chapter 14

 研究所跡地を後にした田利本は、シキシマがアーマーでつけた足跡を辿りながらガレージを目指した。


「おい、おいお前さん……お前だよそこの」


「え……」


 男の声に、田利本は振り向く。


「そうお前。その娘はなんだ?」


 みすぼらしい服を着たその男の目は、ぼんやりとサクラを捉えていた。


「なにって、保護したんですよ」


「ハハハ、まあいいがね。それじゃあ目立つだろうよ」


「あ」


 田利本は、自分が全裸の幼女を抱えて歩いていたことに気づいた。


「その羽織ってる服でも着せてやればいいじゃないか」


 着ていたパーカーをじっと見る。

 黒のパーカーだ。


「それは……できない」


「まあ、確かに。今日は冷えるからなぁ」


「ええ」


「とはいえ、売り物が駄目になってもいかんだろうよ」


「いえ、これは僕の嗜好品です」


「ん? ハッハッハ、そうかそうか! いやぁ、兄ちゃん。真面目そうな顔して面白いこと言うねぇ!」


「あなた、買いたいんでしょう」


「へ? まっさかー。俺が盛りがついて見えるかよ?」


「今時、珍しい元気さだとは思います」


「言ってくれるねぇ。だが所詮はカラ元気さ」


「あの液体が出回ってから、みんなそうですよね」


「ああ。まさか娼館が潰れるとは誰も思わなかったろうさ。それぐらいみんな飢えを忘れちまった。アンタのそれも、あの頃の青さを思い出したいってやつだろ?」


「そんなところです」


「俺もちょっと前まではアンタと同じこと考えてたよ。けど……」


「虚しいだけだった?」


「ああ、そうそう。いや、虚しさを思い出しちまうって感じかな。生きてるだけで丸儲けとはよく言ったものさ」


「それ、意味違いますよ」


「今はそういう意味さ。生きる以上を求めだすと、かえって疲れて損しちまうってな」


「もし僕が、上位のSAKURAを持ってると言ったら?」


 SAKURAには一般市民に無償配給される下位モデルと、警備員を含む施設の職員や一部の有力者にのみ与えられる上位モデルが存在する。

 その違いは濃度である。


「ああ……欲を思い出せるんだったか。一年前の俺なら喉から手が出るほど欲しがっただろうが、今じゃその欲すら消えちまった。ああ、それで女抱えてたのかアンタ」


「違いますよ。冗談です」


「フッ、だろうな。じゃあな」


 下位モデルのSAKURAを摂取しつづけたものは、身体機能の異常を伴うことはなく、ただただ次第に体力と気力だけが失われていく。

 その様はまさに命を吸われたようであった。

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