scarlet 2

『グレグスン』

 シャーロックホームズシリーズに登場するキャラクターのひとりで、警部だ。

 そしていま、私のスマートフォンに映し出されているその名前の持ち主は、私がシャーロックホームズを知るきっかけとなった、数少ない高校時代からの友人である。

 その頃からだったが、彼は小太りだった。背丈もそれほど高くはないが、丸い顔は可愛らしいやつだった。

 私が彼と出会ったのは放課後の食堂だった。そこはよく、学校のちょっとしたワルなやつらや、バイトまでの時間つぶしなんかで使われていたのだが、私は別にバイトをしているわけでもなかったし、素行が悪いわけでもなかった。

 なんというか・・・・・・音が欲しかったんだ。

 ワルたちの喧騒、奇声、ヒマつぶしでスマートフォンを操作するタップ音、それらの音が、学校で過ごすうえで私のストレスを緩和してくれる唯一のものだった。

 常人であればそんな音は雑音にしかすぎないだろうし、なにより・・・・・・そんな中で本なんて読めるものじゃないだろう。私は読んでいた。好きだった刑事ドラマの原作小説をね。

 そんなところに彼はやってきた。ガラガラと食堂のドアを開き、ワルたちが少しばかり睨みを利かせる中、彼は真っ直ぐに私の方にやってきたんだ。

 気にもせず本を読む私の前に、ドカッと荷物を足元に置き、私の正面の椅子にこれまた同じように、その重たそうな体を預けた。

 それでも少しも見向きもせず本を読んでいると、関心でもしたのか彼は言った。

「すごいな、目の前にぶっきらぼうに座ったやつがいるのに、見向きもしないのかい?」

「座るだけなら気にする必要がない。別に私の椅子じゃないし。君が今、私の読んでいる本に手を掛けて、取り上げるような真似をしようものなら、少しは興味を持つだろうね」

 話しかけられたの渋々答えた。

「わーお、マネキンじゃなかったよ。ほら、本を読んでるマネキンとかあるじゃん?」

「嫌味を言いたいなら好きなだけどうぞ。それと、向こうの不良集団に気を付けるんだな。やつらの中には・・・・・・おっと、世話焼きがきたぞ」

 私に絡んできた彼のもとに、ひとりの不良が歩いてきた。

 髪は金髪、耳にはピアス、右目の下に切り傷の跡が残ったその男は、なにがどうしたもんか、私の古い友人だった。

 なにかと私の事を気に掛けてくれるやつで、私がこんな性格なものだから、ちょくちょく喧嘩を振られていれば、どこからかやってきてはそいつらを蹴散らしてくれる。右目の下の傷はそのせいでついた。

「おい」

 別にそういう目的できているわけではないであろう彼に、友人は圧を掛けるように言った。

「こいつになんか用かよ?ええ?本読んでるだけだろ?」

 私の友人が少ないのは私自身の問題だけではないだろう。全く、手は出してくれるなよ。そう思っていたら、小太りの彼はこう言った。

「うん、だって彼の読んでる本は、今流行の刑事ドラマが文庫になったやつさ。視聴率は二十パーセント強、間違いない最高のドラマさ。いいよね、独特な雰囲気あってさ」

 彼は私の事よりも、私の読んでる本に興味があった。さすがにバツが悪くなったのか、友人はすっかり黙ってしまった。

「ねえねえ、そういうさ刑事ドラマ物の本が好きならさ、これは読んだことある?」

 そう言って彼は足元の自信のカバンから、一冊の本を取り出した。赤い表紙の本だった。

「シャーロックホームズ。名前くらいは知ってよね?」

「ああ、知ってる。読んだことは無いがね」

「うそ!マジで?読んでみなよー、貸すからさー」

「今はこれを読んでる」

「読み終わった後でいいってー」

 そう言われて無理やり押し付けられるように、その本を貸された。

 私に本を貸し付けるや否や、彼は満足したのかルンルンな足取りで食堂を出ていった。

 家に帰った私は、彼に貸されたその本を読んだ。

 シャーロックホームズの鮮やかな事件解決、それを織りなす様々な人間ドラマが、私をすっかり魅了した。

 それが、私のシャーロックホームズとの出会いだった。

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