第6話 初動



 主人公、雨川蛍がダンジョンで頭を悩ませていた頃。




 日本の首脳陣もまた会議室で頭を悩ませていた。


 正体不明の生物、通称、ゴブリンが何故か日本各地で大量に現れ始めたからである。


 しかし、それだけが理由ではなかった。


 自衛隊を派遣して、討伐に向かったものの銃が一切通じないという報告。

 

 それはさらに頭を悩ませる要因となったのだ。


 そんな殺伐とした会議室に初めての朗報が告げられた。


「報告いたします、ゴブリン一体の討伐を確認いたしました」


その言葉だけでこの会議室いるみんなの顔が明るくなった。

もちろん私も例外ではない。


「ほ、本当か?!」

 柄にもなく、大きな声で聞き返してしまった。


「はい、茨城県の高校生の手によって消滅したことを確認いたしました」

「高校生が? いったいどうやって?」

「はい、現在それを尋ねるためこの基地に護送予定です。隊員は消滅時しか立ち会っておらず、実際の戦闘は確認していないとのことです」


 高校生が一人で、銃すら通じないバケモノを倒したというのか?!

 いったいどうやって…………。


「わかった。至急、その者に手厚い待遇と私たちと話せる場を至急設けてくれ」

「かしこまりました。それでは、失礼いたします」


 そう言って、迷彩服を着た情報部隊の自衛隊員が退出した。



******************************



 その1時間後、この会議室に例の高校生が現れた。


 その高校生、確か名前は淡谷小太郎とか言ったはず。

 体格、容姿は一般的な高校生で見た感じはこれと言って特筆すべき点が見当たらない。


 淡谷君が私のちょうど向かいの席に座った。


「今日はわざわざここまで来てくれてありがとう、君が淡谷小太郎くんで間違いないかな?」

「はい、そうです。それでゴブリンの話を話せばいいですよね?」


 その高校生は私たちの前でも堂々と話を始めた。

 意外と肝は据わっているようだ。


「戦闘になった経緯とどうやって倒したかを詳細に教えてほしい」


 淡谷君は少し考えこんでから、口を開いた。


「えーっと、結構恥ずかしい話なのであまり言いふらさないでくださいね。――」


 最初にそんなことを告げた後に、詳細な事柄を意外にもわかりやすく丁寧に教えてくれた。



「と、まあ、そんなところに自衛隊さんが駆けつけてくれてここに今いるってことですね。あっ俺の聖剣(笑)見ますか? これですよこれ、俺の命の恩人です」


 そう言って、淡谷君は制服のポケットから剣を模し血の付いたキーホルダーを見せ、話を終えた。


 彼、淡谷君の実行した方法は今まで私たちの方法とはまるで違っていた。


 私たち、自衛隊は安全確保を第一にバケモノには近づかないように、常に遠距離で攻撃するようにしてきた。


 しかし、彼はあのバケモノと一対一で戦闘を行ったという。

 バケモノの武器を使用して。


 これでゴブリンの攻略法が分かったかもしれない。


 我々と淡谷君でさらに決定的に違うことと言えば、相手の武器を使って殺したことだ。


 要するに、我々の保持している武器では目などの急所に当たらない限りダメージを与えることができなく、敵の武器を使用すれば致命傷を簡単に与えることができるということだ。


 これは灯台下暗しというべきか、世間体を気にする私たちでは辿り着くことのできなかった答えであろう。


 しかし、これでやるべきことが決まった。


「各隊員に伝えよ。敵の保持している武器を奪えと。武装は銃を装備せずにシールドや警棒などを装備させよ。そして、必ず一体に対して3人以上で取り押さえることで安全をしっかりと確保するのだ! さあ、頼むぞ! ここから反撃の狼煙をあげるぞ!」


 そう私が大きな声で指示をする。


 すると。


「あのー、舞い上がってるところすいません。もう一ついいですか?」


 彼、淡谷君が申し訳なさそうに右手を挙げながら言った。


「どうした?」

「俺もその作戦参加しちゃ、駄目ですかね?」


 いきなり何を言い出すかと思ったら、ふむ。


「申し訳ないが、一般人を戦闘に巻き込むわけにはいかなくてね」

「あー、大変言いにくいのですが、参加させてくれるようでしたらもう一つ重要な情報を教えますよ」


 重要な情報?

 あれで全部の情報を吐いたわけではなかったのか。


「ふむ。取引というわけか。意外と肝が据わっているのだな、淡谷君は」

「ええ、まあ。俺もただで全ての情報を吐くほど馬鹿ではないですからね。で、どうですか?」

「その情報の重要度は高いかね?」


 私は重要度の高い情報であるならばこの提案やぶさかではないと考えていた。


「うーん、そうですね。今すぐ重要になることはないと思いますが、後々には無視できないほどに大きな情報にはなると考えてますね」


 取り引きを持ち掛け、取り引き材料を手元に残しておくあたりこの高校生存外に頭が切れるようだ。

 この提案乗ってみるか。


「わかった、その提案受けよう」


 私がそう答えると、他の議員が声をあげた。


「おい、軽率ではないかね君」

「もう少し吟味するべきだぞ!」

「一度、持ち帰って意見を貰うべきだ!」


「何を言っている! この一刻を争う事態の時にそんな悠長なことをよく言えるな。そんなに気になるならこの件は私の首を懸ける! これで文句ないだろう。」


 俺はバカな議員どもに声を荒げて言い放つ。


 すると淡谷君がクスクスと笑い出した。


「おじさんも大変ですね。こんな頭の固い人たちと一緒なんて。ちなみにこの約束を守ってくれなかった場合は、それ以上の情報提供はしないですからちゃんと守ってくださいね」

「わかった、私が約束しよう」


 すると、淡谷君が席を立ち、ゆっくりと私の横に歩いてきた。


『ステータスオープン』


 彼は急によくわからないことを口にし出した。

 すると、急に彼の目の前に紙状のホログラムのようなものがどこからともなく浮かび上がった。

 彼がそれを見るようにと手を招くので、それを確認してみる。



 【status】

   名前 ≫淡谷 小太郎

   称号 ≫Number 104,396

   スキル≫異世界鑑定Lv.1

   魔法 ≫

   装備 ≫



 すると、そこには彼の名前が書かれており、称号、スキル、魔法、装備とまるでゲームみたいな項目が記されていた。


「こ、これは何かね?」

「いやー、俺にも詳しくは分からないんですけど、ゴブリンがいるとか、いかにもファンタジーやゲームみたいな世界じゃないですか。もしかしたらと思って一人でいる時にステータスオープンって呟いてみたらこんな画面が急に目の前に現れたんですよ。その時は本当にびっくりしましたよ」


「なるほどゲームの世界か。意外と的を射ている表現かもしれないな。そんなのを見せられたら頭の固い人間も柔らかくなるだろうさ。それで他の情報とやらは教えてくれないかね?」


「うーん、まあいずれ教えることですし、構いませんよ。この画面、誰でも出せますよ。もちろんおじさんでも、ステータスオープンと唱えれば」


 誰でもだと?

 私は半信半疑ながらも唱えてみた。

 すると、私の目の前にも彼と同じ物が現れた。



 【status】

   名前 ≫長瀬ながせ 次郎

   称号 ≫Number 6,046,788,932

   スキル≫異世界鑑定Lv.1

   魔法 ≫

   装備 ≫



 よく観察すると、彼とは称号の数字が違うことが分かった。


「この称号とは何かね?」

「いや、僕にもわからないんです。推測でもいいなら話しますが」

「構わない、教えてくれ」

「俺の周りの友達にもここに来る前に見せてもらったんですよ。そしたら、一律俺よりもこの数値が高かったんですよ。大体、おじさんと同じぐらいの数値でした。ここからは簡単です。俺と他の人の違い、それはゴブリンを倒したかどうか。それぐらいしか思いつかないんですよ。それから推測するに、この地球、何らかの変異でゲームのような世界になってしまったのではないでしょうか。そして謎の洞窟。ゲームの世界だとするならば、「ダンジョン」そう捉えるべきです。そう仮定するならば、あのゴブリンたちはそのダンジョンから溢れ出してきたモンスターという可能性も浮上します。どうです私の考えは面白いでしょう。だから、謎の洞窟をもし抑えることができればゴブリンたちも抑えることができるのかもしれないですね」


 かなり突拍子もないことを言っているとは思うが、否定することがなぜかできない。


まだ発表していない情報だが、謎の洞窟の近くでは必ずバケモノの目撃情報が寄せられているのだ。

 それも踏まえるとあながち間違いではないのかもしれない。


「うむ、その話、実に興味深い。バケモノの討伐と合わせて謎の洞窟発見と囲いも任務の内容に含むべきだな。ちなみに他の情報もあるのかな?」

「ありますよ。けど、今日話すのはここまでです。それでは俺も現場に連れてってください。もちろん武器も返してくださいね」


 彼は笑顔でそう言って、この部屋を後にした。


 淡谷小太郎君か。

 実に面白い少年だ。


 この時、私は彼にただならぬオーラを感じていた。



******************************



 それからの日本の政府および自衛隊の対応は功を奏して、ダンジョンから出てきたゴブリンを一体残らず駆除に成功し、さらに現在確認されているダンジョンはすべてその周囲を柵で覆うことに成功した。


 しかし、全ての土地を取り返すことはできなかった。


 北海道では、強い魔獣が続々と各地で出現し自衛隊だけでは抑えきれずに止む無く撤退をした。

 さらに、九州以南も全て奪還に失敗した。


 現在、安全が確保されている所は本土および四国と発表されている。

 特に、東京では完全に魔獣を駆除したことを発表したことにより、東京付近に移住してくる人であふれるという事態にまで陥った。


 北海道および九州以南の奪還作戦では数多くの隊員を亡くしてしまい、自衛隊は急遽隊員の募集を始めたのであった。


 しかし、それでも数が全然集まらずに苦戦していた。


 そこで、政府は苦肉の策として魔獣たちに対抗する手段の情報を全てTV番組を通して開示した。


 そこでダンジョンに挑む者には支援することも発表し、そこで入手した武器などを高価な額で買い取ることも発表した。


 それから少しして、台頭してきたのが『ダンジョン冒険者』と呼ばれる、ダンジョンに潜り、そこで得たアイテムなどを売却することで生計を立てる職業である。


 アイテムは、国が買い取ることもあれば、一部の富裕層にも売れた。


 そうやって少しずつ、ダンジョン攻略の基盤が作られていった。


 それに合わせて、ダンジョン冒険者と呼ばれる職業がメジャーになっていたのである。


 その間、約一年もの月日を要した。


 これほどの短期間で社会を安定させたのは、世界を見渡しても日本だけであった。


 それもひとえに、高校生、淡谷小太郎と日本政府の初動、そして海に囲まれた島国、これら3つの要素が相まって生まれた奇跡とも言えるのではないだろうか。


 否、これが必然の流れだったのかもしれない。

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