違和感は紫煙と共に

第6話 初任務

「初の任務はここ――アルペンという街の近くに位置する廃村に巣食っている魔獣の討伐だ」


 ロイドが討伐機関に所属してから七日後、彼と相対するようにしてヴァレンは手元に広げた地図の一部を指差していた。彼らの所在は王都から離れて、王国領の中心辺りに存在する街――ラインハイム。機関の任務範囲は王国領の全てなので、移動が一番早く出来る王国領の中心の街に拠点を作り、二人は素早く移動していたのだ。


 そんな二人は今、初任務について話している。内容は当たり前に魔獣の討伐なので説明は省き、これから確認していくのは任務の詳細だった。


「魔獣の詳細は分かっていますか」


「ああ。どうやら醜鬼らしい。遠目からだが……緑色で人型の姿が確認できたとのことだ」


「醜鬼ですか……面倒ですね」


 思わずロイドは僅かに顔を顰める。なぜなら醜鬼という魔獣は群れるのだ。しかもかなりの数で。


 単体であれば普通に弱いので、歯牙にもかける必要ない。だが、弱くても群れて数が多くなると厄介なことになる。いくら実力のある兵士であっても、数で押し切られると呆気なく死ぬのが現状なのだ。もちろん、ロイドも例外ではなかった。


 また、醜鬼は名前の通り姿が醜い。背丈は子供ぐらいだが、肌は緑色でぶよぶよしており、顔も黄ばんで妙に尖った歯が目立つ。おまけに人型。自分たちに近い人型ということも相まって、醜鬼は魔獣の中でも五指に入る程に嫌われていた。


「ところで……誰が調査をしたんですか?」


「冒険者だ」


 ロイドの質問にヴァレンは答え、続ける。


「私たち討伐機関はあくまでも魔獣討伐が主な任務だ。故に調査に関しては冒険組合の方に委託した。下手に私たちが調査して失敗するより、初めからその道の専門家に任せた方が良いからな」


「冒険者……あの頭のおかしい奴らですか。確かにそうですね。奴らならば魔獣が相手でもしっかりと調査できる」


 納得したように頷くロイド。彼の脳裏には、猛獣や自然などの脅威をものともせず、人類の未踏破地を調査したり古代遺跡に潜ったりする冒険者の姿が映っていた。


 当然ながら、それだけでまともな収入を得ることは出来ないので、冒険組合に入ってくる依頼を受けて生活している。だが、彼ら冒険者は未知の世界を見ることに快感を抱くようなある種の異常者だ。

 自分の命を顧みず、刺激を求めて冒険する。人によっては馬鹿な奴らだと見下すが、ロイドとしてはああはなるまいと思いつつも心の底では羨ましく思っていた。


「お前にはまずアルペンへ行って、そこの代官から現状を聞いてもらいたい。そして何も問題なければ、手配した冒険者の案内で廃村へ行ってくれ」


「仮に問題があった場合はどうすれば?」


「問題にもよるから一概には言えないが……まずは代官の判断を仰いで欲しい。ただ代官が魔獣について理解していない場合がある。議論する中で、何か違うと思ったのならばお前の判断で動け」


 ヴァレンは真剣な顔のまま続ける。


「私たち討伐機関に命ずることが出来るのは陛下のみ。だから臨機応変に、最善または次善の結果になるように動け。わかったな」


「了解。ではその通りに俺は動かせてもらいます」


 基本的に組織というものには、どうしてもしがらみがある。そのため、上手く動けずに最悪な結果をもたらしてしまう可能性があった。しかし討伐機関は違う。最悪な結果にさせないために、指揮系統を極限まで絞ったのだ。


 討伐機関を動かせるのは総司令のヴァレンと国王のただ二人のみ。出来るだけ最速で効率的に魔獣を殺せるようにした体制である。また、このことから、少なくともヴァレンと国王は本気で魔獣をどうにかしようと考えていることが分かった。


「本来ならば討伐機関の人間であることを証明する何かを渡すのだが……あいにくまだ作っていない。だから私が直筆した書簡を持って行ってくれ」


 既に用意していたようで、ヴァレンは書簡をロイドに渡す。書簡はしっかりと封印が施されていて、中身を第三者が見れば一発で分かるような作りになっていた。


「そして……」


 続いてヴァレンは戸棚の引き出しから一着の服を取り出して、ロイドとの間にある机に置く。


「これは……」


「制服だ。広げて見てみろ」


 言われた通りロイドは服を手に取って広げる。色合いは漆黒。素材も高級なものを使っているのか、肌触りが良くて伸縮性が高い。そして何より目に留まったのは、背部に大きく施されている刻印。おそらく剣を題材としているのだろう。少し格好良く形を崩していることで、凛々しい印象を受けた。


「この制服には防刃、防火、衝撃緩和、温度調節、魔術耐性……五つの術式が組み込まれている。そこらの鎧より遥かに防御性能は良いはずだ」


「確かに……術式の詳細は良く分かりませんが、組み込まれていますね」


 ロイドは魔術が不得手だ。強化や自己治癒といった単純な魔術は長年の鍛錬の末に使えるようになったが、他はさっぱりである。だから、どのような効果のある術式が組み込まれているのか、一切わからなかった。


 とはいえロイドはそれで良いと思っている。魔術を十全に使えたら確かに便利ではあるが、魔術は才能が八割の世界なので、無いものねだりをしても仕方がない。持っている手札で勝負するしかないのだ。


「ところで……これを作るのにいくらほど掛かったんですか?」


 何気なく尋ねるロイド。この手の知識は乏しいとはいえ、術式が組み込まれている服が貴重なことは知っていた。


「大金貨三枚。つまり三百万だ」


「三百っ……!?」


 予想を超える金額にロイドは驚愕して、思わず手元の制服とヴァレンの顔を交互に見る。服が三百万。たかだか服に三百万。術式が組み込まれていて高性能だということは分かるが、服に三百万。ロイドは頭の中でジャラジャラと硬貨が音を立てながら崩れる音が聞こえた。


「俺は組織の運営とか良く分かりませんが……予算とかあるのでしょう。大丈夫なんですか?」


「当たり前だ。討伐機関の最高責任者を思い出してみろ」


「最高責任者……ああ、そういえば国王でしたね。ならばやりたい放題ですか」


「いや、流石に予算云々は陛下だけでは決められない。上層部で会議をしなければならない仕組みだ。ただ、陛下の意向が重いのは正しいけどな」


 割と国の在り方に多様性がある現代において、この国は国王を為政者とする君主制だ。故に国王の力というものはかなり強い。大雑把な感覚で言えば、上層部全てと国王個人は互角の力を持っている。


 つまり討伐機関に対する命令権と同じで、国王の意思や意向によって左右されるということだ。それが良いのか悪いのかロイドには分からないが、ヴァレンのことは信用と信頼をしているので、そのヴァレンが何も言っていないということは何も問題ないのだろうと思っていた。


「ああ、忘れていた。これも使え」


 自分が関わっている状況の規模に思考を異世界に飛ばしていたロイドに、ヴァレンは一足の靴を机に置く。


「もしかしてこれも……?」


「防刃、防火、衝撃緩和、温度調節、魔術耐性、この五つの術式が組み込まれている戦闘用の靴だ。因みにこれは大金貨一枚、つまり百万ほど掛かった」


 もう何も言うまい。ロイドは金銭感覚が麻痺していくのを感じながら、金額の大きさを考えることを止めた。自分はこれを身に着けて魔獣を殺すだけ。他のことはヴァレンに任せればいい。


 心なしか手に持っている服が重く感じ、机に置かれている靴が煌びやかに見えてしまうが、ただの服と靴だと思おう。でなければ戦闘中に脳内で硬貨が弾けて集中が阻害されてしまう可能性がある。


「さて、話を戻そう」


 ヴァレンの一言でロイドの思考が切り替わった。


「急で申し訳ないが、今日中にアルペンへ向かって欲しい。馬や物資の方は既に準備済みなので、制服に着替えて武器を用意するだけだ」


「了解。準備が出来次第、出立します」


 魔獣は人を襲って食う。いつアルペンが醜鬼によって襲われるか分からない。だからあの地獄をもう二度と作らないために、可能な限り早く行動する必要があった。


「頼んだぞ」


「お任せを」


 二人は目を合わせて頷く。五年以上、死地を共にしてきた彼らの間に余計な言葉は要らない。魔獣を殺し、人々を守る。兵団の頃とは少し異なる活動だが、軸の信念は変わらない。


 討伐機関。そこに所属する魔獣を殺す専門家、通称<討伐者>。ロイドはこの時を境目に、兵士から討伐者に変わった。

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