第12話 最終階層



「やあ、待っていたよ」


 そこには一人の男が佇んでいた。


 人間なのか?

 それとも言語を話せる魔獣か?


 俺は久しぶりに神経を研ぎ澄ませて警戒した。

 今までは言語を話す魔獣なんて出てこなかったからだ。


 その男はフードが付いたマントを深く被っているため顔は確認できないが、体のシルエットは完全に人のものだ。

 そして、声と体格から恐らく男またはオスだと推測できる。


 俺は腰を落として、警戒態勢をとり、その男に尋ねた。


「人間か? それとも、魔獣か?」


「いやだなぁ、そんなに警戒しないでくれよ。私は君がこのダンジョンに入ってきたときからここに来るのをずっと待っていたんだよ」


 ずっとって…………。

 絶対こいつストーカー気質だろ。


 それにしても、こいつのスキルの類で見られていたのか、それともこのダンジョンに深く関わっている人物なのか。

 このダンジョンに関りが深いのは確かだな。


「そうか。それでお前は何者なんだ? そのフード取って顔を見せてくれないか? そうしてくれないことには警戒態勢は解かない」

「ああ、それはすまなかったね」


 男はそう言って、深く被っていたフードを取った。


 そこには地球人の骨格とは思えない人間の男の顔があった。


 いや、人間という言葉には語弊があるだろう。

 エルフ、そうだ所謂エルフと日本では言われている人種がそこにはいた。


「…………この世界の人種ではないよな? このダンジョンが元々あった世界の住人だろ?」


「うん、察しがよくて助かるよ。それとも私のようなエルフはこの世界にいないのかな? まあ、そんなことはどうでもいい。まず誤解を解いておこうか。私は君と戦う気はないよ」


 カラン。


 そう言ってエルフは所持していた杖から手を放し、地面にわざと落とした。


 戦う気がない……か。

 確かに臨戦態勢をとっているようには見えないな。


 そのエルフは両手を挙げて戦意がないことを示していた。


 俺も警戒態勢を解く。


「分かった、俺も武器を置こう。それで、あんたいったい何者なんだ?」


 俺も手に持っていた武器を地面に置いた。


「そうだね、君にはこういった方が分かりやすいかな。『私の創った休憩所は役に立ったかな?』」


……

…………


 私の創った休憩所。


 これが本当なら、こいつがあの日記に載っていた偉人さんってことになるよな。


「そうか、あなたがあの休憩所を作ってくれた偉人さんでしたか。今までの言動は失礼しました。そして、その節はお世話になりました」


 俺は姿勢を正して偉人さんに向かって頭を下げた。


 その節は本当にお世話になったからね。

 あの休憩所がなかったら今頃精神がおかしくなっていた自信がある。


「構わないよ、役に立って何よりだったよ。それよりも、私も君に話さなければならないことがたくさんあるからね。私の家でお茶でもしながら話さないかい?」


「俺もあなたに聞きたいことがたくさんありますよ。それで家なんてどこにあるんですか?」


 そう、俺の目にはこの部屋はただの四角い土壁で囲まれた部屋にしか見えない。

 家なんてもの影も形もない。


「君もこの魔法は使えるだろ? 『超級魔法・オプティカルカモフラージュ解除』」


 すると、彼の背景に忽然と巨大な木が出現した。


 その魔法って自分が対象じゃなくても使えるのか。

 すごいな。


「さあ、行こうか」


 そうして、偉人さんに連れられてその巨大な木の亀裂へと入っていった。



******************************



 俺たちは現在、ローテーブルを挟んでソファに座っている。


 エルフの彼はティーカップに注がれた紅茶を一口飲んでから、口を開けた。


「まずダンジョンクリアおめでとう。雨川蛍くん」


 えっと、これでクリア?


 てことは、ここが最終階層だったのか。

 なんかあっけない終わり方だったな。


「これがクリア報酬だ、受け取ってほしい」



 【result】

   体温調整機能付き外套(紺)×1

   無音のお面×1

   魔法のテント×1

   精霊の鍵×1



 なんと、4つも報酬が貰えるのか。

 これは今までのボスドロップの中でも最大の数だな。


「ありがとうございます」


「では、私からダンジョンクリア報酬の説明をしよう。最初の『体温調整機能付き外套』は、その名前の効果通りだよ。その外套を羽織っているときに、自分の快適な温度に調整できる外套だよ。これからは様々な環境のダンジョンに潜ることになるだろうからそれを活用して頑張ってくれ」


 おお、なんともご都合主義なアイテムだ。

 ただ、ダンジョンと言ったらこういうアイテムがやっぱり欲しいよな。

 これでもうエアコン要らずだな。


「次の『無音のお面』は、そのお面を付けているときは自分の声が周りには聞こえなくなるというアイテムだ。魔法の詠唱はどうしても口に出さなきゃ発動しないからね、これを付けていると相手に何の魔法を使うか悟られずに発動できるようになるよ」


 少し付けるのは恥ずかしいが、これだけ優秀なアイテムなら付けないわけにはいかないだろう。

 相手に使用する魔法を悟られないってのは大きなアドバンテージだからな。

 魔獣でも、稀に知能が高いやつも存在するからな。


「次の『魔法のテント』は、見た目は小さなテントだが中は拡張されていてかなり広い。もちろん気配遮断の魔法が付与されているから魔獣に発見されにくく、これからのダンジョン攻略に生かしてほしい。このダンジョンみたいに最後の階層まで休憩所があるとは限らないからね」


 なんと!

 これからは休憩所を使わなくてもよくなるのか。

 素晴らしい。


「最後に『精霊の鍵』だ。これは君が前にフクロウの精霊から貰った『精霊の扉』と対になるアイテムだ。扉は精霊を封印石から解放するアイテム。そして、この鍵はその精霊の力を解放するアイテムだよ」


 これも素晴らしいアイテムなのだろうが、力の解放だけじゃあまりピンとこないな。


 しかし、全部素晴らしいアイテムだな。

 さすがラスボスのドロップ品だ。



「報酬の説明はこんなところかな。あとは、実際に使ってみて確認してくれ。その報酬は全て私の持っているアイテムの中でも優秀なアイテムたちだからね。大事に使ってくれよ」


「まじですか。本当にありがとうございます」


 そんなに貴重なものを貰えるなんて、本当に偉人さん様々だな。


「次は君の質問に答えてあげたいのだが、先に私の話を聞いてもらおうか」


「あっはい」


 まだ話が続くのかこれは相当長くなりそうだな。

 あっ、このクッキー美味しいな。


「私はこのダンジョンの最終ボスとして君と戦う予定だったんだ」


 ぶっ!

 いきなりぶっこんできたな、この人。

 この人がラスボスってか。

 

「予定だったってことは、今はその気はないと考えていいですか?」


「ああ、君の言う通りだ。普通であれば君はこの階層にたどり着く頃には、私と同じ強さまたは少し弱いくらいで到達する予定だったんだ。そこで、私と戦うそんな予定だった。しかし、君は私の作ったレールの上を全然思い通りに進まなかったんだ。そして、君は今の私よりもずっと強くなってしまった。だから、戦う必要が無くなってしまったんだ」


 まじか、悪いことしちゃったようだな。

 というか、強くなりすぎてラスボス回避のヌルゲーってことかよ。


「えっと……すいません。ちなみにその要因ってのは?」


「それは二つあるね。まずは早熟のスキル。このスキルは滅多に手に入れることのできないスキルなんだ、ましてや君はレベル6のユニークスキルで手に入れてしまった。これが一つ目の誤算だね。そして、もう一つは君が周回とか言っていた行動だよ。最初は、頭がイカレているんじゃないかと思ったよ。普通、命の危険が高いダンジョンで周回作業とかもう意味わからないよ。大体の人は下の階層を目指すだけで精一杯なんだからね。これが、もう一つの誤算だよ」


 うむ、早熟のスキルはラッキーだったんだな。

 経験値の旨い場所を周回するのはゲーマーとして当たり前だと思うんだがな。

 やはり異世界の当たり前と日本の当たり前は違うんだな。


 しかし、一つ引っかかるな。


「それ以外の魔法やスキルを取得できたのは全てあなたの仕組んだレールの延長線上でしかなかったということですか?」


「ああ、そういうことだよ」


 まじか、俺の運がいいわけじゃなかったのか。

 帰ったら宝くじを買おうと思っていたのにな。


 それにしても…。


「なぜそんなことをしたんですか?」


「単純な話だよ。私たちの世界の事情でこの世界に意味もなく迷惑を掛けているんだ。少しでも何かを残してあげたいってのが人情ってもんだろ? だから、私はこのダンジョンを創った」


「あなたがこのダンジョンを創った?」


「まあ、正確には元々あったこのダンジョンの支配権を奪って私の物にしたという表現が正しいけどね。そこでここに異世界の人間を一人だけ招き入れて、その人に強くなってもらうためのレールを作ったんだ。それを辿ってその人には強くなってもらう。そして、この世界でその人に多くのダンジョンを制覇してもらう、そういう狙いがあったんだ。それで、その異世界の人間ってのが君、雨川蛍くんだったってわけだよ」


「要するに、俺がここにいるのも強くなったのも、魔法やスキル、防具精霊を入手したのも全てあなたの仕組んだことってわけですか。少し腑に落ちませんね」


「まあ、そう思うのが普通だろうね。しかし、君は私の想定した強さのその何倍にも強くなってしまった。そこだけは君の実力、行動によって勝ち得た経験だと私は思うよ」


 まあ、そうだよな。

 おし、こんなにうじうじしていても何かが変わるわけでもない。


 これからのダンジョンで俺自身の成長をしていけばいいだけだ。


「まあ、これからは自分で道を切り開いてみせますよ! なので、話を続けてください」


「ああ、これが最後の話だよ。先ほど君に渡したアイテム『精霊の鍵』があっただろ? その解放を成功させることができれば君をこのダンジョンから解放しよう」


「えっ、もうクリアしたはずじゃなかったんですか?」


「ああ、確かにクリアはした。しかし、この精霊の解放は誰かに教わらなくては習得するのに10年は掛かるだろう。しかし、誰かに師事すれば早くて数ヶ月で習得が可能になるだろう。もしそれでも私に教わらずに自分で解放するというなら私は止めないさ。でも、もし私に師事することを希望するならば教えてあげよう」


 そうか、この精霊の解放というのはそれほどに難しいものなのか。

 ここは師事するのが妥当な判断だろう。


 しかし、一度その精霊の解放とやらを見てみたいな。


「そんなの選択肢は一つしかないじゃないですか。でも、その前にその精霊の解放ってのを見せてはくれませんか?」


「もちろんだ、しっかりと目に焼き付けてくれよ」


 そう言って、彼は精霊の解放という技を使った。


 結果から言おう。


 この精霊の解放という技は、今まで一部の防具として機能していた精霊を解放することで全身装備へと変化させる技だった。

 それにより、敏捷や腕力などの隠されたステータスが2倍近く跳ね上がり、その精霊が所持している魔法の威力を数倍にも跳ね上げるそんな技だった。


 俺はこの技を早く習得したくて、そのまますぐに訓練を始めたのであった。

 だってこんなファンタジーな技、男であれば習得したいと思うのが普通であろう。



******************************



『冷狐 解放』


 俺の首元のクウが解放により形態変化して俺の全身を包んだ。

 そして、それの副作用とでも言うのかいつもは黒い髪の毛がクウと同じ白い髪の毛へと変化した。


 もう完璧に全身装備ができるようになった。


「うん、完璧だ。よく頑張ったよ、蛍。2か月間よく頑張ったね」


「おう、ありがとな、サリエスさん」


 俺はサリエスさん指導の下、やっと安定して防具精霊の解放を発動できるようになった。


「いえいえ、これで正式にこのダンジョンクリアだね。さあ、もう行くと良い」


 すると、俺の足元に青白い円形の光が出現した。

 恐らくワープの類の魔法だろう。


「サリエスさんはこれからどうするんですか?」


「私のこの体はオリジナルの分体にすぎない。もう数日もすると勝手に消滅して、オリジナルへと還元されるよ。だから、あとは、頼んだよ蛍。じゃあね、楽しかったよ」


 サリエスの最後の言葉を聞いて、俺の視界は白く染め上げられた。


 サリエスさんにはその呼び方は嫌だって言われたけど最後だけはそう呼ぶよ。


 ありがとう、サリエス師匠。



******************************



「寒っ!」


 俺はすぐにアイテムボックスを操作し、紺色のマントを被った。


 あったか~。

 本当に、体温調整マントなんて便利な物貰っといて良かった。


 そうして、俺はフードを被りまだ誰も痕をつけていない新雪をかき分けながら、いつぶりかもわからない家までの帰路へと着いた。


 そう、ワープした先には見渡す限り真白い雪原が広がり、あの日と同じ顔を出し始めた日の光がまっさらな雪の表面でキラキラと反射していた。


 もう冬なのか。


 いったい、俺はどのくらいダンジョンに潜っていたのだろうか。

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