第2章 帰還編

第13話 日焼け止めは重要です。



 俺は足跡一つない新雪を掻き分けながら家に向かって歩いていた。


 しかし、明らかにおかしい。


 こんな田舎でも車のわだちや足跡は少なからずあるはずなのだ。

 それが今まで見た痕跡は動物の足跡と思わしき、小さなものだけだった。


 そんな光景を見たからなのか、俺は心のどこかで一抹の不安を拭いきれていなかった。


 父さん、母さん、ひより、頼むから無事でいてくれよ。


 それから30分ほど歩くと遠くに家が見えてきた。


 いつぶりの我が家だろうか。

 感覚ではダンジョンに1年以上は籠っているはずだ。


 俺は不安と安堵の気持ちを胸に抱えながらも、家に着いた。


 やはり家の周りも除雪をした形跡が全くない。

 そこで俺は水魔法を温水に変えて、雪を徐々に溶かしていく。


 ドアまでの雪を溶かし切り、俺は凍ったドアを力ずくで開けた。


 そこはずっと掃除がされていなく、床に埃が溜まっていた。

 俺は外套を少し持ち上げて口を塞ぎながら一部屋一部屋を順番に確認していった。


 この時ある程度の覚悟をして踏み入った。


 1階―リビング、キッチン、トイレ、お風呂場、物置部屋。

 2階―父さんと母さんの寝室、妹のひよりの部屋、俺の部屋。


 しかし、どの部屋も埃が溜まっているだけで、荒らされた形跡はなかった。

 俺は一息を吐いて安心した。


 しかし、どういうことなのだろうか。

 まさか、地球にダンジョンが出現したことによって世界が終末とか迎えていたりしないよな?


 俺はそんな非現実的なことを考えながら自分の部屋であるものを探していた。


「あった、あった」


 それは太陽光で充電するタイプのモバイルバッテリーとハンドルで回すタイプのラジオだ。

 それを持ってリビングへと降りた。


 そこで、窓を開けてモバイルバッテリーでスマホの充電を始めた。

 その時、テレビが点くか試してみたがやはり電気は通っていないようだ。


 スマホの電源が点くまで、ラジオのハンドルを回して色々なチャンネルを試してみた。


『~~♪』


 すると、あるチャンネルで聞いたことのない音楽が流れていた。


『ただいまお聞きいただいたのが、12月15日に発売された〇〇の〇〇でした。さあ、皆さんこの寒い元旦はどのようにお過ごしでしょうか。温かいお雑煮を食べている方やお汁粉を食べている方もいらっしゃるのではないでしょうか。そういう私もこのラジオの前にはお雑煮を食べてきました』


 そんなゆる~い番組が放送されていた。


 良かった。


 こんなチャンネルやっているってことは大丈夫だろう。

 世界の終末とかだったらこんな放送はさすがに流さないと思う。


 そこで、俺の目には冷蔵庫に張られていた一枚のメモが入ってきた。


 何だろうと思い、俺はそれを確認する。


『蛍へ 無事に生きていることを願いこのメモを残します。自衛隊は北海道から手を引くことにしたそうです。そこで、私たちは東京へと避難することになりました。もし蛍がこのメモを見たら、函館へと行ってください。そこが北海道での最終防衛地点になるそうです。無事に東京で会えることを祈っています。 母より』


 そう懐かしい文字で綴られていた。

 良かった、みんな避難したんだな。


 それにしても自衛隊は北海道を放棄したって書いてあったよな。

 食料とか大丈夫なのだろうか。


 とりあえず母さんの言うとおりに函館に向かってみるしかないか。

 移動手段はどうしようか。


 万が一を考えてMPは温存しておきたい。


 こんなに雪が積もっていたら車もまともに動かないだろう。

 まあ、運転の方法とか全くわからないからもし見つけたとしても運転できないけど。


 歩くには、少し遠いよな。

 あれを使うか。


 俺は1階の物置部屋からスキー板とストックを取り出した。

 凸凹していない雪道ならスキーで移動する方が速いだろうと考えたからだ。


 しかし、長年放置されてきた板のため、ワックスが剥がれていた。

 その為、スマホを充電している間にワックスを塗った。


 塗り終わったところで、スマホを確認する。


 すると、無事に電源が入った。

 壊れていないようで良かった。


「でも、さすがに電波は入らないか。カレンダーは………2020年1月1日」


 だとすると、大体俺はダンジョンに1年6ヶ月近く潜っていたのか。

 そりゃ、地上もこんな有り様になるよな。


 えっと、GPSは…………入ってるな。

 これで道に迷うことはないだろう。


 俺はその後必要そうなものをアイテムボックスに片っ端から仕舞っていき、一夜明けた後に函館に向かって南下を始めた。



******************************



「ふー! 楽しい!」


 一切の足跡がない新雪の上をスキーで滑るってこんなにも気持ちがいいものなんだな。

 気分が洗われていくようだ。


 すると、目的地がやっと見えてきた。


 総合商業施設だ。


 ただし、目的の物は食料ではない、食料はアイテムボックスに十分ストックがあるからな。


 俺が今欲しいものは日焼け止めだ。

 雪って白いから光が反射してかなり日焼けしやすいんだよね。


 だから、我が家から一番近い大きなデパートに来たのだ。


 もう10分もかからずに着くだろう。


 すると、少し先に人工的に雪が除雪されている場所があった。

 その除雪跡は目的地まで続いているようだ。


「もしかして人がいるのかな」


 そう思って、俺は少しだけスピードを上げてデパートへと向かった。



******************************



――秋川賢人



「キャー!!」


 俺、秋川賢人あきかわけんとは叫び声の方向を確認する。

 そこでは一緒に戦っていたあゆみが尻餅をついて、ミノタウロスと対面していた。


 俺は対峙していたミノタウロスを押し返して、あゆみに振り下ろされた石斧を防ぐ。


「大丈夫か、あゆみ!」

「うん、ありがとう賢人」


俊也しゅんや! そっちは大丈夫か!」

「ああ、大丈夫だ! あゆみは任せるぞ!」


 そうして、俊也が2体、俺が3体を抑えることになった。

 仲間が駆けつけてくれるまでの辛抱だ。


 そう思って、次のミノタウロスの攻撃を防いだその瞬間。


 目の前のミノタウロスの頭が爆ぜたのだ。


 俺は一瞬何が起こったのか分からなかった。

 その後、次々とミノタウロスの頭が爆ぜていったのだ。


 最後のミノタウロスの頭が爆ぜると、そこには青い鳥がいた。

 その鳥を見ていると、いきなり水となって消えうせた。


「久しぶりだな、賢人!」


 呼ばれた方向を見るとそこには小中高とずっと仲の良かった雨川蛍の姿がそこにはあった。


「蛍か?」

「おい、なんだよ。そんな驚いた顔をして、てかお前ここで何やってるんだ?」


 正直俺はこの状況を整理できていなかった。

 自衛隊も助けに来ることのできないこんな辺境の地にまさか知り合いが現れるなんて思ってもみなかったのだ。


「いや、ごめん。ちょっと状況が整理できなくてな」


「整理できないって、賢人は頭良かっただろう」


「ああ、昔はな。それでさっきの攻撃は蛍の仕業か?」


「ああ、そうだよ。賢人の姿が見えてな。苦戦してるように見えたから手を出したがまずかったか?」


「いや、正直助かったよ。あのままじゃ厳しかった」


 正直、俺一人でミノタウロスを3匹抑えるのは無理だっただろう。


「それでお前は東京に行かなかったのか? うちの親は東京に行くって置手紙があったんだが」


「ああ、そのことか。話が長くなるから中入ってから話そうぜ」


 俺がそう言ってデパートを指さすが蛍はあまりいい顔をしなかった。


「どうした? 入りたくないのか?」


「ああ、いやな。俺は一刻も早く函館に行きたいから、面倒事には巻き込まれたくないなって思ってな」


「蛍らしいな。大丈夫とは言えないが、ここにいるのは全部で15人だ。一応、全員お前のクラスメイトだぞ?」


「クラスメイトって、俺には関わりないからな。まあ、いいか。賢人もいることだし入るよ。ただし、俺は用事が済んだらすぐに函館に発つぞ」


「それで構わないよ」


 ここで、一緒に戦っていた他の2人が話に入ってきた。


「雨川くんだよね? 久しぶり? はじめまして? 私のこと覚えているかな? 田中あゆみ。一応、クラスメイトなんだけど」


「いや、ごめん。全然、覚えてない。田中あゆみだな。覚えておくよ」


「うん! 順番が逆になっちゃったけど助けてくれてありがとう!」


「おう、お前が雨川だな。俺とは初めましてだな。一応、クラスメイトの五十嵐俊也ってんだ。助けてくれてありがとな」


「五十嵐俊也だな。構わないよ」


 そんな簡単な話をした後に俺は蛍を加えた4人で裏口からデパートへと入っていった。



******************************



――主人公



 俺は日焼け止めの確保と賢人と再会したという理由でデパートにいた。


 そこでは最初に賢人を含めた15人全てが集まっており、全員の自己紹介を聞かされ、ここに留まっている経緯を説明された。


 そこで聞かされたのがここの最強戦力は賢人を含めた5人でミノタウロスを1対1でギリギリ倒せるレベルらしい。


 いや、こういうのが嫌だったんだが。

 同情でも誘っているのかな。


 もし俺が助けるならば、それは賢人だけだ。


 賢人だけは俺が何をしようともいつも俺の傍にいて遊んでくれたのだ。

 俺の二人いる親友の一人だ。


 他の奴に寄生されるのはごめんだ。

 ゲームだって寄生プレイは嫌われる要因の一つだからな。


 そこで俺は自分の目的を話した。

 まあ、日焼け止めの確保という一点だけだが。


 すると、快く日焼け止めを分けてくれた。


「ありがとう、日焼け止めを分けてくれて」


「なあ、雨川。お前強いんだよな? 一人でミノタウロス5体を瞬殺できるほどには」


 すると、もう名前も覚えていない男子が話しかけてきた。


 これは嫌な流れだな。

 けれど、本当のことを言う必要はないか。


「瞬殺できるわけないだろう。ギリギリだよ」


「でも、魔法は使えるんだろ? あゆみが水の鳥を見たって言ってたぞ」


 魔法ってそんなに珍しいのかな。

 まあ、確かに取得するのは難しいよな。


「ああ、弱い魔法なら。ちなみに魔法って世間ではもう認知されているのか?」


「弱い魔法でもすごいぜ! ああ、ラジオなんかでも魔法やスキルの存在は発表されているぞ。俺たちは何人かがスキルを持っている。魔法やスキルを持っている奴は世界を見ても少ないだろう」


 だと、すると俺の持っているスキルや魔法なんかも言わない方がいいな。

 面倒ごとに巻き込まれるのだけはごめんだ。


 パンッ!


 すると、賢人が手を叩いた。


「おい、質問するのは止めてくれって言っただろう。蛍は俺の大事な友達なんだ、迷惑は掛けたくない。ごめんな、蛍」


「いや、これくらいなら構わないよ。あとは、賢人と話がしたい。少し付き合ってくれ」


 そう言い残して、俺と賢人は部屋を出た。



*****************************



 俺たちは賢人に割り振られた個室へと移動し、向かい合って椅子に腰を掛けた。


「さっきはありがとな、賢人。それで頼みがあるんだ」


「なんだ?」


「さっきの会話で気づいたんだが、俺の知っている常識とみんなの知っている常識が違うと感じたんだ。少しでいい、俺にこの1年6ヶ月で起こったことを教えてくれないか?」


「1年6ヶ月?」


 なぜそこで引っかかっているんだろう。

 俺は不思議に思ったが話を続けた。


「ああ、俺はこの1年6ヶ月間、一人でダンジョンに籠っていたんだ。そして、つい最近そこを攻略して今ここにいるんだ」


 すると、賢人は今までに見たこともないような驚いた顔をしていた。


「おい、賢人、ラグってるのか?」


「ああ、すまない。まず初めにそこから修正するべきだな。この世界に魔獣が出始めたのが1年と4か月前だ」


 そこからは賢人が一方的に今まであった出来事を事細かく説明してくれた。



 まず俺がダンジョンに落ちた日が2018年の6月20日。

 この世界に魔獣が溢れ出したのが2018年の8月22日。


 賢人はここに引っかかっていたようだ。

 要するに実際に地球にダンジョンが出現し始めたのが2018年の6月なのだろう。

 そこから、魔獣がダンジョン外に出るまでに約2か月の時間が掛かったということになる。


 そして、自衛隊が魔獣の駆除に取り掛かったのが2018年の8月25日から。


 北海道からの撤退が始まったのが2018年の9月8日だそうだ。

 そして、賢人たちは乗るはずだったヘリが墜落したことによりここに取り残された。

 その後すぐに電波障害が起き連絡が取れなくなったと。


 そして、なんとか無線を入手して自衛隊と連絡を取ったが、上空にはワイバーンが徘徊しており、地上の道中には強い魔獣がいるため救出が難しいとなりこの状況になったと話した。


 そして、ここからが社会的な変化について教えてくれた。

 賢人たちもラジオを介して情報を得ることができていたようだ。


 まずはダンジョン対策機関というのがすぐに設立されて、各地にあるダンジョンの差し押さえと魔獣の駆除が始まったという。

 そこに漏れてしまったのが北海道と九州以南ということだった。


 そして、現在安全なのが本土と四国のみだという。


 その後、魔獣が溢れないように定期的に自衛隊がダンジョンに潜っていたようだが人員が圧倒的に足りなく、一般の人を募集することになったそうだ。


 そこで新たに台頭してきたのが『ダンジョン冒険者』と呼ばれる職業らしい。


 彼らは魔法やスキルを使って、いくつかのダンジョンを攻略しているようだ。


「と、まあこんなところが大雑把な流れかな。あとは、ランキング制度についてか」


「ランキング制度?」

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