第2話 旅に出た先の異変

 最後の全体会議が終わり、いよいよ兵団が解散となった。といっても荷物を片付けて撤収するのには、ある程度の時間が必要である。完全に王都へ帰還するには、数日ほどかかる見込みだった。


 ヴァレンによる解散宣言の後、元兵士たちは思い思いに過ごしている。仲間と談笑したり、将来の展望を語り合ったり、思い出話をしたりと様々だ。そんな中、ロイドは兵舎の一室にてヴァレンと対面していた。


「どうだった? この五年間は」


 普段より少し雰囲気を柔らかくさせたヴァレンは尋ねる。ロイドは斜め上に目線を向けて考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「……良い五年間でしたよ。もちろん……いま思えば、ですが」


 無難にロイドは答える。これは誤魔化しているわけではなく、間違いない本心だ。全てが終わった今、ロイドは確かに良い五年間だと思っていた。


「ならば良かった。あの時、お前を勧誘したのを後悔する必要はなさそうだ」

「……本当に感謝してます。おそらくヴァレンさんに勧誘されていなかったら、どこかで野垂れ死んでいたでしょう」

「あの時のお前の顔は死んでいたからな。それに、勇者候補だった奴を逃すわけにはいかなかった」

「勇者候補……懐かしい話ですね」


 かつてロイドは勇者を育成するための学び舎、育成学校に通っていた。育成学校に入る条件は完全実力主義であり、身分は関係ない。まあ勇者を育成するといっても、その実は異なり、殆どの人間が騎士を目指していたのだが。真面目に勇者を目指していたのは、現勇者とロイドの二人だけだったのだ。


 元々ロイドは魔王軍によって故郷を滅ぼされて、肉親を殺されている。故に魔獣を憎み、魔王を憎み、勇者を目指すようになった。その原動力の大部分は復讐心だ。ただ、少しだけ勇者への憧れがあったのも事実だが。


 対する現勇者は故郷も滅ぼされておらず、家族も失っていない。客観的に考えれば、ロイドとは真逆で恵まれていて、勇者を目指しているのも所詮は憧れているだけだと思われるだろう。だが、現勇者は少しばかり……いや、かなり色々とおかしな人間だった。


 現勇者は孤立していたロイドにしつこく話しかけ、いつの間にか一緒に鍛錬をすることになっていたのだ。実力もロイドと遜色なく、好敵手として互いに高め合える関係だった。更には性格もすこぶる良くて、嫌いになれる要素がまるでない。だから自然とロイドは現勇者と仲が良くなった。


 二人の関係は好敵手であり、同士であり、友人だったのだろう。ロイドは絶対に認めないが、間違いなく二人はそのような関係だった。


 現勇者が聖剣を引き抜くまでは。


 そもそもの話、勇者と認められるためには聖剣を引き抜く必要がある。もちろん今まで一人も聖剣を引き抜けた人間は存在しなかった。どんな実力者でも、どんな馬鹿力でも誰一人として叶わなかった。


 だが、現勇者は引き抜いた。育成学校を卒業して、勇者の選定を行う場で引き抜いたのだ。その場の誰もが予想しなかっただろう。何故なら、数百年間で引き抜いた者はおらず、半ば形だけの儀式となっていたのだから。


 しかしただ一人、ロイドだけは現勇者が聖剣を引き抜く予感を抱いていた。勇者候補は自分と現勇者だけなのに。理屈は分からないが、自分ではなくて現勇者だと感じていたのだ。


 そして予感通り、現勇者は聖剣を引き抜いた。


 ロイドは嫉妬や悔しさに塗れ、まともに現勇者と話すことが出来なかった。いや、辛うじて頑張れよとは言ったかもしれない。ただその後は現勇者と会うことなく、ただ惰性で生きていた。


 それをどこからか聞きつけたヴァレンがロイドを誘ったのだ。対魔王軍防衛兵団に来ないか、と。

 

 だからヴァレンはこうしていつもロイドを気にかけていた。

 

「これからどうするか決めたか?」

「いえ……特に何も考えてないです。なにせ、魔王がいなくなったので」


 ロイドの生きる原動力は、魔王に対する憎悪と勇者に対する僅かな憧れだけだった。いつかこの手で憎き奴を……ただそれだけだったのだ。


 だが、もう魔王はいない。憎悪を向ける相手がいない。つまり、生きる理由がなかった。


「まあ……しばらくは旅でもしようかと思います」

「……死んだりするなよ」

「直球ですね。懸念する気持ちはわかりますが、俺は自ら命を絶つことはしませんよ。絶対に」


 頬を僅かに持ち上げてロイドは目を落とす。


「そんなことをしたら両……いや、俺の為に死んでいった人たちに顔向けができない……」


 別にロイドは死に急いでいるわけではない。精一杯生きるという気概は依然として持っているし、絶望もしていない。ただ、生きる理由という名の人生を歩く為の燃料がないだけだ。


 それに彼は沢山の人達の命を犠牲にして助けられて来た。両親、同村の人、兵団の仲間……実に数百にも及ぶ数の命によって。

 

 彼の背中には命が乗っている。故に自ら命を絶つなんて暴挙をしでかす訳にはいかなかった。


「といっても、やりたいことも特に無いのも事実。だから休養がてらふらふらと旅をするっていう訳です」


 金は呆れるほど沢山あり、時間も湯水のようにある。今は空っぽの状態だが、旅をすれば何か見つけることが出来るかもしれない。ふと思いついたにしては最適とも言える予定に、ロイドは薄らと期待していた。


「……私はお前ではないからありきたりな言葉しか言えないが……良いんじゃないか?」


 ヴァレンも同意を示す。

 彼としてもロイドが旅に出て何かを見つけることを期待していた。


「そう言ってもらえて良かったですよ。心置きなく旅に出れます」


 軽く息を吐いたロイドは続けて立ち上がる。


「では、そろそろ失礼します」

「ああ」


 もう十分に言葉は交わしたと思い、ロイドは立って部屋を後にした。




***




 魔王討伐から一年後。ロイドの姿は北方諸国の一国、アルゼナ王国にあった。


 現在、彼は街から街へ移動している最中であり、早く移動するために街道ではなく森の中を歩いている。よくある灰色の外套を身に纏い、背嚢を背負い、腰に下げられているのは一本の直剣、所謂ブロードソードと呼ばれるものだ。


 兵団に所属して魔獣を殺していた頃は、主にロングソードやファルシオンを使っていたのだが、流石に旅をするには嵩張るので小さ目なブロードソードを持っていた。


 因みに、ロイドは他にも様々な武器を所有している。その数は実に百超え。魔獣の種類によって最適な武器が変わるので、沢山所有している。加えて、ロイドが武器好きというのも理由の一つだった。


 今、所有している武器は元団長のヴァレンが預かってくれている。もう魔獣は消えたので使うことは無いだろうが、捨てるのはもったいないという精神だ。中には質が良い武器もあるので、金に困ったらそれを売って工面できるだろう。まあ白金貨五枚を使い切ることは無いと思うが。


 ふとヴァレンは今、何をしているのだろうかとロイドは考えた。旅に出る前、最後に会った時は、確か王国の騎士団に勧誘されていると言っていたはずである。ならば今は騎士団で、あの理不尽な力を犯罪者に振るっているのだろう。王国の犯罪者はご愁傷様だ。


 また、元羊飼いの巨漢、アレスはどうしているのだろうか。彼も最後に会った時は、白金貨五枚を元手に牧場を経営すると言っていた。おまけに結婚もしたいと言っていた。あのガサツな奴が結婚なんて出来るのか、とロイドは疑問を抱いている。


 いずれにせよ、ロイドは何もない空っぽな自分よりはマシだと思っていた。骨董無形でも、子供の夢見事でも、前に進む原動力があるのは素晴らしい。もう一年も旅をしているのに、何も変わらなかった自分だからこそロイドは痛感していた。


「はぁ……」


 ロイドは思わずため息をつく。久しぶりに過去を思い出して憂鬱な気分だ。基本的に無表情なロイドだが、その心の中は騒々しい。よく勇者に不器用だと言われたものだ。もちろんその後は首を絞めてやったが。


 その勇者とは六年以上も会っていない。勇者が聖剣を引き抜いて魔王討伐の旅に出た時から一度も会っていない。これは別に喧嘩をしている訳ではなく、ただロイドの面倒な考えによるもだった。


 勇者は聖剣を引き抜き、魔王討伐を成した。対して、自分はただ兵団に所属して魔獣を殺していただけ。つまり何も成していない。勇者は性格が良いので何も気にしていないと思うが、ロイドとしては会う顔がなかったのである。


 憂鬱な気分になると、行く手を遮る草木が余計に邪魔に感じる。これならば大人しく街道を歩いた方が良かったか、と思った時。


 悲鳴が聞こえた。


「――っ」


 意識を一瞬で切り替え、慣れ親しんだものへ。思考する間もなく、ロイドは悲鳴の方を目掛けて駆け出した。

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