第6話《 旅立ち》
《目が覚める。いつもと違う朝。子供たちはすやすや寝息を立てている。音を立てないように外に出た。鳥が囀り首を掠める風が心地よい。スピードを上げ息が上がるまで走る。頭にはしっかりともう一つの記憶が残っていた。別世界で生きる自分、別人格のようだが間違いなく俺だった。今まで感じた事もない不思議な感覚。でも不快な感じはしなかった。今俺が考えることはあと1年後にどちらの世界で生きてゆくか考える事。……言うまでもなくこっちの世界だろう。ここには俺の大事な家族がいる。俺が守るべき存在、俺を必要としているのはこっちの世界だろう。トレーニングを終えて家に帰ると子供たちが俺を探していた。
「ハル兄、あそぼー」
「畑に行こー」
子供たちが俺の周りに集まる。
「もうご飯食べたのか?」
しゃがんで目線を合わせる。
「まだ食べてないよー。一緒に食べよー」「わかった。準備手伝おうな」
「手伝う!」
元気に返事をして家に戻る。みんなで協力して準備をして食事をした。片付けを終わらせると子供たちが手を引いて外に連れ出した。「まずは畑に行くよー」
そう言って俺の手を握って走る。楽しそうにはしゃぐ姿を微笑ましく感じた。子供達は一日中俺を色んなところに連れて行った。畑の他に花壇、森の遊び場、かくれんぼにいい隠れ場所、景色のいい場所など様々なところを見て回った。全部周り終わる頃には辺りはだいぶ暗くなって来ていた。子供たちと手を繋いで帰る。玄関の扉を開けると突然大きな音が聞こえた。
「ハル兄、お誕生日おめでとー!」
子供たちが飛びついてくる。そうか、今日は誕生日だったか。こっちこっちと手を引かれ中に入る。お誕生日おめでとうと書かれた紙と飾りで部屋は飾られていた。「ここに座って」と案内され椅子に座る。「これケーキ」と紙に書かれたケーキをもらう。それに続いて他の子たちも「おめでとー」と折り紙や絵を渡してくれた。俺が外を回っている間、交代で案内しながら準備してくれていたのだろう。この子たちなりに一生懸命考えて準備してくれたと思うと目が熱くなった。そのあと皆でで食事をした。自分達の分も少ないのに「これあげる」と差し出してくる。
「俺はお腹いっぱいだからみんなで食べな」と断っても「あげるの!」となかなか譲らない。感謝して全員から少しずつもらった。夜は疲れてしまったらしくすぐに眠ってしまった。オリバーと一緒に眠った子供たちを部屋に連れていく。
「オリバー、やっぱり俺はこの孤児院のために生きるよ。それが俺のやりたい事だよ」
今までずっと思っていたが、今日改めて実感したことを口に出す。
「そうか、子供たちが起きてしまうかもしれないから部屋で聞こう」
部屋に行くとオリバーが口を開いた。
「ハルト。お前が子供たちのために頑張ってくれていること、本当に感謝している。ただ、お前はまだ子供だ。助けなきゃという義務に縛られる必要はない」
「義務だなんて思ってないよ。本当に俺がやりたくてやっているんだ」
思わず口調が強くなる。
「ここはお前が守るものがあるかも知れないが、お前を守ることはできない」
「そんなの……」
そんなこと気にしたこともない。守って貰いたいなんて思ったこともない。黙る俺を見てオリバーは優しく続けた。
「旅に出なさい。そこで仲間と出会い、背中を預けられる仲間を見つけなさい。ここに戻ってくるなと言っているわけではない。お前は優しすぎる。下の子たちのお手本になるように我儘は一切言わなかった。きっと人を頼ると言うことを知らないのだろう。旅に出て、お互いに助け合える仲間を見つけなさい」
オリバーにとって、子供たちにとって俺は必要ないのだろうか。何も言えず黙っているとオリバーは続けた。
「……一年間。少なくとも一年はここを離れて行きたいところに行きなさい。私たちのことは考えなくてもいい。お前が今まで助けてくれたおかげで数年は生きていける。ここのことは気にせず色んな人に出会い色んな経験をしなさい」
「そんな急に」
「急じゃないさ。前から考えていた。お前が心配せずとも旅立てるように準備していた。子供たちにも話してある。今日あの子たちと一緒に過ごして感じただろう。野菜を育てたり、山に行ったり、あの子たちも自分達で生きていける」
「オリバー……」
オリバーは優しく笑った。
「そんな顔をするな。ずっと会えないわけじゃない。帰ってきたらまた旅の話を聞かせてくれ」
そして俺に何かが入った袋を手渡した。
「少ないが持って行け。あの子たちが育てた野菜に木の実、そしてお金だ。これは私たちからの誕生日プレゼントだ。これを持って旅に出なさい」
「ありがとう。みんなにお礼を言いたいけど顔見たら行きたくなくなっちゃうかもしれないからもう行くね」
オリバーは優しくそうしなさいと頷いた。その夜月明かりが照らす中、オリバーに見送られて俺は旅に出た。もらった袋にプレゼントのメッセージや絵を大切にしまって。彼らには見せまいと我慢していた涙が静かに頬を伝った。》
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