ミスターホームズは眠りたい 1

ム月 北斗

scarlet 1

 退屈。

 人生とは、ヒマをひたすらに延長し続けるものだ。勉学、労働、育児、介護と、どれだけの時間をも費やすものだろう。だが、考えて欲しい。いや、一度なら考えたことがあるはずだ。

『こんなことに何の意味があるのか』と。

 例えばそれは学生、どれほどに勉学を積んでもそれは、将来的に何の役に立つだろうか。数学が日常生活で役に立つか、算数がせいぜいだろう。古語が役に立つか、ときおり四字熟語を使うのが関の山だ。歴史は、理化学は、技術や工学は、一般的にどう使うだろうか。

 それらが役に立つとするならば、日常のほんの一コマ程度でしかないのだ。

 人の人生は短い。現代医術が発達しても、百年近く生きるのがやっと。ましてや、今の社会で長生きして、それこそ何の意味がある。

 ならば、自分の好きなように生き、無様に死ぬ。これこそ人生の極みではないか。

 私は大学には進学しなかった。十八年の年月、勉学に励み続けた。もういいだろう、そう、イヤになったのだ。高卒程度の給料なんてたかが知れたもの、多種多様な税金という懲罰を受けた私の給与明細は、数少ない趣味の競輪に使えば一瞬だ。

 そんな雀の涙でも、私にはやりたいことがある。

 自費出版だ。どんなに安いところでも、最低金額はおよそ十万円ほど。

 しかし、私には強い味方がいた。私が幼い頃からやっている地元の本屋だ。『小木曽書店』、もとは印刷会社だったが本屋になった。幼い頃からの仲もあってか、店長の小木曽氏にはよくしてもらっている。いつかは出版したいものだ、とつぶやいたところ、「なら、うちの機械使ってフリーペーパーでやってみるか?」と誘われた。

 ひと月に一度か二度、機械で作ったみすぼらしいそれを、レジ横に十部ほど置かせてもらっている。一冊百五十円、名も知らない著者のそれを買う者などまずいない。

 だが、不思議と売れるものだった。「誰が買っていくんだい?」と聞いたところ、小木曽氏はこう言った。「ヒマなじいさんやばあさんさ」バツが悪かったが、納得はした。売上金はそのまま私に全額渡される。初めのうちは機械の使用料を払おうとしたが、その度に「気にすんな、もってけ」と突っぱねられた。まぁ、貰ったところで安い金額か、そう思うほかなかった。

 時は経ち、私は三十代を迎えていた。相も変わらず、安月給の会社でせこせこと働いている。小木曽書店の店長も天寿を全うした、今は息子さんがやっている。こちらも変わらず、私の趣味に付き合ってもらっている。おそらく読者の何人かは、先代店長と同じところにいることだろう。

 退屈だ。窓の外を見れば、もはや枝には葉はない。剥き出しの黒々とした枝と幹があらわになっている。

 わずかな休日だった。静かで、平穏で、決して満たされることのない日だった。

 私のスマートフォンが鳴り響くまでは――――――


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