?」


 すると、工藤さんはある一点を指さして言った。


「あそこを見てごらん」


 俺はその言葉通りにその方向を見るとそこには自衛隊員と思わしき人たちが数人とスーツ姿のいかにも偉そうな威厳のある人が数人、そして車椅子の少女が一人いた。

 まだ位置が遠いため顔は確認できない。


 工藤さんがそちらの方に向かって歩き始めたため俺も後をついていった。


 すると、俺はその車椅子の少女と目が合ったような気がした。

 目を細めて確認すると、それは間違いなく俺の知っている人物だった。


 そう、俺の妹・雨川ひよりの姿だった。


 しかし、妹は別に病気や怪我を持病として持っているわけではなかったはずだ。

 むしろいつも庭を駆けまわってそうなほど元気な子だったはずだ。


 俺は工藤さんに一言告げて、走ってひよりの下に向かった。


「ひより、その車椅子どうした?」


 ひよりの車椅子と同じ目線までしゃがんで俺は尋ねた。

 正直、この時はかなり焦っていた。


 すると、ひよりは返事をすることもなく俺の首元に抱き着いてきた。


 俺は今までにないくらい驚いた。

 最初はそんな奇行に出たひよりを剥がそうとしたが剥がせなかった。


 ひよりが泣きながら何度も何度も俺の耳元で「ごめん」と呟くからだ。


 俺は何がなんだかわからなかった。


 いや、本当は気づいているのかもしれない。


 この場にひよりは居るが父さんと母さんの姿が一向に見当たらない。

 そして、車椅子姿で泣きじゃくるひより。


 俺は自分の思考をシャットダウンしたかった。

 しかし、それはしなかった。


 俺はそのままひよりの頭を撫でながら「大丈夫」と、そう言い続けた。


 俺の目は俺の意思に反して雫を貯めていく。

 しかし、俺まで泣くわけにはいかない。


 そう自分の中で言い続けて俺は涙を堪えた。


 すると、ひよりの息が乱れ始めた。

 泣きすぎて過呼吸になったようだ。


 俺はすぐにアイテムボックスからゴミを入れるようとして持っていたビニール袋を取り出してひよりの口元に当てた。


 少しするとひよりの過呼吸が収まったようで俺は袋をしまった。


「大丈夫か?」

「うん、ありがとうお兄ちゃん。それでね、それでね…………」


 ひよりは何かを言おうとしたがその次の言葉が出てこない、そんな様子だった。


「大丈夫、それ以上言わなくていい」

「うん」


 そうしてひよりは少し落ち着いた様子だったがなぜか俺の手を握ったまま離そうとしなかった。


 普段のひよりは肩までの癖っ毛を揺らしながら走り回るような元気な子だった。

 そして俺に対してはいつも素っ気なく兄としてではなくただのニートとして俺を足一つでこき使ってくるようなそんなやつだったはずだ。


 しかし、今は俺の手を絶対に放そうとしない。


 そんな微妙な空気を察したのか工藤さんが話し始めた。


「雨川君、彼女が君の妹さんで間違いないね?」


「はい、確かに性格は変わっているような気もしますが妹のひよりです」


 そう言うと、工藤さんがしゃがみひよりの足を見ながら言った。


「妹さんは避難中に魔獣に襲われてしまったみたいでね、その時に脊髄を痛めてしまって下半身が上手く動かなくなってしまったんだ」


「脊髄? 下半身が動かない?」


 俺は正直自分とは縁のないと思っていた言葉ばかりで困惑した。


「そうなんだ。通常、脊髄というのは損傷を受けると二度と再生しない」


「えってことは………ひよりはもう」


 俺はどう反応すればわからずひよりの顔を見ることができなかった。


「しかし、前例として軽度な損傷であれば回復系統の魔法で治すことができた例がある。その時はその回復魔法はまだレベルの低いものだった。もうここまで言ったら君ならわかるね?」


「そういうことですか、自分でこの場で治せということですね」


「うん、そういうことだよ。この場で」


 工藤さんは「この場で」という言葉を強調した。

 俺はその言葉を信じ、ひよりに向き直った。


「ひより、今から回復魔法を掛けるからそのままの体勢でいてくれな」

「うん、わかったよ」


 そうして俺は魔法を発動する。


『ウォーターヒーリング・ダブル』


 ウォータヒーリングの変化形、ダブルは単純に回復量が約2倍近くになるというものだ。

 電撃魔法にもエレクトリックヒールという回復魔法があるがあれはほとんど自分自身にしか効果の薄い魔法の為、今回は水魔法の回復魔法を使う。


 俺は両手の掌をひよりに向けてそれを起点として球状に回復魔法を発動した。

 ひよりはその球状の水の膜に包まれる。


 その水の膜の中では小さな水の魚が何匹も浮遊しており、そのほとんどが脊髄と思わしき場所に吸収されていく。


 これはダブルを使った時特有の現象だ。

 小さな水で造られた魚が損傷部分に向かって泳ぎ、そこに吸収されていく。


 非常に幻想的な光景ではあるが、この魔法は移動中には使用ができない。

 その場でしか発動ができないのだ。


 ただのウォーターヒーリングは移動中でも水の膜で覆うだけなので可能なのだが、変化したこの魔法は移動ができない代わりに回復量が倍近くになる。


 ひよりは最初心配で恐いといった顔をしていたが、今はその幻想的な魚を見たり突っついたりして楽しんでいる。


 いや、楽しむのは構わないがその魚を突っつかれると魔法の制御が結構難しいんだよ。

 いつもの元気なひよりではなく、先程までのしおらしいひよりでいてくれたらもっと楽なのに。


 少しすると水の魚がひよりには近づかなくなりそこら辺を浮遊するだけになった。

 俺はそれを確認すると魔法を解除した。


「これで終わりだ。どうだ立てるか?」


 俺はひよりの手を持ち支えを作る。


 すると、ひよりは自分の力ですぐに立つことができたようだ。


 俺は初めてこんなにも重傷な怪我を治すことができたことで安堵した。

 そんな俺をお構いなしにひよりがまたしても俺の首元にガッと抱き着いてきた。


「お兄ちゃん、ありがと! 私もう歩けないと思ってた…………」


 すると、またしてもぐずぐずと泣き出した。

 いや、お兄ちゃんとしては嬉しいがひよりのキャラクターブレすぎだろ。


 すると、ひよりの後ろにいたスーツ姿の男が口を開けた。


「えっなんでひよりさんはそんなすぐに歩くことができるんだ? 1年半近く歩いていないんだ、筋肉が衰えて歩けるはずはない。でも、なぜ…………」


「あなたは?」


 俺はその男がいきなり動揺し始めたのを見てその男に声をかけた。


「ああ、いきなり動揺してしまってすまない。私はひよりさんの主治医を務めていた天谷という医者だよ。それにしてもなぜ」


 この人がひよりの主治医だったのか。

 なんで白衣じゃなくてスーツなのだろうか。


「天谷さんですね。今までひよりの治療をしてくれてありがとうございました。一応、俺が脊髄だけではなく衰えた筋肉の修復もしておきました。このままだと歩けないと思いましてね。なんかまずかったですか?」


「いや、そんなまずいなんてことはないよ! むしろ凄すぎて驚いているんだよ。こんな高レベルの回復魔法を使える人なんて見たことない」


 え?

 今なんて?


 自衛隊の回復をする人たちって結構すごいと思ってたんだけどな。

 だって、乗り物酔いを治せる人だっているんだぜ?


 まあ、いいか。

 ひよりのためならば止む無しということだ。


 けど、今度から魔法やスキルを使うのは場所を考えてから使おうと決意しますね。


 すると、ひよりは治ったことがそんなに嬉しいのか、そこら辺を走り回り始めた。


 いや、久しぶりに会った兄を無視してまですることか。

 兄は寂しいよ。


「いやー、Number1ってのは回復まで凄いのか。これは驚かされましたな」


 すると、自衛隊の服を身にまとった筋肉の隆起が服越しでもわかるような大男が話し始めた。


「あなたは?」


「あー紹介が遅れてすまない。俺はこの場で名乗るような者じゃないよ、俺はこの左にいるダンジョン対策機関の局長・長瀬次郎の護衛だよ」


 すると、その紹介された長瀬さんが頭を下げた。


「私が局長の長瀬次郎だよ。君と会うことができて嬉しく思うよ」


 俺は一応頭を下げて挨拶しておいた。


「俺はこのひよりの兄の雨川蛍です」


「そうか、雨川蛍くんというのか。よろしく頼むよ」


 そう言って右手を差し出してきた。

 そこで工藤さんが俺の前に立ちはだかり言った。


「そういったことはあとで私も含めてお話をしましょう。それでは皆さん一度中に入ってから続きをそれぞれ話しましょうか」


 おっと、助かりました工藤さん。

 これは受け取っちゃならん奴だったのか。


 俺は言われた通りに工藤さんの後をついて基地内へと入っていった。


 しかし、ひよりはそこには入れないようで別室へと通されていた。


 そこは楕円型の円卓のような机がドンと中央に置かれており、如何にもお偉いさんが会議をしてそうな部屋だった。


 俺は工藤さんの隣に座った。

 その向かいには、左側から?、筋肉の人、長瀬さん、?、天谷さんと座っていった。

 先程までいた何人かはここには来なかった、


 ただのお出迎え要員だろうか。

 ご苦労様です。


「まずは皆さんの紹介からしましょうか」


 そう口を開いたのは右から2番目の謎の人だった。


「まず私の隣の方が先ほど紹介があった通り局長の長瀬次郎です。そして、その左隣が長瀬さんの護衛で上官の原田真司。その隣が九州の基地で特務官をしている安蘇純。そして私のとなりのこちらが先ほど紹介があった通りひよりさんの主治医をしてくださっていた天谷直樹さんです。そして、最後に私が副局長を務めている荒谷浩二という者です。以後、お見知りおきを」


 副局長の荒谷さんがスラスラと全員の紹介をしてくれた。

 上官が2名と局長、副局長、そして医者か。


 あっ工藤さんも含めると上官は3人か。


 ヘリコプター内で工藤さんに上官の位置づけを聞いた。


 まずダンジョン対策機関の一番偉いのが局長の長瀬さんだ。

 その次に副局長が来て、その下にそれぞれのダンジョンのある基地の近くに特務官と呼ばれるその地区の代表みたいな人がいる。

 その下に上官が来るということだ。


 まだ色々と階級はあったはずだが多すぎて覚えていられなかった。


 ということは、ここにはかなりのお偉いさんたちが集まっているようだ。


「では、こちらも。まず私は皆さんご存知の通り工藤重吾、北海道の函館支部で上官をしておりました。続いて、こちらが雨川蛍さんです。それでは、続きを副局長」


 工藤さんが簡単に俺を紹介し、副局長さんに話を振った。


「まず工藤君、君のその座る位置はどうなっているんだい? なぜそこに座っている」


「彼に付き添うことを希望されたからですよ。それよりも早く議題を」


 工藤さんは素っ気なく返事をした。

 この二人は仲でも悪いのだろうか。


「まあいい。それでは子供相手に前話もなんなので単刀直入に。雨川君、私たちの機関に入る気はないかい?」


 そう意気揚々と副局長が話を振ってきた。


「お断りします」


 俺はすかさず返事をした。

 それにしてもさっきからこの人の言い方含みがあるような言い方だな。


 まあ、いかにも小物って感じの雰囲気だから無視できるけど。


「それは正気かい、雨川君。この話を断るというならば…」


 その続きは聞かないとばかりに工藤さんが言葉を被せた。


「局長。副局長はこの場に相応しくない発言を多々しております。彼の今までの功績を知らないかのような発言。上官としてではなく彼の友として許せません。退出すべきかと発言いたします」


「工藤、お前何を!!」


 副局長は机を大きく叩き上半身を乗り出した。


「そうだな、副局長。彼への先ほどの発言は無視できない。退出してもらおう」


 局長がその怒りに割って入り、退出を促した。


 副局長は局長には逆らえないのか悶々として退出した。


 それにしてもなんだろう。

 あちら側は誰一人として慌てる素振りを見せない。



「はぁ、演技ってのも疲れるな」


 すると、その空気を断ち切るかのように筋肉男の上官・原田さんが溜息をついた。


 俺はつい声が漏れてしまった。


「えっ?」


 すると、工藤さんが隣で笑い出した。


「雨川君、すまなかったね。今までのすべて副局長以外のここにいるすべての人間による予定調和だったんだ」


「予定調和??」


 えっどういうこと。


 ちなみに言うと、その予定調和に俺も入っていなかったんですけど。


「ああ、彼・副局長は正確に言うとダンジョン対策機関の出の者ではないんだ。所謂、部外者ということだね。私たちも彼がここにいるのには納得していないが放出できるわけもなく、仕方がないのだよ」


「要するに今までのは副局長をこの場から追い出す演技だったということですね。俺が自制心を抑えきれずに殴っていたらどうしてたんですか?」


「それはないと断言できるよ。君は常に物事を考えている性格だからね。どうせあんな小物とか思ってただろ?」


 うっ、工藤さんはエスパーなのか?


 すると、局長が口を開けた。


「さあ、じゃあこれからが本当の話し合いだよ、雨川蛍くん」


 あれ?

 いきなりこのおじさん口調が柔らかくなったな。

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