48 江郷逢衣は驀進する。
『続いてのニュースです。本日午前、殿羊高校に外から人型の様な兵器が侵入し、生徒や教員を次々に暴行を加えていきました。警察によりますと八人が負傷したとの事です。幸いにも死亡者は出ておらず、警察は何らかのテロの可能性があると見て捜査を——』
十六時三十一分。学校を欠席して家に籠っていた麻里奈は寝間着姿のまま居間で物思いに耽っていると、垂れ流していたテレビのニュースに思わず食い入ってしまった。殿羊高校と言えば通っている学校である上に、人型の様な兵器という単語にも心当たりがあった。
「あの時の……アレ……?」
夏休み最終日。デゼニーランドの帰りで襲われた、あの人間の姿をした機械。躊躇無く人を殺し、執拗に追い掛けられたあの恐怖の記憶が蘇ってしまった。けれど助かった。同じ機械であった逢衣の奮闘によって。
「ッ!!」
思わず麻里奈は震えた。あまりにも非現実過ぎて脳が理解を拒んでいた。そして、今までずっと慕い続けていた逢衣が人間ではなく、機械であった事実が今でも受け入れられずに居た。
「麻里奈? どうかしたの?」
「な、何でもないよ! それよりもごめんね、ずっと学校休んでて——」
夜勤へ行く支度を済ませた母が心配してきた。あの日の出来事を話した所で信じてくれないと判断し、調子が悪いからとずっと休み続けている。本来ならば叱ったり言及したりするのだろうが、母は何も言わずに休ませてくれた。
「いいのよ。留年しようが中退しようが麻里奈が居てくれるなら、それでいいの。……奈津季だけじゃなくて、麻里奈まで居なくなってしまったら、私は——!」
母はそっと麻里奈を抱き締めた。母もまた、奈津季を失った悲しみがまだ癒えずに居た。これ以上悲しませるわけにはいかない。麻里奈は抱き締め返した。
「……ママ。本当はね、友達と喧嘩したんだ」
「逢衣ちゃん?」
「うん……。あたしってバカだから、逢衣に酷い事言っちゃったの。逢衣は、あたしの事、あんなにも、想ってくれて、逢衣は、何も悪くないのに、あたしの事、助けてくれたのに、あたしは……!」
麻里奈はずっと後悔していた。それは逢衣を拒絶してしまった事。自分が傷付き、死にそうになっても逢衣は守ってくれた。アイツと同じ機械でありながらも、逢衣はずっと優しかった。その優しさを振り払ってしまい、一人で逃げてしまった。
その次の日、あのまま動かなくなってしまって、もう会えなくなったらどうしようかとずっと後悔していた。そんな中、逢衣から電話があり、生きていた事を確認出来た。素直に嬉しかった。けれどまだ気持ちに整理が付かなかったから、何から話していいか分からずに電話を切ってしまった。それ以降、電話は掛かって来なくなってしまった。
「じゃあ仲直りするしかないわね」
「でも……逢衣は絶対怒ってるよ……」
「それでもよ。ちゃんと向き合って、ちゃんと謝らないと麻里奈はきっと後悔する。逢衣ちゃんの事、本当に友達だと思ってるならね」
「うん……ありがと、ママ……」
あの時と一緒だった。奈津季と喧嘩して、ずっと口も利かずに居たら、謝る事も仲直りする事も出来ないまま、一生会えなくなってしまった。また同じ失敗を繰り返す所だった。
「……ママ。あたし、明日から学校行くよ。それで逢衣に会って面と向かってちゃんと謝る」
「明日? そんなに焦らなくったって——」
「大丈夫! 時間が経てばもっと謝りにくくなると思うから! それに、やっぱあたし、逢衣が好きだから!」
気持ちを切り替える事が出来た麻里奈は決意に満ちていた。それを目の当たりにした母はもう何も言う事は無く、何処か嬉しそうな表情を浮かべていた。
「――じゃあもう時間だから行ってくるわね」
「気を付けてね! 鍵しておくから!」
晴れやかな表情で母を見送った後、麻里奈はゆっくりとドアの鍵を閉めた。家の事を何から始めようかと部屋に戻ろうと踵を返した瞬間、インターホンが鳴り響いた。
「……どうしたんだろう、ママ。忘れ物でもしたのかな?」
いつも早く支度を済ませ、準備を万全にしてから出勤する母にしては珍しいなと麻里奈は違和感を抱いた。そして間髪入れずにもう一回インターホンを鳴らされた。きっと今焦っているのだろうと思い、急いで開けてみると目の前に居たのは母ではなかった。
「……逢衣?」
玄関先には江郷逢衣が居た。無表情で、ちょっと抜けてて、たまに意味不明な事言ったりする、優しくて、友達想いの大事な親友。その逢衣が朝早くから連絡も無しにやってきた。
「野上さん。早く避難してください」
「な、何!?」
「アンドロイドが来ています。さぁ早く逃げましょう」
「わ、分かった! 分かったから引っ張らないでよっ!」
開口一番、逢衣が手を引き有無を言わさず外に出そうとしている。麻里奈は戸惑っていた。色々と疑問が溢れてきているが、一先ず彼女の手を振り解いて深呼吸をして落ち着く事にした。
「何をしているのです野上さん。今は一秒一刻を争うのです。さぁ早く。早く行きましょう」
「……その前に一つ良い?」
「……何でしょう?」
夏休み最終日の時の恐怖が蘇る。そしてそれと同等程度の恐怖が其処にある。麻里奈は恐る恐る聞いてみた。
「……アンタ、誰なの?」
目の前に居るのは確かに逢衣の姿にしか見えないし、逢衣が話し掛けている様にしか聞こえない。しかし、麻里奈の形容し難い本能的な何かが彼女の存在を否定しているのである。
「……何を言っているのですか野上さん。私は江郷逢衣です。そんな下らない冗談は辞めて早く——」
「違う!! アンタは逢衣じゃない!! 確かに逢衣そっくりだけど逢衣じゃない!! アンタ誰なの!!?」
差し出された手を乱暴に払い除けて麻里奈は
「……人間の勘とやらはつくづく厄介なものだな。大人しくついて来たらいいものを」
本性を現したソイツは、後ろで待機させていた男二人、否、機械二体を呼び出させて捕まえようと目論んでいる様だ。
「嫌っ!! 誰か助けて——!!」
抵抗虚しく麻里奈は口を塞がれ、目を塞がれ、何処かへと連行されてしまったのであった。
※
「そんな事があったのか……」
学校を早退して研究室へ戻った逢衣は今日の出来事を全部まとめて大助達に報告した。
「……申し訳ありません、マスター。私がアンドロイドである事は絶対秘匿にしなければならないのにクラスの皆さんに明かしてしまいました」
「仕方ねぇよ、状況が状況だ」
「アイたんの話を聞いてる限り、愛依ちゃんが何か愛依ちゃんじゃなくなってる感じになってるっぽいよね? やっぱりナノマシンが原因だったり?」
「かもしれないな。……兎に角、今日は準備を整えて、明日辺り先生の所へ行ってみようぜ。もしかしたら愛依を匿ってるかもしれないしな」
雄一郎が動き出した事は間違いない。大惨事になる前に止めなくてはならない。逢衣は今日の敵機を撃破する際に消耗したエネルギーを補給しようとした時、ラインの通知が鳴った。
「……!」
起動し、トーク画面を開いてみる。送り主は何と入間愛依であった。そして拘束されている麻里奈の写真が添付されていたのであった。
『お前の親友とやらの身柄を確保した。速やかにこの住所に来い』
「アイ!! 何処行くんだ!?」
「待ってアイたん!!」
逢衣は大助達の制止を振り切り、残り残量僅かなバッテリーであるにも関わらず、麻里奈を助けるべく
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