chapter 5

「ただいま」


 隠れ家のガレージに帰ったシキシマを出迎えたのはサングラスをした青年だった。


「シキシマさん、無事だったんですね! 起きたらシキシマさんいなくて、今日侵入するって言ってたのに武器も全部置きっぱで――」


「そこにある武器をいくら持ってったって、寄せ集めで栄養失調気味の警備員はどうにかなっても、あそこの最新式の防衛設備には歯が立たないさ。だから……」


 シキシマはポケットから装置を取り出した。


「こいつを取りに行ってきた」


「それは?」


「サクラのDNAマップを組み込んだ生体回路バイオサーキットだ。こいつでアレを完成させる」


「蛋白質を動力源に、パワードスーツを動かすんですか?」


 シキシマは着ていたパーカーを椅子の背もたれにかけた。


「ああ、お前にはまだ言ってなかったな。SAKURAシステムが蛋白質を合成してるって話、ありゃ嘘だ」


「え……」


「どうせ誰も成分を解析できやしないから、SAKURAを手っ取り早く普及させるために絶滅した蛋白源の不足を補うものとして発表されたが……まあ、実際補っちゃいるんだが、蛋白質じゃない」


「なぜそんな嘘を」


「オカルトだからさ」


「オカルト?」


「そうだ。多くの人間は、量子力学的な世界観を信じている。そして、それはたぶん正しい。この身体も、あれも、これも、全部素粒子で出来てる。だが、それが全てでもない」


「素粒子をさらに分解できると?」


「そういうことを言ってるんじゃない。つまり……この宇宙の秩序において、そういう量子力学な自然法則がすべての根底にあって、俺たちが認識している光や、音や、においや、あるいは感情なんかも、全てはその表象に過ぎない。そういう考え方を信じているだろ、俺たちは」


「そう、ですね。確かに」


「だがもしもこの世に、『人間』という対象に対してのみ働く法則があるとすれば?」


「それは……たとえば人間の脳と意識の関係だとか、霊魂だとかいう話ですか?」


「そこについては俺も分からないが、ともかく俺は人間の周りで頻発する量子力学的なイレギュラーを観測した。そいつはダイナミックで、それでいて人間の精神の連続性や肉体の機能性に一切の異常を及ぼさない繊細さを兼ね備えていた。加えてその発生条件は、物理的なものではなく、あくまでも人間中心的な語りの文脈に依存する。これは説明のために持ち出す仮の例なのであって、今からいうことを試したってなんでもないんだが――たとえば人間の手から採取して間もない表皮細胞同士の接触、あるいは現に血の通っている手と手の接触であってもただそうしただけでは起こらない、なんなら接触といわず全くその通りの動きをしたって起こらない現象が、互いに心の底から敬愛の念をもって『握手』をした時にだけそれが起こる――というような話だ。そう、まるで、人間を人間として認識して働きかけているかのように」


「それは……オカルトですね」


「だろう? 俺はこの働きを、REFLEXと呼んでいる」


「つまりSAKURAシステムというのは、REFLEXを利用して人間に『命』を与える仕組みということですか?」


「ああ。なにしろ旧来の科学とは全く異なる体系の力だから、俺も原理を完全に理解しているわけじゃないが、あれは人の『苦痛』という感情に反応して『力』――もしくはお前の言うように『命』というべきか――を与えるREFLEXと、『命』を『尿』に溶かすREFLEXを利用したシステムだ。研究所じゃそれを利根川の水で何千万倍にも希釈してパックに詰めてるってわけさ」


「するとシキシマさん、その生体回路は……」


「REFLEXにコイツをサクラのような適正ある人間と誤認させて、動力源にする。田利本、俺は電力変換器と安定装置を作るからお前は……」


「炉心の出力に合わせて武装を最適化するんですね。推定出力と目標構造物の破壊数値を」


アシュロンのデータはこのMDで確認してくれ。出力のほうは実際にテストしてみないことには分からんが……」


「そのテストはいつ?」


「今すぐにでも」

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