第16話 乗り物酔いには粛清を!



「あそこが自衛隊の最終防衛地点か」


 俺は防衛施設を見つけてから数分ほど歩き、張り巡らされている柵の前まで来ていた。


 しかし、その施設は柵などで厳重に守りを固めているのだが、今のところ人ひとり見当たらない。


 どうやって俺たちの存在を中の人たちに伝えようか。


 こういうのって普通巡回している隊員がいたり、門番のような隊員がいたりするもんじゃないのかな。

 不親切だぞ。


 んー、どうしようか。

 勝手に柵を越えて警報とか鳴っても嫌だしな。


 大きな声は………出したくない。


 一人だったならばやっていたかもしれないが、今は後ろに15人の人の目があるからね。

 そして、大声を出すというのは勇気という名のリソースを大量に消費することに等しい。


 ちなみに後ろの15人は途中から俺がスピードを上げたせいで、今は肩で呼吸しながら地面に寝そべっている。


 すると。


『そこの君たち! 所属は? それとも避難者か?』


 拡声器で拡散された男の声が急に聞こえてきた。


 俺は施設内を確認するも人の姿は見当たらなかった。

 どこから話しかけてきているのだろうか。


 すると、先ほどまで肩で息をしながらバテていた賢人が俺の横に来た。

 一つ、深く息を吸い込んだ。


「私たちは避難者です! 助けを求めてここまで来ました! どうか中に入れていただけないでしょうか?」


 おお、賢人さんや。

 君はそんなに大きな声も出るのか。

 帰宅部なんてやらないで、吹奏楽部にでも入れば良かったんじゃないか?


『分かった! 念のため、所持している武器を地面に置いて両手を挙げて前に数m進んでくれ! そしたらすぐに隊員を向かわせる!』


 またも、拡声器のような声で話しかけられた。


 俺たちは言われた通りに武器を地面に置き10歩ほど前へと歩いた。

 まあ、俺は武器なんて今は持っていないからそのままみんなと並行して歩いただけ。


 すると、一台の自衛隊の車が倉庫から発進し俺たちの方向に向かってきた。


 え??

 俺はつい自分の目を擦って二度見してしまった。


 その車は目の前に柵があるにも関わらずそのまま直進してきたのだ。

 そして、そのまま突っ込んだ。


 しかし、その柵は霧のように一瞬フワッと揺らいだだけで何の変化もなかった。

 ああ、この柵って幻術か何かの類なのか。


 すると、その車は何度か柵の前で止まったりしていた。

 幻術の中にもいくつかは本物の柵が張り巡らされているようだな。


 少ししてその車は俺たちの目の前で停車した。

 ドアが開き中からは自衛隊でおなじみの緑の迷彩服ではなく、ただ白い戦闘服のようなものを着た隊員が5人姿を現した。


「お待たせしてすまなかったね。早速で悪いが車に乗ってもらっていいかな? ここに長い時間いると魔獣たちが襲ってくるからね」

「わかりました」


 意外にも柔らかい対応をしてくれた隊員さんに賢人が素早く応えた。


 グッジョブ、賢人。

 これでこのグループのリーダーは賢人だって思われるだろう。


 俺たちは隊員さんに連れられ車の後ろ側から車に乗り、すぐに出発した。


 ああ、この車の揺れる感じ久しぶりだな。

 でも酔いそう、うぷっ。


 そう、俺は何を隠そう乗り物酔いに弱い!!

 もう本当に弱い!

 車なら多少我慢できるが、雪道はその凹凸で揺れすぎるので我慢なんてできない。

 もちろん飛行機なんて百発百中で、CAさんのお世話になる。


 そして、俺のクラスメイトのモブたちはいくつか隊員さんに質問していたが、「すまないが、私からは何も答えられないんだ。あとで、上官から説明があるからその時に質問をしてくれ」と一蹴されていた。


 その上官さんって怖い人かな?

 だったら、質問しづらいな。


 あっやばいマジで吐きそう。


 さよなら私の羞恥心。

 そう心の中で言って、俺は柵の前で停車しようと速度を落としていた車を勝手に飛び出し地面に盛大に………キラキラとはならなかった。


 耐えた!!

 頑張った、まだ俺の羞恥心を捨てるには早かったようだな。


 その後、しれっと車に戻ったがみんなからめちゃくちゃ心配されるも「白ツチノコが………」で突き通した。


 おい、賢人さん顔プルプルしてるよ?

 どうしたの?



******************************



 俺たちは、施設内に入ると厳重にボディチェックをされある部屋にみんな一緒に詰められていた。


 そこで、いかにも私が上官ですみたいな風格を纏った40代ぐらいのおじさんが俺たちの前に現れて、俺たちにいくつかの質問を投げかけてきた。


 それは俺たちがどのような状況で生きてきたか、どうやってここまできたかというような質問だった。


 その回答にはすべて賢人が一人で答えており、俺たち一同は「俺たち要る?」って心情になっていたに違いない。


 その後、いかにも上官さんが賢人の回答で納得をしたようで俺たちに今の状況を色々と話してくれた。


 そのほとんどの内容は賢人から聞いた内容と同じだった。


 新しく知った情報は、ここ函館の防衛基地は臨時的に配置されている基地のためかなり小規模かつ精鋭のみで構成されている基地のようだ。

 ここの隊員はみんなここら辺に出現する魔獣程度なら倒せるようだ。

 ここに基地がある意味は俺たちのような避難民の保護、そしていずれ行われるであろう北海道奪還作戦の起点としての機能を果たすようなのだ。


 そして、実際の最終防衛基地はここから船で行った青森県の青森市に大きな基地が存在するようだ。

 俺たちもそこの基地に今後行くとのことだった。


 最後に、これが非常に重要で厄介な情報だった。


 現在、日本ではステータスカードの所持が義務付けられているようだ。

 ステータスカードとは、所持している本人の名前と称号の順位、そしてその時に所持している装備や武器が強制的にそのカードに映し出すというアイテムだそうだ。

 そのカードの出どころと製造方法については完全に秘密とされているようだ。


 これは完全に俺を社会的に殺しに来ているアイテムだろう。

 いや、これをどう回避すればいいんだよ。

 あとで、賢人に相談してみようか。


 しかし、そのステータスカードの恐ろしさはそれだけではなかった。

 そのカードには隠れた機能があるようで、世界中全ての人間に順位が公表されるというのだ。

 もちろんプライバシーや国同士の決まりで名前までは公表されないようだ。

 分かるのは、その人物が現在所属している国。

 そして、順位だけだ。


 この順位は常にネット上で配信されているらしい。

 そのネットのランキングでは、1位から順にずらっと最下位までのNumberと所属国家が記載されている。

 そして、その不思議の一つとしてランキング一桁の箇所が3か所も空白らしい。

 Number1とNumber5、Number8の箇所がステータスカードの義務化が始まってからずっと空白らしい。


 いや、そのNumber1って俺じゃん。

 そりゃ、今までダンジョンに籠っていてそのカード存在すら知らなかったんだから表示はされないよね。


 いやー、それにしても困った。

 なぜそんな国同士の争いの種になりそうなアイテムが義務化されているんだよ。

 本当に謎だな。


 その謎のせいで俺はこれから面倒くさいことに巻き込まれていくんだろうな。

 …………はぁ。


 もう逃げちゃおうかな。

 いや駄目だ。


 せめて家族に無事を伝えて、この1年6ヶ月で消費しきれていない素晴らしい文化を消費してからだな!

 そして、最後は賢人に面倒ごとを押し付ける。

 うん、完璧な案だな!


 そんなことを考えている間にも、一人また一人とこの部屋から隊員に連れられて出ていった。


 そう、今は個人面談を上官さんと順番にしているようなのだ。

 そうして帰ってきた者は未だに一人もいない…………。


 みたいなシリアスな展開ではなく、終わった人から順番に食堂でご飯が食べられるようだ。


 俺は賢人の計らいで一番最後になった。


 計らいと言っても、「あいつは車に酔って気分が悪いので最後で」ってみんなに白ツチノコの真相をばらしやがったのだ。

 くそ、本当にあの時イタズラするんじゃなかった。



******************************



 そうして、どんなことが聞かれるのか色々と考えを巡らせていると、最後に俺の番が来た。


 俺は隊員さんに連れられて上官室のような少しだけ豪華な部屋に入り、あのいかにも上官さんと二人でソファに座って対面していた。


「君が雨川蛍くんだね? 秋川君から話は聞かせてもらったよ。君は水魔法が少しだけ使えるんだってね。魔法を使える人材は世界を見ても貴重な存在なんだよ。どうかな、私たちと一緒に仕事をしてみないか?」


 上官さんは凄いぐらいビジネス笑顔で俺に向かって、提案してきた。

 この人ってこういうの苦手なんだろうな、案外可愛いとこあるじゃん。

 まあ、俺に男色趣味なんてないけどな。


「こんな俺なんかを誘っていただけて嬉しいです、でも、俺にはまだやらなくてはならないことがたくさんあるんで。(意:俺は早く東京に行って自宅警備員に戻りたい)」


「そうか、それは残念だよ。そうだ皆さんにも言ったんだがね、先ほどの説明で一つだけ言い忘れていたことがあったんだ。君たちが、青森の基地に移動するの2週間後なんだ」


「2週間後ですか?」


「ああ、すまないね。君もワイバーンのことは知っているだろう?」


「ええ、それはまぁ」


 この前倒したからね。

 そんな強くなかったけど。


「あいつらはある一定の周期ですべてのワイバーンが日高山脈に帰る時期があるんだ。それが一番早くて2週間後なんだよ。それに合わせて、ここから君たちを青森に護送する。それまでは息苦しいとは思うが、ここで外に出ない限りは自由に生活してもらって構わないよ」


「そういうことでしたら、ご厚意に甘えさせていただきますね」


「それでもう一つがこのステータスカードだ」


 上官さんはそう言って自分の胸ポケットから例のカードを取り出した。


 はぁ、もうそれ持たなくてはならないのか。

 持ったら最後、俺は巻き込まれ体質になってしまうだろう………。


 おし、頑張れ俺!


「それが例のカードですか……」


「ああ、これが先ほど説明したステータスカードだ。これは私のカードでね実物を見せようかと思ってね」


 上官さんがそう言うと、俺にそれを見せてくれた。



 【status card】

   名前 ≫工藤くどう 重吾じゅうご

   称号 ≫Number375,694

   装備 ≫



 本当に、その三点だけが表示されているんだな。

 それにしても、この表示の仕方は絶対に異世界の力で造られたものだな。

 アイテムなのか、それともスキルの類なのか。


 それにしても、この人数字の桁がだいぶ低いな。

 一、十、百、千、万、十万……37万5694位か。


 さすがはここを任されるだけの上官さんなんだな。


「順位高いですね」


「ああ、これでもここの上官を任せられているからな。でも、逆に考えると俺より強い奴がまだ37万人以上いるとも言えるがな」


 上官さんは、苦笑いして言った。


「それで俺のカードはどこに?」


「ああ、それのことなんだがな。ここは小規模の基地で最低限の物しか置いていないんだ。だから、君たちのステータスカードの配布は青森に到着してから渡すのでよろしく頼むよ」


 おお、まだ俺の寿命は長かったようだな!


「そうでしたか。わかりました」


 そう言うと、上官さんは女性隊員によって出されたお茶を一口飲んだ。

 俺も一口も飲まないのは失礼だろうと思い、このタイミングで少し飲んだ。


「それで、君の話を聞きたいのだが、その前に一つだけ注意してほしいことがある」


「なんですか?」


「このステータスカードがある意味君はどう捉える?」


 意味か………。


「メリットとしては、これがあれば自分が所持している魔法やスキルを相手に知らせずに身分を証明できること。武器の所持の有無を見せることができる。デメリットは挙げればきりがない代物ですよね………」


「うん、君も賢人君と同じく頭がいいようだね。そう、このカードはデメリットの方が多いんだ、なのに世界中でこれが義務化されているんだ。ただし、その君が言ったメリット、逆に考えれば自分の詳細なステータスを相手に見せることなく信用してもらえるということなんだ。君ならもうわかるね?」


「はい、社会に戻ってもむやみに人に自分の詳細なステータスを見せるなってことですよね?」


「うん、そういうことだ。君は魔法も使えるからきっと順位も高いだろう。そうなると様々なしがらみや厄介に巻き込まれてしまうよ。私のようにね」


 上官さんはそう言って笑いかけてきた。

 彼も順位が高く何かに巻き込まれたのだろうか。


「教えていただきありがとうございます」


「うん、じゃあ私の話はここまでで次は君の話を聞かせてもらおうかな」


 そうして、その後俺は上官さんの質問攻めにあうが大体の問いに卒なくかつ情報をあまり与えずに回答できたと自負している。

 頑張ったよ、お疲れ俺。



******************************



 そうして、上官室を出た俺は食堂に行き1年半以上ぶりのカレーを食べた。


 めちゃくちゃ美味しかったです。

 3杯も頂いちゃいました、ごちそうさまです。


 そうして、みんなに与えられた大部屋で仰向けでお腹をさすりながらくつろいでいた。


『ピー、ピー、ピー、ピー』


 すると、急に施設内に大きな警報音が鳴り響いた。

 何だろうと思い、ゆっくりと起き上がる。


『各隊員に連絡。各隊員に連絡。至急準備を整えよ。大量のワイバーンが基地に接近中。大量のワイバーンが基地に接近中』


 そうして、施設内が一気に慌ただしくなった。

 俺たちはどうしていいかも分からずにその場に佇んでいた。


 いや、俺は食い過ぎて動けないとかではないんだ。

 本当に。


 すると、またしても施設内に放送が流れだした。


『上官の工藤だ。迎撃作戦ではなく、撤退作戦に移行する、至急出航の準備をせよ。もう一度言う、迎撃作戦は中止だ。至急、船を出し撤退作戦に移行する』


 すると、先ほどまで放送していた上官さんが俺たちを迎えに来て船へと案内してくれた。


 そうして、俺たちは案内された通りに船に乗り、すぐに出発をしたのだった。


 すると、名前の憶えていないモブCさんがある隊員に質問した。


「あの、なんで急にワイバーンがここに攻めてきたんですか?」


「いつもなら上官の幻術で施設が発見されないんだよ。多分、近くでワイバーンが死んだか、ワイバーンの肉でも持っている奴がいたんだろう。あいつらは自分の群れの仲間が死んだり、その肉を持っている奴がいたらそいつ目掛けて攻撃を仕掛けてくる習性があるんだよ。もしかして、お前たち持ってたりしないよな?」


 すると、そのモブC子が慌てて否定した。


 痛っ、おい賢人足をぐりぐりと踏むなよ。


「賢人痛いんだが」


「お前、何も知らないような顔をしているがあの時俺に食わせたまずい肉はなんだ?」


 うっ、こういう時に限って頭が切れるのは止めてくれよ。

 たまに出る2割のポンコツを出してくれよ。


 おいおい、顔が怖いよ賢人さん。


「ワイバーンの肉」


「まだ持っているよな?」


「うん」


 えっと、これってもしかして………。

 いや、もしかしなくても俺のせいだよな。

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