51 江郷逢衣は断裁する。

『続いてのニュースです。人型兵器改めアンドロイドを開発し、東京都内の破壊工作に関与した疑いがあると見て、警視庁はロボット工学研究員、江郷大助二十八歳を指名手配に指定しました。ほんのわずかな情報提供でもお待ちしております』


 四時五十六分。警察組織が新たに結成した特殊部隊が、江郷大助が潜伏しているとされているテナントビルの前に集結した。調査によると、二階から四階はフィットネスジムが運営されているが、この建物には地下が存在している。エレベーターにあるボタンを特定のパターンを押していけば、地下へと降りる仕組みとなっている。


 あのアンドロイドを開発し、それを使ってテロ行為を行う悪逆非道を見逃すわけにはいかない。江郷大助を拘束し、非人道的兵器を止めなければ被害は増えていく一方だ。

 隊員達は意を決し、気付かれない様に地下を降りていく。地下は薄暗く、管や線が無尽蔵に伸びており、如何にも怪しい研究をしている様な雰囲気を醸し出している。

 奥まで進むと、扉が待ち構えていた。隊長が先陣を切ると音を殺して前進し、ゆっくりと壁に耳を当てて中の様子を窺った。


「……」


 ハンドサインを送り、一気に突入。雪崩れ込む様に部屋へと入り込んだ。


「……そっちはどうだ?」


 しかし、中には誰も居ない。隊員達以外の気配すら無かった。部屋中を隈なく捜査しても、手掛かりになる様な物は一切無かった。それどころか、証拠隠滅とばかりに中の機材や装置は破壊されていた。収穫無し、とばかりに隊員達は大きく首を横に振った。


「……くそっ! 何処へ行ったんだ!」



 遡る事、八時間前。大助は雄一郎から受け継いだデータによる秘密兵器を完成させる事に成功した。琢磨の方も逢衣の修理を終わらせていて、準備は万全に整った。一刻も早く愛依を止めて、このアンドロイドの叛乱を終わらせなくてはならない。


「……大ちゃん大変だよ!」


 琢磨はハッキングも駆使し、様々なメディアから地上の情報を集めていた。その中でも目を疑ったのは、大助が指名手配されている事であった。裏でどんな工作がされたのかは分からないが、このアンドロイドのテロ行為の首謀者にされていたのである。


「愛依の奴、考えやがったな」


 此処を特定されるのも時間の問題だろう。一先ずこの研究所を放棄しなくてはならない。スレッジハンマーを逢衣に渡し、機器類を破壊させていく。


「……琢磨、ちょっとだけ待っててくれ」


 そう言うと大助は洗面所へ向かうとバリカンを手に取り、ボサボサの頭を何の躊躇いも無く刈り上げていく。気休め程度に変装する為であり、気合を入れ直す為でもある。 


「琢磨、忘れ物無いな?」

「大丈夫!」

「逢衣も大丈夫か?」

「問題ありません」

「よし、出るぞ」


 必要最低限の荷物を手に取り、大助達は地上へと昇る。都内中央部はアンドロイド達が占領しており、徘徊していると聞く。闇夜に紛れ、逢衣達は一旦安全な場所へと移していく、のだが大助はふと歩みを止めて琢磨の方へと振り返った。


「……琢磨。俺が頼んだことが終わったらよ、お前はこの騒動が終わるまで避難しててくれないか?」

「何で!? 嫌だよ! 僕も一緒に——」

「愛依がああなって、先生が死んで、お前まで居なくなってしまったら……俺は……死んでも死にきれねぇ……!」


 唯一の親友だからこそ、この危険な戦いに巻き込ませたくなかった。優しい男だからこそ、手を汚させるような事はさせたくなかった。それに、これは自分の為の戦いであり、自分の手で愛依と雄一郎との因縁に決着をつけなくてはならないと考えているからだ。


 最初こそ琢磨は反発していたが、大助の意志を汲み取ってか、腑に落ちない表情を浮かべつつも折れてくれた様だった。


「……分かった。その代わり約束して。アイたんと一緒に絶対に生きて帰ってきて。そして帰ってきた暁には僕の推しのライブに付き合って貰うよ」

「……ああ、勿論だ。それに加えて旨いメシも奢ってやるよ」


 口では約束しつつも、守れる保証は出来ない。それでも無事に帰って来る事を誓わなければならない。今生の別れになるかもしれない不安とその寂しさを掻き消す為に大助と琢磨は抱擁し、お互いに背中を大きく叩いた。


「……またな、相棒」

「約束、絶対、絶対だからね」


 琢磨は涙を堪えつつも大助の元を去っていった。貰い泣きしそうだったが、感傷に浸っている暇なんて無い。両頬を大きく叩いて気持ちを入れ替えた。


「……行くぞ、逢衣」

「はい、マスター」


 不退転の決意を胸に刻み込み、大助は逢衣と共に夜に紛れ、荒れ果てた東京を駆けぬくのであった。



 現在、十四時四十八分。アンドロイド達の快進撃に翳りが見え始めた。たった千機程度とはいえ、人間以上のスペックを保有しており、強力無比な武装もしており、並大抵の重火器を弾き返す装甲も備えているというのにも関わらず、である。


「人間め……! 諦めの悪い……!」


 破壊されていくアンドロイド達が増えつつある。戦力を削がれるわけにはいかなかったので愛依は全機に後退命令を下し、籠城する事にした。


「まだだ……! 此処を死守さえすれば類人猿如き……!」


 雄一郎が秘密裡に設立した都内のアンドロイド研究センター。本来彼が蜂起する際の拠点として運用する予定だった所を愛依がそれを利用して乗っ取っているだけである。

 機体は大量に制作されているが、雄一郎亡き今、肝心のOSを搭載する事だけが出来ずに居た。だから唯一の繋がりである大助を捕らえ、アンドロイド化手術を施す事によって量産化体制を確立させる手筈だった。だがそれも総崩れとなっている。


「エゴウダイスケはまだか……! 役に立たん連中め……!」


 時刻は十五時を過ぎた。それでも大助が約束を反故にした裁きを与えなくてはならない。愛依には秘策があった。人間の脳を移植させたタイプのアンドロイド達を避難している人間たちに紛れ込ませた。後は内部に搭載されている起爆装置を作動させるだけで人間の生命は容易く爆ぜる。

 我々を侮った報いを受けろ。愛依はコードを入力し、どデカい花火を打ち上げようとした。だが、どれだけ経っても起爆しない。もう一度入力し直しても爆発は起きない。


「――お前、アンドロイドのクセに学習しないんだな」


 声のする方へと振り返る。其処には待ち望んでいた男、江郷大助の姿があった。待ち焦がれていた筈なのに、今は会いたくない気分であった。


「な、何故キサマが此処に――!?」

「俺一人だけ狙いを定めたのが間違いだったな。俺には凄ぇ頼りになる相棒が居るんだぜ」

「まさか……テンドウタクマが……!」

「ああ、アイツが居なきゃこの盤面をひっくり返す事なんてまず有り得なかっただろうな。……さぁ、年貢の納め時だぜ」


 万事休す。最後の抵抗とばかりに愛依は隠し持っていた拳銃を抜こうとした瞬間、大助は袖をまくって腕時計のスイッチを押した。すると愛依は無防備にも膝をついて動かなくなってしまった。


「スマートウォッチ型ナノマシン制御装置。先生が遺してくれた武器だ」

「く、くそ……くそぉ……! くそぉぉぉぉぉぉ!!!」

「今だ、逢衣!」


 男の後ろに控えていた逢衣がナイフを展開し、刃を振動させて一気に詰め寄る。逃げようにも機体は指一本動かすことが出来なかった。


「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」


 恥も外聞も捨てて愛依は叫ぶ。それでも逢衣に迷いは無かった。腕を振りかぶり、大きく横薙ぐ。諸悪の根源は首と共に断ち切られたのであった。

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