第5話
「昨日の今日よ!? 私の注意なんて気にも留めてなかったってことでしょ! 昨日は私もなあなあで済ませてあげたけど、今日もあんたに邪魔されるなんて、もしかしてあんた、あいつらとグルでなにか企んでるんじゃないの!?」
当然のように源治まどかは殊勝じゃなかった。
放課後。真央が念のためにと旧校舎を回ってみれば、先日と同じ光景が繰り返されていた。場所こそちょっと違ったが、内容は
適当に会長の気を引いて豪雲寺らを逃し、不服そうな会長と共に生徒会室へ戻ってみれば、針を指した風船みたいに破裂したというわけだ。
「会長。ものには言い方ってもんがあります。たとえ正論だとしても、いきなりキャンキャン吠えられて素直に『なるほど全くその通りだ』と頷く男子高校生が、はたして何割くらいの確率で存在すると思うんすか?」
返答は言葉よりも右拳の方が先だった。
鋭い踏み込みと体重移動、なによりも躊躇というものが一切ない右拳が真央の腹部に直撃する。
「うっさいわね! 誰が獰猛なチワワよ!」
「痛ってぇな! 言ってねーよ!」
「言ってるのか言ってないのかどっちよ!? 言ってなくても思ってるじゃない!」
「思ってねぇすよ、獰猛なチワワなんて」
何故ならチワワはかわいい。
しかし会長は全くかわいくなかった。容姿を除けば、だ。容姿に関しては、険悪な感情を抱いている最中の真央であっても認めないわけにはいかなかった。
「だいたい、ああやって見逃してやるから図に乗るんじゃないの! 職員室にでも連行して、学園主任に突き出してやればいいのよあんなもん!」
「随分と横暴ですね。それが全校生徒の模範たる生徒会長の行動ってわけだ」
「はあ? 私が間違ってるっていうの!?」
「ああ間違ってますね。全くもって間違ってる。会長の行動には致命的な間違いが存在しますね。ファミレスの間違い探しよりも簡単だ」
「言ってみなさいよ!」
売り言葉に買い言葉の連続で、言葉の物価が
真央は五秒前に殴られた腹を指先で示し、わざとらしいドヤ顔をつくってまどかに近づけた。偉そうに腕組みしてふんぞり返っているまどかに対しては、身長の関係でちょっと屈む必要があったし、まつ毛めっちゃ長いなこいつ、と一瞬思ったが。
ともあれ、だ。
「会長はたった今、暴力を行使しましたね。校則には暴力禁止なんて書かれていない、なんて言わないっすよね? こんなもん、一般常識だ。刑法にも違反していることでしょう。あんたは今、過ちを犯したんだ」
「ぐぬぬ!」
実際に「ぐぬぬ」と口に出すやつを初めて見たので、怒りのボルテージが大幅に下がったのを真央は自覚した。
しかし……とにかく続ける。
「自分の正しさを主張するために、正しくない手段を選んだ。人は矛盾するんすよ。豪雲寺くんにも、なにか事情があったかも知れない。あんたはその事情を聞こうともしなかった。『自分は正しいから、手段は多少正しくなくてもいい』――これが矛盾でなくてなんですか? あんたの口がキャンキャン吠えるためについてるのでなければ、相手の話を聞くってことができたはずだ!」
「うるっさいわね!」
左の拳が真央の腹に突き刺さった。
「今日は帰ります! 仕事にならないので! 白神真央、あんたは事務仕事をちゃんと片付けてから帰りなさい! いいわね!」
キャンキャン吠えながら鞄を引ったくるように掴み、全人類が『怒り』を感じるであろう歩き方で、源治まどかは生徒会室を出て行った。
残されたのは、腹を押さえて跪く白神真央と、冷たい目で真央を見つめる残りの生徒会メンバー。
「……白神君、ものには言い方ってものがあるよ」
と言ったのは、会計監査の先輩。
全くその通りである。
◇◇◇
古代の哲学者がイデア界とその影たる自分の世界について考えたように、真央もまた源治まどかについて考え込んでいた。
「……師匠、今日は気分が優れないのですか?」
怪訝そうに首を傾げるレイナの言葉で、はっと我に返る。せっかく『
それは低燃費という真央の主義に反するものだ。
いや違う、今はレオだ。金獅子のレオは低燃費を主義としていない。ぶっちゃけカッコよくないのを真央とて自覚している。
レオはやや考えてから思案げに見えるよう指先で自分の顎をなぞり、それから苦笑を漏らして「実は……」と続けた。
「仕事上の上司が厄介な方でして、そのことで少しばかり心労が溜まっているようですね。せっかくのゲームだというのに、申し訳ない」
「いえ、そんな! その……気持ちは……たぶん、判ると思います」
「優しいのですね、レイナは」
「それは師匠の方ですよ」
と、何故か苦笑を見せるレイナだった。なにか引っかかるようなことを言ってしまったのか、とレオは考えたが、よく判らなかった。
「ワタシは……全然ダメです。今日も注意されちゃいました。もしかしたら、もう愛想を尽かされてるかも知れません」
しゅん、と落ち込んでしまうレイナ。
なんとなく、お互い長話になりそうだと予感した真央は、地面を見つめているレイナの手を取って歩き出した。『嘆きの丘』では無限にモンスターが湧いてしまうが、特定の地点でのみ、モンスターが近寄れないよう設定されている。
丘の頂上あたりにある異様なほど背の高い針葉樹。その近くまで歩いてからレイナの手を離し、レオはアイテムボックスからレジャーシートと二人分のロイヤルミルクティーを取り出し、当たり前みたいに腰を下ろした。
「たまにはいいでしょう? VRゲームは優れたコミュニケーションツールでもある。私は実際には近くにいないが、こうして近くにいる。隣に座ることも、ね」
言って、レジャーシートの隣をぽんと叩く。
レイナはちょっとだけ笑んで、そこに腰を下ろした。
話は長く――そしてくだらなかった。
お互いにそのことは、たぶん判っていた。
誰の悩みだって、傍から見れば大抵くだらないものだ。
ときには吐き出す場所と相手が必要で、それは何処でもいいわけではなく、誰でもいいわけでもない。そういうことだ。
レイナは自分が上手くやれないこと、上手くやりたいのに、どうしても自分を曲げられないことを悔やんでいるようだった。
その後悔を見れば、真央としても源治まどかに対してちょっと言い過ぎたかなという後悔が首をもたげないでもなかった。でもちょっとだけだ。左右の拳が重いロリ会長に、間違ったことを言ったとは思っていない。
しかし『自分は間違っていない』と言い張るのは、それこそ源治まどかと同じではないか――とも、思ってしまう。
せめて……そう、せめてレイナのように悔やむ素振りでも見せてくれれば、真央だって言い方というものを考えられたはずだ。
「レイナのような人が上司だったらよかった」
「ワタシも……師匠みたいな人が諭してくれたらよかったのに」
思わずこぼしたレオに、レイナも思わずというふうにこぼす。
お互いなんとなく笑ってしまって、いつもは凛々しいレイナのやわらかな微笑に、ほんの少しだけ真央はどきりとした。
そうして、いつしか話の中から愚痴の比率が薄まり、消え、その後にはただの他愛ない会話が残された。
どんな映画が好き、どんな本が好き、子供の頃にこんなことがあった、身近で尊敬している人物。実はネットに詳しくないというまどかに、吟遊詩人のソアラはバーチャル配信者をやっているんだ、なんて話も。
いつしか丘の向こうに見える地平線に日が沈み、幻想世界の夜が訪れる。
満点の星々と、マナが描く幾色もの光芒。
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