第8話 回想、大嶺舞③
暗い場所にいる。
葉月に連れられてここに来て、いったいどれほどの時間が経っただろう。
ここは『●●』だ。シアター・ルチアの中だ。それだけは分かる。
「ここにいてね。私が『良い』って言うまで、ずっとよ」
葉月はそう言って、笑って、ドアを閉めて、外から鍵をかけた。
お腹は空かない。喉も乾かない。ただ、ぼんやりとしている。
暗闇に目が慣れることもない。私はいつまでここにいればいいんだろう。
葉月はいつ、『良い』って言ってくれるんだろう。
『花々の興亡』はどうなるんだろう。
私は良いスタッフじゃなかったから、不田房先生は大して困っていないだろうな。むしろ、私がいなくなったことであの──鹿野とかいう名前の、長い付き合いの彼女を堂々と起用できてラッキーって思ってるかもしれない。それは、半分は、私が悪いんだけど。
10年前、私が高校生の時にシアター・ルチアは完成した。でも、シアター・ルチアの持ち主である祖父の会社──株式会社イナンナが率先して公演の企画を立てたことはなかった。正確には、柿落としの一回だけだ。イナンナは、舞台を持っているくせに舞台に向いていない。所詮は
だから今回、ルチア10周年の記念として、10年前の『タイタス・アンドロニカス』の翻案作品である『花々の興亡』を上演するっていうのは、異母兄で現社長の内海
葉月がオーディションに参加したかどうかは知らない。気が付いたら、ゾエ役として出演が決まっていた。私も本当はアガト役として出演予定だったのだけど、オーディションで決まった
「いいじゃない、演出助手」
不貞腐れる私に、葉月は微笑んだ。彼女はその頃、私の部屋に住み着いていた。ソファの上で私に膝枕をしながら、
「
「何それ……」
『花々の興亡』の演出を担当するのは、不田房栄治。男性の演出家だ。私は男の人、全然好きじゃない。もう好きにならないって決めた。葉月だって知ってるのに。
「舞に骨抜きになったら、私が食べてあげる」
葉月は、平然とそういうことを言うようになった。もう何も隠していないんだろうな、と思う。たとえば、自分が人間じゃないこととか。
「食べるの?」
「うん」
「不田房って、そんな価値ある?」
「うーん……顔付きはそんなに好みじゃないけど、演出の才能があるのは、いいよね」
陶器のようにつるりとした白い顔。真夜中の星みたいにぽつんと光る黒子を指先で撫でながら、葉月は呟いた。
「葉月は」
こんなこと聞いちゃだめだ、と思いながらも、問わずにはいられなかった。
「みんなを食べて、何になりたいの?」
「……知りたいの? 舞」
葉月が笑う。白い犬歯が覗く。
「これはね、仕返しの仕返し」
私の髪を撫でながら、葉月は呟く。
「舞にだってどうしても我慢できないことって、あるでしょう?」
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