第4話 〝シエラ〟 【読手】
「私、この〝シエラ〟のように、私をちゃんと見てくれている人と結婚する!」
ある日、私は娘に《灰色の輝き》という物語を読み聞かせた。これはもう一人の私の物語だ。
「そうね。いつかきっとあなたの良さをしっかりと理解してくれるいい人が見つかるわ」
私は幼い頃に母を亡くし、父の再婚相手である継母にそれはキツく躾けられてきた。いや、躾という名の虐待か。
「この本はね、私の生きる希望だったの」
「きぼう? ママも辛かったの?」
「⋯⋯そうね。今なら辛かったと言えるわね。けど、当時はそんな感情すらも押し殺して生きてたの」
子どもは無邪気で、素敵なエンディングしか記憶に残らないというけれど、けれど私は家事を押し付けられても、それをしっかりとこなしていたシエラに驚いたのを今でも覚えている。
「どうして物語なのに辛いことが起こるんだろうって、そう感じて一度は本を閉じたわ」
「えー! それじゃあシエラも辛いままだよ〜」
そう。娘の言うとおり、物語は読み進めることで登場人物たちは先に進める。なら途中で投げ出した物語はどうなるのだろう。シエラも辛いまま、幸せになる未来があるとは知らないままだったのではないか。
「私はこの本をお母様に買ってもらったわ。シエラの境遇を読むのが辛くてすぐに読むのをやめてしまった。⋯⋯けれど、父が再婚して同じような境遇になった時、シエラはどう思っていて、どうなったんだろうってまた読み始めたの」
「ママはこの本を読んでどう感じたの?」
私は娘の頭を撫でて、この物語を読んでいた時のことを思い出しながら話します。
「物語には終わりがあるって当たり前のことのようだけど、それは当たり前じゃないの」
「うん。わかるかも」
「ふふっ。───この《灰色の輝き》はね、無理やり物語を終わらせている気がしない? それでいてハッピーエンドなんて笑っちゃうわ」
私はバッカみたいって感じたのよ。この作品を書いた人も、その時の私自身も。
「だからね、私も終わらすことにしたのよ。シエラのように辛いことに耐えて待つだけじゃ現実は何も変わらないからね!」
この物語のおかげで過去を終わらせて自分を高めた先に今があると思う。そんな変わった私を好きになってくれた旦那様がいるんですもの。誰かに好いてもらうために一歩踏み出さなくてどうするの?
「じゃあ、明日からお皿洗いを手伝って貰おっかなー」
「え〜⋯⋯」
「ほら、誰かに認められるって地道な努力の積み重ねなんだから頑張りなさい」
この子には苦労はさせたくないけど、それでも娘自身が輝けるように私はこの子を磨いていこう。灰色の輝きを放つその日まで
──────
「溱、さすがにシエラの物語は投げすぎじゃないかしら」
「そんな事ないさ。ちゃんと読手もわかってくれたみたいだよ」
読手もオレの書いた
「本来の物語はさ、こんな辛いプロローグから苦労して成り上がるんだけど」
原典を読んだ時オレは気に入らないと思った。何がとかじゃなく物語のテンプレートが、だ。
「どうして更に苦労しなけりゃならないのさ。命懸けの冒険や王子様と結婚なんてシエラは望んでたか? オレはそうは思わない」
だから自分の思い描く
「今までのシエラをちゃんと見てくれていた人、そんな人が救い出してくれるだけでいいと思うんだよ」
オレは自分の書いた終わり方はハッピーエンドであると自負し、後悔はない。
「それに、〝誰かが助けてくれるなんて思って自分の価値を示さない〟のも気に入らない」
「欲張りね⋯⋯。それであの改変?」
姉さんの言葉にオレは頷く。シエラは家事をしている姿を見て惚れられたのだ。ただ閉じこもっているだけの人だったならオレはハッピーエンドをわざわざ望まない。
「そうだね。あくまでシエラはたまたまご子息の目に留まり惚れられた。だからハッピーエンドに繋がった。そんな物語に書き換えたんだよ。───だからこの物語に深い意味はない。ただ、シエラは運良く幸せになりましたってだけだから」
読手の彼女もそれを感じ取って〝バッカみたい〟と思ったのだろう。だって、こんなものは物語ですらないのだから。
「本当に今を変えたいなら〝自分の物語を書き続けろ〟と、これは物語だからハッピーエンドで終わっただけだと」
雑に投げ出したような終わり方、その意味を
「私はやっぱりプリンセスとかの話がいいかな。まあ、こういうのはこれまでにどんな物語に触れて来たかで変わるんだろうけど」
「なら姉さんが書き換えてみたらいいんじゃない? 物語を自分の思うハッピーエンドにするのが
オレがそういうとハッとしたように筆を手に取り別の原典を書き換え始めた。
「あーーー! 溱の話を聞いたせいでプリンセスにするのに抵抗ができちゃった! んーーー、プリンセスに憧れてる子の話探して改変してくる!」
姉さんも自分の思い描くハッピーエンドに書き換える。
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