第40話 自覚する姉

~姉視点~


 7月のある日、私は大学付近のカフェで最近の悩み事をちーちゃんに相談していた。


「―――ってな感じでなんだか最近体がおかしいんだよね。ほんと私どうしちゃったのかな?」


 ちーちゃんは途中に余計な言葉を挟まず、無言で聞き続けていた。そんな彼女は私が話し終わると同時に、飲んでいたカップを机に置き、間髪入れずに一言告げる。


「それは恋ね。」


「……こっ!?………えっ……へっ??なんて??」


「だから恋。」


「………それは魚の?」


「なんでこの流れで魚のコイがでてくるのよ…。恋愛の方の恋よ。」


 ちーちゃんが呆れた顔をしている。


 恋…。私が?美優に??


「………い、いやいやいや。まさかそんなわけないじゃん。ちーちゃんは何言ってるのさ。」


「アタシからしたらアンタが何言ってんのって感じなんだけど。」


「ま、ま、ま、待って、一回落ち着こ?ほら、私のクリームソーダ飲んでいいから。ね、ね?ちーちゃん?」


 私はおかしいことを言うちーちゃんを落ち着かせるために、自分の飲み物をグイグイと押し付ける。ほら、特別に上のアイスも一口あげるから。


「落ち着くのはアンタの方よ。…ふぅ、ちょっと聞きなさい。」


 ちーちゃんはクリームソーダを私に戻し、カップのコーヒーを一口飲んで一息つくと、真剣な表情で私の目を見つめてくる。


「アンタがさっき言ったことをまとめるわね。ある日からふとした時に美優のことを目で追いかけてしまい、言動ひとつで簡単にドキドキするようになってしまった。自分が体調を崩した時は一緒にいてくれて心強かったし、とても嬉しかった。」


「うん…。」


「そして、一緒にいるだけで心の底から安心するし、一緒にいないときは美優のことを考えてしまう。切なくて温かい気持ちがあふれだしそう。これを恋と言わずしてなんていうのよ。」


「……か、家族愛?」


「どう考えてもそれだけじゃないでしょ。」


「うぐっ……。で、でも―――」


 私が否定しようとするも、ちーちゃんがそれを遮って言う。


「でもじゃないわ。アンタのそれは家族愛を超えたものよ。それこそ、どこかのイケメンに片思いする乙女が持つようなね。」


「…そ、そんなわけないじゃん。私が…私が恋だなんて…!」


 私は必死に否定しようとする。


「そんなわけあるのよ。アンタ気づいてた?アタシと話すとき、アンタの話題は美優のことばかりだったわよ?しかもニコニコとあんなに嬉しそうに話してくれちゃって。こっちが嫉妬しちゃうくらいだったわ。まぁ別に嫌ではなかったけどね。」


 気づいてなかった…。


「…じゃあこの気持ちは…本当に恋…なの?」


「そうじゃないかしら。」


 ちーちゃんが再びカップを傾ける。


 どうやら私のこれは恋だったらしい。今までの人生で一度も恋したことがなかったから分からなかった。


「…そっか…。そうだったんだ…。私…美優に恋しちゃってたんだ…。」


 口に出してみると、思ったよりすんなりと腹に落ちた。


 クリームソーダを一口のむ。ひんやりとした感覚が火照った頬を冷ましていく。


「…ふぅ、やっと落ち着いたわね。二人の講義が終わるまでまだ時間はあるし、もう少しゆっくりしていきましょ。」


 時計を見ると、講義が終わる時間までまだ30分以上あった。


「それと、まぁなんていうの。アンタは高校であんなことがあったし、なかなか恋愛に対して否定的な意識があったのは分かるけど、そろそろ幸せになってもいいんじゃないかしら。相手は美優なんだから、そこらへんは安心できるでしょうし。」


「…うん。」


「それにね陽菜、これだけは覚えておいて。アタシは何があっても、どんな時でも陽菜の味方よ。今日みたいに相談してくれれば、いつだって力になりたいと思っているわ。もちろん、陽菜の恋も応援したいと思ってる。」


「うん。ちーちゃんが私の味方なのは高校の時から分かってる。本当に感謝してるよ。ありがとう。」


 私は本当に良い親友を持ったと思う。


「ええ、どういたしまして。アタシみたいに良い女がアンタの近くにいてよかったわね?」


「ふふっ、ほんとにそうだね。」


 お互いに微笑みながら美優と萌ちゃんの講義が終わるのを待つ。




 私は今日、人生で初めての感情を自覚した。

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