第2章 肉塊はヒトの脳を破壊する・・・・筈だった




 金色こんじきの光りに包まれた「ブッダ・釈迦しゃか」が声を上げる。



此処ここを出ます。扉を開けなさい」



 博士がわめく。


「出る、だと ? お前はわしが培養に成功した細胞体のかたまりにすぎん。今は人の姿をしているが、その培養槽ばいようそうから出れば人の形では居られないし生命活動も停止するのだぞ!」



「仕方ありませんね」



ガシャァァアン



 培養槽が砕け散り大量の水があふれ出す。


 そして、金色の光りをまとう物体は人の姿で立っていた。


「バカなっ!」


 博士は驚愕きょうがくした表情を見せている。


脊椎せきつい骨格こっかくが無い生物が何故、立っていられる ? そもそも、あの自重じじゅうをどうやって支えて人の形をたもって居られるんだ ? ヤツには物理法則が適応されないのか!」


 「ブッダ・釈迦」はそのまま上昇し天井の外壁をすり抜けるように夜の闇に吸い込まれて行った。

 金色の光りに包まれたままで。





「おい、何処どこまで行くんだよ!」


 「ブッダ・釈迦」の中に居た阿修羅あしゅらが思わず声を上げる。


「今の現世の情報収集をしたかったのですよ。とても興味深いモノも見つけましたしね。ひとまず地上に降りましょう」


 釈迦はそう言うとジャングルの中に降り立った。

 光りに包まれている姿はそのままである。


「・・・・あのさぁ。アンタは本当にお釈迦様なのか ?」


 阿修羅が恐る恐ると言った感じで尋ねる。


「アナタはどのようにお考えですか ? 宗教と言うモノを」


 釈迦が逆に尋ねてくる。


「・・・・全ての宗教は人が考えて創り出したモノだよ。死の恐怖に打ち勝ち生きていく為に。少なくともアタシはそう思ってる」


「でしょうね。ワタシもそう思います。しかし、それではワタシが使っている「力」は何なのでしょう」


 その言葉に阿修羅が噛みつくように大きな声を出す。


「それだよ! ジジィが言ってたようにアンタがしている事は物理法則に反してる!」


「この現世は単純な構造では無い、と言う事ですよ。この現世にも余剰次元よじょうじげんがあり、仏教ではさとりを開いた者が如来にょらいとなり余剰次元にコンタクトが出来るようになります。この余剰次元では今の現世の物理法則を超えたモノが存在し、それに依って・・・・・・止めておきましょう。ワタシも全てを把握している訳では無いですし」


 阿修羅はフウッとため息をつく。


「あぁ、そう願いたいね。アタシにもワケわかんないから。余剰次元にしても実際にコネクトしないと判んねー事だろうし。あれ ? だけどアンタはコネクトしてるんだよな ? アンタはジジィが造った細胞体を寄せ集めた肉塊に過ぎないのに」


「そこがワタシにも謎なんですよねぇ」


 釈迦は光りに包まれながら他人事ひとごとのように言う。


「ワタシの肉体はアナタが仰ったように人為的に作られた肉塊に過ぎません。しかし、アナタから「仏陀ブッダ」と言うプログラミングをさずけられてワタシは「ブッダ・釈迦」となり如来になっていたのです。ワタシは本物の釈迦では無いのに。それに」



ブーッ ブブーッ ブーッ



 釈迦の声は激しいブザー音でかき消される。


「ヤベェ、ジジィだ」


 阿修羅の声と同時に博士がえる。


「阿修羅、やっと補足したぞ! 何が起きているのかは我々にも理解不能だ。しかし起動したからには当初の計画を進めねばならん。予定していた都市に行き「人の脳内の神経細胞ニューロンを破壊する」テストを実行しろ」


「嫌だっ!」


 ヘッドギアのマイクから聞こえてくる阿修羅の声に博士は狼狽ろうばいする。


「何だと、どう言う事だ!」


「・・・・アタシは最初からそのつもりだったんだよ。ジィちゃん」


 阿修羅の声は続く。


「アタシは人のいのちなんて奪いたくは無い。いな、可能ならどんな生物の命だって奪いたくは無い。命は輝いているんだ。キラキラとした宝石みたいに。アタシはそれを奪いたくは無いっ! 絶対にっ!」



 普段は冷静で勝気かちきな阿修羅の眼からは涙が溢れ出していた。


 阿修羅は泣き叫んでいた。


 そんな阿修羅を見ていた釈迦は、ハッとする。



 もしや、ひょっとして。


 

 そして、その意識は地球から15億km離れた地点に移っていた。



 ソレは土星の周回軌道を抜け地球へと向かっていた。


 




 



 

第2章 完


余剰次元および超弦理論に関しましてはウィキペディア等でお調べ下されば幸いです




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