第5話 はじまり
スマホのアラームで目が覚める。
学校に行く準備をしようとして気が付く、ああ今日は休みか。もう一度寝ようかと思ったが目はすっかり冴えてしまっている。何をしようか。勉強か……いや本を読もう。まだ読みかけの本があった。それを読み切って新しい本を探しに行こう。本を読んでいるとノックする音が聞こえた。扉を開けると義母が立っていた。後ろには義弟も。
「えぇと、今日みんなでご飯食べに行きたいんだけど……。椛くん今日午後予定どうかな?」
「あー今日は出かける予定なので大丈夫です。3人で楽しんできて」
「……そう、予定があるなら……」
義母の返事も歯切れが悪い。僕がいても気まずいだけなのに。
「……お兄ちゃん」
義弟が何か言いかけたが僕と目が会うとモジモジして逃げてしまった。義母があとを追いかける。一体なんだったんだ。
スマホと財布を持って本屋へ向かう。日中でも大分涼しい。のんびり歩いると昨日通った道のことを思い出した。真っ暗な道の先にあった灯り。あそこには何があったのか気になった。よし、行ってみよう。
記憶を辿り昨日行った場所までたどり着いた。さらに奥まで進むと木々が生い茂っている場所があった。真っ暗に見えたのはここか。木々が周りを囲むように生えていて中はよく見えない。神社だろうか。中を伺っていると突然後ろから声をかけられた。
「ここが入口じゃ、早く入りなさい」
びっくりして振り返ると綺麗な白髪頭のおじいさんが立っていた。
「あ、いえ用事がある訳ではないのですが」
「いいからついてきなさい」
このままついて行っても大丈夫だろうか。
「ここは何なんでしょうか?」
「古本屋みたいなものじゃ」
その言葉について行くことを決めた。
なんとなく着いて言った方がいい気かした。
木々が視界を遮りそこだけ別世界のようだった。少し歩くとレトロな喫茶店のような家がぽつんとあった。窓がなく中を伺うことはできない。周りの木が高いせいで気が付かなかったけど近づくと想像以上に大きかった。気がつくと先に歩いていたおじいさんの姿が見えなくなっていた。おそらく中に入ったのだろう。僕も恐る恐る扉を開けた。
「……失礼しまーす」
思わず小声になってしまう、そんな空気が漂っていた。
薄暗いオレンジ色の光が辺りを照らす。
窓が一切無いせいか自然光が入ってこない。時間の流れを感じない場所。カウンターや小さなテーブルが手前にあり、奥には階段と天井まで届きそうな本棚に本がぎっしりと詰まっていた。本好きには天国のような場所。薄暗くてはっきりとは見えないが将来はこんな所に住みたいななんて考える。近づいて見ようとするとおじいさんがどこからか出てきた。
「これを持っていきなさい」
そう言ってランプを手渡した。
「ありがとうございます。上も見ていいですか?」
「何処へ行くも自由じゃ。好きなように」
そう言うとまたおじいさんは暗闇の中に消えていった。ランプを持って本棚へ向かった。
見たこともない本が一面に広がっていた。最も驚くべきことは表紙がどれも同じだったこと。著者も出版社も書かれていない。焦げ茶色の分厚い表紙にページも目次も記されておらず、ただ黒いインクで文字が綴られているだけだった。気になった1冊を手に取りページをめくる。これは……伝記か?いや1日ごと細かく書かれている。伝記というより日記か?目を通すと違和感を感じた。なんというか本人が書いている気がしない。まるで第三者が客観的に記したような印象だった。
そして内容もまるで別世界の人の話のようだった。なんだこれは。小説にしてはストーリーがない。他の本も開いて見る。今度は日本人の名前だった。生まれてからの記録が事細かに記されている。気味が悪い。普通の物語本はないのか。別の本棚も眺めてみるがやっぱり同じような本しかない。どうゆうことなのか、ここはなんなのか知るためにあのおじいさんを探す。彼はカウンターで静かに本を読んでいた。1文字1文字を辿るように指を添える。声をかけようか躊躇っていると顔を上げた。
「どうしたのじゃ」
本を閉じ後ろの棚にしまった。
「それってなんの本なのですか?」
彼が一際大切そうにしているそれが気になった。
「これは……、ワシの大切な大切な本じゃ」
彼は一瞬目を伏せて言った。
すぐにこちらに目を向ける。
「何か聞きたいことがあったんじゃないのか」
これ以上は聞かないでくれと言われた気がした。
「えっと、ここにある本って何なんでしょうか。細かく人の生活が記録されているようなんですけど」
「それはな、選ばれなかった世界の物語じゃ。もう誰も覚えていない、はなから存在しなかったことにされた世界の記録じゃ」
「……選ばれなかった世界?」
おじいさんの言葉は1ミリも理解出来なかった。首を傾げる僕に彼は続けた。
「人は夢を見る。それは当たり前のこと。その日見たもの、自分の経験、思考に影響されて脳が作り出すいわば幻影じゃ。実在せず、自分の意思でコントロールすることはできない。起きた瞬間に忘れてしまうことがほとんど。たとえ覚えていたとしても次の日には綺麗さっぱり忘れてしまうだろう。しかし、ごく稀に、でも確実に、それをコントロール出来る者がいる。自分の意思で行動することが出来るのじゃ」
「そんなことできる人がいるのですか?夢なのに」
「彼らは夢を見ているのでは無い。実際にふたつの世界を生きているのじゃ。本人には自覚がないことがほとんどじゃろうがな」
僕の理解の範疇を超えた話で返答に困る。ただこの場所が醸し出す空気が本当なのかもしれないと言っている。
「でもそんな話聞いた事もないですよ。本当ならニュースになっているはず」
「ここにある本は選ばれなかった世界の物語だと言ったじゃろ。彼らはある年齢になると自分が生きてゆく世界を選ぶんじゃ。そして選ばれなかった方の世界は自分が元々いなかったものとして流れてゆく。本人も周りの人間も覚えていない。それに……、もし仮に誰かに伝えたとしてそれを信じる者もいないじゃろ」
さっき見た数々の本を思い出す。この世界ではない記録もあった。
「そして、この場所は記録の場所であると同時に告げる場所でもある」
「告げる?」
「ああ、彼らはここにやって来て真実を知るのじゃ。自分があと1年で生きる世界を決めるということをな」
「それって……」
「ここに来たと言うことはお前さんもそうだということじゃ。ここの他にもうひとつの世界でも生きている。11月2日。今日はお前さんの17歳の誕生日じゃろ。今から1年後の11月2日の零時までにどちらの世界で生きていくのか決めるのじゃ」
困惑する僕におじいさんは本を手渡した。
受け取ると一瞬眩い光に包まれた。と同時にもう一つの自分の世界の記憶が流れ込む。
「来年の今は自分が生きる世界を決めているはずじゃ。いいか、今すぐ決める必要はない。これから一年かけて自分がどうしたいかじっくり考えるのじゃ」
いつの間にか手に持っていた本は消えていた。暗くなってきたからもう帰りなさいと言われて自分が思うより長くここにいたことに気がついた。
ぼんやりと歩いていたら家についていた。鍵を開け自分の部屋に入ると扉をノックする音が聞こえた。
扉を開けると父親が立っていた。
「遅かったな。本屋に行ってきたのか?」
「うん」
本当はちょっと違うけど説明も面倒だから適当に頷く。それだけ?と言いたげな僕を見て父親は慌てて続けた。
「そうか、今日はきっともう疲れているよな。夕食をみんなで食べに行こうと思っていたんだが」
「僕は家にいるから3人で行って来なよ」
「今日は椛の誕生日だろ。そのお祝いだから今日疲れているなら明日にしよう。明日は予定ないか」
「あっ、うん。特に何もないけど」
「じゃあ今日はゆっくり休みな。……誕生日おめでとう」
そういうと父は部屋を出て行った。今日は色んなことがありすぎて頭がごちゃごちゃだ。もう寝よう。横になり布団をかぶった。
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