第4話
ファンタジー世界である『
特に用もないのにログインしてしまうのは真央に限ったことではなく、そもそも体感型VRゲームとしての世界観がよく出来ているのだ。ほとんど戦闘を行わず、最初の街でずっと商売をし続けて『市民』みたいに過ごす者もいるという。
戦闘システムも面白いゲームなので、真央――金獅子のレオには、その感覚はよく判らない。しかしそういう『市民』たちのおかげで街の露天を見回る楽しみが発生しているのも確かだ。
プレイヤーたちが介入することによって、市場経済が混沌化したのだ。
ゴミのようなアイテムに高値がつくこともあれば、その逆も然りだ。無数のユニークアイテムが存在するゲームなので、レオのような廃人プレイヤーにも珍しいと思う代物が売られていることがある。
そんなわけで、レオは街の
行き交う人々の数はかなり多く、その活気は真央が暮らしている地方都市の繁華街よりも栄えているくらいだ。
目的なく露天商を冷やかしているだけでもそれなりに楽しく、装飾用のアイテムなんかはプレイヤー謹製の一点ものが多い。
「――師匠! なにをしてるんですか?」
と、不意に背中から声をかけられて振り向けば、女騎士レイナが立っていた。
「やあ、こんにちは。さしてやることもなくて、露天を冷やかしていたところです。そちらこそ、どうしたんですか?」
「ワタシもウィンドウショッピング――と言いたいところですが、ログインしてみたら師匠のマーカーが近くにあったので」
照れくさそうに、やや遠慮がちに微笑む。
レオは紳士たる『金獅子のレオ』らしく微笑を返し、こほんと咳払いを挟んでから、彼女の意を汲むことにする。
「ならばどうでしょう、弟子のレベリングに付き合うというのは?」
「い、いいんですか!?」
「前回は遅刻してしまいましたからね。黒狼の討伐でレベルやスキルポイントも上がっているでしょうし、そうですね……『嘆きの丘』あたりは如何ですか?」
ファストトラベル地点のあるフィールドを提案すると、一にも二にもなく頷くレイナだった。師匠呼ばわりは最初こそ戸惑ったものの、レオ――というよりは、その中身の真央としては、レオの格好良さを認められているようで素直に嬉しかった。
「よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げるレイナに、レオは微笑んで首肯を返した。
◇◇◇
「そういえば師匠は聖剣を持ってるって聞きましたけど、普段は使っていませんよね。『
「ああ、聖剣の方は普段はデータ化してアイテムボックスに格納してますよ。ショートカットで即時顕現させることもできますが、私のレベルだと『鈍』を使わないと戦闘を楽しめませんから。こちらはこちらで重宝しています」
「なるほど」
「運営主催の公式大会がありまして、その際の優勝景品が聖剣でした」
「すごい……そんなさらっと言っちゃうんだ……」
「え? なんですか?」
「あっ、いえ。でしたらその『鈍』の方は?」
「古代竜討伐のイベントがあったときのものですね。少人数で討伐したおかげでかなり大量の素材が手に入りました。このコートと『鈍』を、知り合いの鍛冶師と錬金術師に頼んで創ってもらいました……っと、そろそろ湧きますね」
中位のレベリング場所として有名な『嘆きの丘』は、そこかしこに古びた剣が突き立った広い丘である。まるで墓標みたいに。
特徴としては無限にモンスターがリポップすること。
適正レベル以下でこの丘を越えようとすると、無限湧きしたモンスターに集られて死ぬはめになる。
このゲームのデスペナルティは、所持アイテムからランダムで何種かを落とすというものだ。『
そんなわけで、人呼んで『嘆きの丘』である。
無論、適正レベルを超えていればそこにいるだけでモンスターが無限に湧いてくる親切な狩り場でしかない。
レオの指南もあり、レイナの戦闘技量は同レベル帯では上位に入るだろう。ゲーム特有の癖、例えば『DC』では耐久力と生命力の概念などの知識要素を下敷きに、とにかく反復してモーションに慣れることだ。
このあたりは格闘技と、そこまで違いはない。
実際、格闘技もVRで訓練するのが現代では常識になっている。なにしろ本気で殴り合っても怪我をしないのだ。興行としてVR空間で行われる『武術VS格闘技』なんてイベントも一時期は流行していた覚えがある。ルールのない武術を本当にノールールの場所に招いてみれば、その技術があまりに地味かつ実戦的すぎて興行としてはあまり盛り上がらなかったようだが――それはさておき。
湧いたモンスターを倒し、またモンスターが湧くのを待つ。
その間隔は長すぎはしないが、一瞬というほどに短くもない。
結果として、レオとレイナは散発的な雑談に興じていた。
少し融通の利かないところはあるものの、レイナという人物はレオにとって話しやすい相手だった。頭のおかしい
「師匠はなんていうか……すごく頼りになりますよね」
ふとそんなことを言われて、レオは曖昧に笑うしかなかった。それは頼りになるカッコイイ男を演じているのだから、頼りになるように思われるのは嬉しいが。
しかし、白神真央が頼りになるかと言われれば、自分でも疑問だ。
あれこれ頼まれごとをされたり、お節介を焼くことは多いと思うが……自分が頼りがいのある男かというと、また別の話だと思う。
「うちのメンバーも、頼りになるんですよ」
ぽつりと、雨粒がひとつこぼれたような声音でレイナは言う。それから自分の発言にハッとした顔を見せ、少し考えるようにして続ける。
「その……ワタシ、高校で生徒会に入っているのです」
意外な吐露だった。こうしてリアルのことをうっかり話してしまう程度には気心が知れたのかと思えば、レオとしては別に嫌ではなかった。
「へぇ、レイナさんが生徒会に。ちなみに役職は?」
「お恥ずかしながら、生徒会長を務めています」
「それはそれは。優秀なのですね」
当たり障りのないレオの感想に、レイナは苦笑を返した。
「だったらいいのですけど……自覚はあるんです、ワタシって融通が利きませんから。それになんだかトラブル体質みたいですし……」
ふむ、とレオは顎に手を当て、ちょっと考えてから言った。
「しかしそれは、貴方に通すべき筋があるからこそ、それを譲れずに融通が利かないという結果になっているのでは?」
「かも知れません。でもそんなワタシを、生徒会の仲間は助けてくれるんです。ワタシと違って融通の利きすぎる人ですけど……でも、きっとワタシよりずっと頑固」
「それは、どうしてそう思うのです?」
問いに、レイナは自嘲と喜色をちょうど半々にした笑みで答える。
「だって……ワタシにあれこれ言う人って、ワタシにあれこれ言い返されて、すぐ嫌になっちゃうんです。よくないことだと判ってるんですけど……でも、その仲間は、そんなワタシに、それでもいろいろ言ってくれるんです」
飾り気のない本音だ、と判る。
素性も知らないゲーム内の相手だからこそ、漏れてしまう類の本音。
「良い仲間じゃないですか」
と、本心からレオは言った。
うちの生徒会長様も、このくらい殊勝だったらいいのにな、と思いながら。
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