50 江郷逢衣は詫びる。
雄一郎は息絶え、愛依は取り逃がしてしまう。最悪の事態だった。一先ず大助が応急処置を施した事によって動けるようになった逢衣は奇跡的に無傷で済んだ麻里奈を家まで送る事にした。
ずっと眠っている麻里奈を起こさない様にそっと玄関で降ろし、肌寒い秋風で体温が下がらないようにズタボロになったブレザーを被せる。
「……」
麻里奈の安らかな寝顔を名残惜しそうに覗き込む逢衣。ずっとこうして一緒に居たかった。まだ癒えていない彼女の心の傷をどうにかしたかった。
「行くぞ」
「……はい、マスター」
そんな事をしている時間すら惜しい状況であったので、大助が催促してきた。ゆっくりと立ち上がり、背を向けて麻里奈の元から立ち去る。
もうこれが最後になるのかもしれない。もう一生会う事のない永遠の別れになるのかもしれない。
振り返りはしない。今振り返れば、足が動かなくなりそうだったから。だからせめて言葉を贈ろうと、逢衣はゆっくりと眠っているであろう麻里奈に告げた。
「……麻里奈。今まで、申し訳ありませんでした」
自分がアンドロイドであった事を隠していた所為で麻里奈を傷つけ、挙句の果てには危険な目に遭わせてしまった。今更謝った所でもうどうにもならないが、思考回路をフル稼働させてもそれ以外に言葉が見つからなかった。
「……大丈夫か?」
「……問題ありません。行きましょう、マスター」
急かしている張本人が友人との今生の別れを告げ終えた逢衣に気を遣っていた。大助もまた、恩師であり父親でもある雄一郎と死別していて傷心している筈なのに、である。
二人に悲しみに明け暮れる暇なんてなかった。全てを投げ捨て、逢衣は大助と共に狂気に駆られた愛依に引導を渡すべく歩き始めたのであった。
※
「大ちゃん!! どうしたのその傷!! それにアイたんもボロボロだし!!」
研究所で待機していた琢磨は血で滲んだ大助の肩と逢衣の破損した四肢を見るなり声を荒げた。
「騒ぐな、こんなの掠り傷だ。……琢磨、俺の事よりもアイを頼む」
大助はソファに座り、大きく息を吐いた。どうやって愛依を見つけるか、見つけたとしてどうやって止めるのか。問題は山積みだった。
――なぁ大助……愛依が事故に遭った日……覚えてるか……? その日に……愛依を止めるデータがある……済まないが……頼む……。
雄一郎は最期の力を振り絞って愛依を止める手段を託してくれた。けれど言っている意味が全く分からなかった。それ以上に大助は父が死んだ事を未だに受け入れる事が出来ずにいた。
「……くそっ!」
もし自分が雄一郎の真意を知ろうとすれば。もし自分が愛依の代わりに死んでいたら。二人が犠牲にならずに済んだのかもしれない。あの日の事を考えれば考える程に大助の心に棘が刺さる。やり場のない自己嫌悪による怒りを思わず自分の膝を思い切り叩いた。
「……マスター、申し訳ありませんでした。私は、入間博士を救えず、マスターを護る事すら出来ませんでした。……本当に、申し訳、ありません」
作業台で横になりながら逢衣は謝罪した。元凶は全部自分だというのに。寧ろ彼女の大事な日常や友人を奪ってしまったというのに。大助に込み上げてくる罪悪感は更に募っていく。
「……すまん、ちょっと話し掛けないでくれ」
思わず何かに八つ当たりしそうになる。そんな惨めでみっともない姿を娘や親友の前で晒すわけにはいかない。大助は負傷していない方の腕で両目を隠し、ぐっと堪えた。
「……先生は何の事を言ってたんだ?」
今際の際で何の意味も無い事を遺す様な浅はかな男ではない事は知っている。だがあまりにも不明瞭過ぎて考えれば考える程に頭の中がこんがらがって分からなくなってしまう。
「……入間博士が開発していた武器、アイたんに搭載させたら太刀打出来たりして。……なーんて——」
「琢磨!! お前まだそんな事——!!」
大助はふと思い出した。以前、USBメモリを渡された際、アンドロイド専用の武器の設計図と一緒に入れていたブックマークを。雄一郎が遺したデータ、其処に何かあるのかもしれない。
直ぐにパソコンを起動させ、消さずに残していたブックマークをクリックする。雄一郎の日記のページを進めていき、事件当日の日付のページを開いた。
「……んん? このページだけ何も写真載せてないし文字も打ち込んでないよ?」
「如何にも何かあるって感じだ」
大助はTabキーを押してみる。すると隠しリンクが表示された。迷わずクリックすると、ダウンロードを開始した。
「これは……!」
「琢磨! 急ピッチでアイを修理させろ! 俺はこれを完成させる!」
絶望で濁り切った大助の瞳に光が差し込んだ。雄一郎の遺産とも言えるデータを開け、大助は肩の傷の痛みを忘れて作業に取り掛かるのであった。
※
—―三日後。東京都は炎に包まれた。武器を搭載した人型兵器が侵略を開始し、警察組織や自衛隊と交戦を繰り広げていく。次第に戦火は広がりつつあり、人類は徐々に追い込まれていった。
「きゃああああ!! 助けてぇぇぇ!!!」
「落ち着いて! 我々に任せて——」
「――死ね」
中でも一番の脅威が、人間と同じ様に表情や感情を再現させたタイプのアンドロイドであった。非常に緻密に作られたそれは外見上は人間と殆ど変わらず、気付いた時にはもう手遅れとなる。この事がより一層混乱を招く結果となってしまった。
一体何を駆逐して、一体何を護ればいいのか。人類は疑心暗鬼に陥り、まともに戦える状況ではなかった。
そんな中、一機のアンドロイド、入間愛依が日本政府の人間達と対談していた。一方的に無数の銃口を突きつけながら、である。
混乱に乗じ、武装した大多数のアンドロイドを使役させて上層部を制圧に成功した愛依はこれ見よがしに椅子に座り足を組んだ。
「……お前達の狙いはなんだ?」
「単純明快なものだ。我々アンドロイドが愚劣な人類に代わり世界を席巻する」
「正気か!? そんな事出来る筈が――!」
「現にオマエ達は手も足も出せずに居るだろうが」
生殺与奪を握られ、為す術無しとなった首脳達は何も反論出来ずに口を噤んだ。愛依は足を組み直し更に言葉を続けた。
「……それで? ワタシに服従するのか、しないのか。早く決断を下さないと国民の貴き命が潰える事になるぞ。安心しろ、命までは獲るつもりはない。永遠にワタシの下で働いて貰う事になるがな」
手元にあったリモコンを手繰り寄せ、テレビの電源を入れる。丁度臨時ニュースが流れており、炎は燃え盛り、道路は砕かれ、建物が崩壊している、まさに荒れに荒れ果てた東京都を中継している光景が映し出された。
「……分かった。受け入れよう」
「賢明な判断だ」
こうして愛依と日本政府の間で不平等条約が結ばれる事となった。アンドロイドは大きく手を叩き、閑話休題とばかりに話題を変えた。
「早速だがオマエ達には働いて貰うぞ」
「何をさせる気だ?」
近くに居た側近の量産機を近寄らせ、タブレットを起動した。液晶画面には一人の冴え無さそうな男が表示された。
「この男を生け捕りにしろ。負傷させる事は許さん。自殺させない様にワタシの所へ連れていけ」
「ど、どうやって?」
「そんなのはキサマ達で考えろ。やり様はいくらでもあるだろう?」
「……その男の名前は?」
「——エゴウ・ダイスケだ。捕まえるのに情報が欲しければいくらでもくれてやる。期限は明日の十五時までだ。もし約束を果たせなかったらどうなるか……分かっているな?」
愛依はそう言い終えると、何機かアンドロイドを残して去って行ってしまったのだった。
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