chapter 24
田利本ガリアは周囲に誰もいないことを確認すると、常盤サクラへの暴行を開始した。
それは、かつてシキシマ秀典が彼女の執着ゆえに命を落としたことへの報復だった。
だが次第に、彼女を痛めつける拳の嬉々とした力み具合に田利本は困惑した。
――やがて田利本は理解した。
田利本は、サクラのために自身の全てを捧げて世界に挑んだシキシマ秀典の覚悟と、その心身を全人類の未来のために捧げた常盤サクラの覚悟とを重ねていたことを。
そして、常盤サクラをもう一度、いや、かつて装置に入れられていた時のそれ以上に痛めつけてやることで、再び、それに抗うように強い命を、敵意を、闘志を生み出してくれることを期待していたことを。
サクラはうんともすんとも言わなかったが、拳ぶつける度にそんな期待感は募っていった。
「……し……て」
――⁉
声がした。
常盤サクラが声を出すことの意味は知っている。
発音するためには肺と舌に力を入れ、喉に息を擦りつけなくてはならない。
彼女は今、その苦痛に耐えて、何かを言おうとしている。
そのことに激しい興奮を覚えた。
「ころ……して……」
……?
この女は、いったい何を言っているのだろうか。
まるで意味が分からなかった。
それだけの強い命を燃やして、その命を絶やすことを望むのか。
いや、分かっている。
死に迫るほどの凄まじい苦しみがあってこそ、強い闘志は生まれるのだ。
なんのリスクもなく、輝きだけが得られるなんてことはない。
だから、一定の確率でこういう消極的な結果に帰結してしまうのも致し方ないことなのだ。
「殺し……殺……殺して……」
絶頂に達しかけていた熱が、急速に引いていくのを感じた。
そうして再び、虚ろに回帰すると、なにか凄まじいものが現れてきた。
その凄まじいなにかに従って、常盤サクラの額に銃口を押し当て、引き金を引く。
銃声が頭蓋骨に反響して頭全体に響くような感覚。嗚呼!
「……お前は、なにも分かっちゃいない」
そうだろうか?
「いや、まずは褒めてやろう。お前は人の苦しみという複雑な反応と、その価値とをばっちり分かっている。それはとてもとても凄まじいことだ。だが、せっかくだ……お前にはさらなる人間の素晴らしさについて知ってもらう課外授業をやってやる」
人間の価値は、苦しみだけではないということか。
「そうだ。苦しみの先にはさらなる奥深く、味わい深い反応が待っている。それは単体の人間の内で完結するものではなく、もっと沢山の人間同士の間に起こる、相互的な、見栄えのする、激しい反応だ」
ほう。
「ついてこい。いや、そんな時間的、空間的な命令は無意味か。まあいい。僕がその素晴らしさを教えてやる」
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