第1章 その参 肉塊は真名を与えられ起動せり





「あの肉塊にくかいの名前なんて何だって良いだろーが!」



 研究所の博士の部屋で阿修羅あしゅらの声が響き渡る。


 「マイトレーヤ・弥勒みろく」の内部では衣服を身につけていない阿修羅は全裸のままだった。


 その長い銀色の髪を振り乱す真紅しんくの瞳の「彼・彼女」はとても美しい。


 無性体むせいたいである「彼・彼女」の外見は今の7歳の年齢では愛らしい少女にしか見えないが、その立居振舞たちいふるまいは少年のようである。



「バカを言うな。名前は、特に神仏しんぶつにとっては名前はとても重要なんだ」 


 博士は苦虫にがむしつぶしたような顔で言う。


「良いか ? 釈迦しゃかは実在した人物とされている。正確な存命時代は紀元前7世紀から5世紀と複数の説があるが。そして仏教の開祖かいそだ。それに対して弥勒は釈迦の入滅後にゅうめつご、56億7千万年後にあらわれ「世界を救う」とされている。我々が造るとなれば弥勒こそが相応ふさわしい」 


 そんな博士の言葉に阿修羅は、フンッと言った態度を取る。


「でも、ジジィが弥勒と名付けたアイツはアタシ達の呼びかけには全く反応しなかったじゃねーか。この「天才・神童」と呼ばれてるアタシが半年間かけてプログラミングした100以上の「同調プログラム」に反応しねぇ。やっぱりアイツは、あの人の形をした肉塊は弥勒じゃねーんだよ」


 阿修羅は腰に手を当て仁王立ちになって博士を睨みつける。

 

 そんな阿修羅にそっとバスローブをかける30代半ばの女性。


「阿修羅ちゃん、バスローブくらいは着なさい。・・・・お父様、私は見たのです」


 「ありがとう、母さん」と無邪気に笑う阿修羅とは対照的に博士は自分の娘に鋭い目つきを向ける。


「見た ? 何を見たと言うのだ」


 博士の娘は博士の鋭い眼光を真正面から見据みすえる。


「・・・・あの日、お父様があの肉塊を「マイトレーヤ」として登録した時。あの肉塊の足の部分が7回、動きました。そして右手の部分が上を、左手の部分が下を指したのです」


「馬鹿馬鹿しい!」


 博士は大声で笑い飛ばした。


天上天下唯我独尊てんじょうてんげゆいがどくそん、とでも言うつもりか!」


 しかし、そんな博士の声はわずかに震えているようでもあった。





翌日 8月15日 お盆の終日



「昨日の続きから再開する。「マイトレーヤ・弥勒」に同調パルスを撃ち込め」


 しかし、研究員から慌てた声がする。


「ダメです!「マイトレーヤ・弥勒」への全ての接続が却下されています」


「何だとっ!原因をさぐれ」


 こちらも慌てた様子の博士の耳にカン高い阿修羅の笑い声が響く。


「悪いなジジィ。この実践体への接続は今はアタシしか出来ないんだよ。昨日、アタシが仕込んだウィルスにってな!」


「貴様ぁ!何が狙いだ!」


「決まってんだろ」


 涼しい声の阿修羅が答える。


「コイツに、昨夜アタシが改変した起動プログラムを撃ち込むタメだよ!」


「勝手なことをするなぁ!誰かアイツを「マイトレーヤ」から引きずり出せ!」


 しかし、そんな事は阿修羅の意思が無ければ出来ない事は誰もが知っている。


「行くぜぇ。同調プロクラム108改、起動プログラム「ブッダ・釈迦」!」


 人の型をした肉塊の中の阿修羅が発光しはじめた。

 阿修羅は「実践体」を制御する為のヘッドギアを装着しているので自身の発光には気づいていない。プロクラム起動の為に瞬間的波動パルスを撃ち込むトリガーを握る手に力が入る。


 そして、トリガーを引いた。



「いっけえぇぇぇ!」



 パルスを撃ち込まれた肉塊の一部が阿修羅と同じように発光する。


 そして、女性とも男性とも言える穏やかな声が聞こえて来る。



「パルスを確認しました。続いて起動プログラムをインストールします。なお、インストールが完了しましたら起動しますがよろしいですか ?」



「了解、プロクラム送入!」



 阿修羅は「してやったり」と言わんばかりの満足気な声で起動を許可する。



数分後


 

 先程と同じ声が響く。



「起動します。我が名は「ブッダ・釈迦」なり」



 次の瞬間。



「ブッダ・釈迦」はまばゆ金色こんじきの光に包まれた。


 




 





第1章 完






 

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