47 江郷逢衣は別れを告げる。
突如学校に侵入し、人々を襲っていくアンドロイド。大助によって強化されたボディで逢衣は一撃で沈静化する事に成功した。胴と泣き別れとなった頭部を調べようとすると、先程襲われそうになっていた女子達が逢衣に泣きついて来たのであった。
「……もう大丈夫です。だから落ち着いて下さい」
そう呼び掛けてもしがみついて離れようとしない。対処方法を模索していると、逢衣を追い掛けてきた雄太達が漸く追いついて来たのである。
「江郷!! 無事か!!?」
「問題ありません」
「危ない事ばっかして!! もし麻里奈が居たら怒られてるわよ!!」
「申し訳ありません。……それよりも、この人達を頼みます」
彼女達を沙保里に任せ、逢衣は千切れたコードが垂れている頭を手に取ってみる。夏休み最終日に遭遇したアンドロイドと同じタイプであった。つまりこれは雄一郎が製造したものとみて間違いないだろう。
「これ、人型ロボット~……?」
「そんな、どこぞのターミ●ーターじゃあるまいし……」
「……これはアンドロイドです」
「嘘だろ!? そんな事ある!?」
雄一郎は世界に対して深い憎悪を抱いている。このアンドロイドを介しての襲撃は不明であるが、彼の差し金と言ってもいいだろう。秘匿にしたままでいると危険に及ぶ可能性が高いと判断して、全てを打ち明ける事にした。
「……皆さんに言わなければならない事があります」
逢衣は話した。夏休み最終日の出来事を。それが原因で麻里奈が休んでいる事を。このアンドロイドはロボット工学の権威である入間雄一郎が仕向けたものである事。入間愛依は雄一郎が創ったアンドロイドである事。全てを話した。クラスメイト達は各々が何とも言えない反応を示していた。
「そんな話、信じられるワケ……」
「でもこれを見たら信じざるを得ないよ……」
「野上はずっと休んでるけど無事なんだな!!?」
「……野上さんは大丈夫です」
「それよりも江郷の話がマジなら直接入間に聞いてみたら——」
「その必要は無い」
声の元へと振り返る。其処には愛依がせせら笑いを浮かべて更にもう一機のアンドロイドと共にいた。それも、近くに居た筈の美也子の腕を捻り上げさせてである。
「入間さん! これは何のつもりっしょ!?」
「美也子を離しなさい!!」
沙保里が近付こうとした瞬間、隣の量産機が背中に回していた腕を更に捻り上げる。美也子は涙を浮かべて悶絶した。
「痛いぃ……痛いよぉ~!!」
「それ以上近付いたらコイツの腕をへし折るぞ」
愛依は本気で人質の腕を破壊する。何故こんな凶行に及んだのか理解出来なかった。それに今の愛依は別人の様に見える。まるで別人格の誰かに憑りつかれてしまったかのようだ。
「……愛依。何が目的ですか。飯田さんは関係無い筈です」
「もう少しばかりコイツを試しておきたかったが、致し方あるまい。オマエが盟約を破るのが悪いのだぞ」
「盟約……? 盟約って何だよ江郷!?」
「……」
沈黙を続けていると、愛依は脅しを掛ける様に美也子の腕を捻らせる。これ以上極められたら彼女の細腕は間違いなく折れてしまうだろう。
「忘れたのか? オマエと私は結んだ筈だ。お互いに正体を隠して学校生活を送るとな。それを一方的に破るとは、やはりオマエが出来損ないだからだろうな」
「さっきから何を言ってるっしょ!!」
「……おい、オマエのお仲間が弁明を求めているぞ。せめてオマエの口から釈明したらどうなんだ?」
今度は空いている手で美也子の首を掴み始めた。締め上げて殺すつもりなのだろう。今の逢衣に迷いは無い。自分の正体は決して明かしてはならないという大助からの命令よりも大事なものがある。例え自分がどうなろうと、彼女が助かるのならばそれでいい。
逢衣はそっと目蓋を閉じ、両頬付近を掴んだ。そしてゆっくりと顔のカバーを外した。
「……え!?」
「そんな……!」
「逢衣……ちゃん……!?」
曝された深紅のカメラアイがクラスメイト達が驚愕している顔を捉えた。江郷逢衣は人間ではなく、アンドロイドだという事実が露呈する。それを嘲笑するかのように愛依は口角を吊り上げていた。
「コイツはずっとオマエ達を騙していたのだ。さぁ! 早く壊せ! さっきオマエ達を襲ったアンドロイドだ! 人類の敵だぞ! さぁ!! 無防備になっている今の内に破壊しないと危険だぞ! さぁ壊せ!! さぁさぁさぁ!!!」
破壊が目的なのだろう。しかし直接手を下せばいいものをまた別の機体を使役させて人質に取り、人間に破壊を扇動させている。仮説を立てるとするのならば、彼女には何かしらのプロテクトが掛かっており、直接人間に危害を加える事が出来ないのだろう。
まだクラスメイト達が戸惑い、動けなくなっている内に逢衣は手に持っていたカバーを付け直し、一つ勝負に出てみる事にした。
「……哀れ、ですね。愛依」
「……何だと?」
「それだけ高性能なAIとボディを持ち合わせておきながら力を存分に発揮できないとは。哀れと言わざるを得ないでしょう」
隙を作らせるべく、逢衣は煽ってみた。案の定、愛依は眉を引き攣らせて怒りを露にしていた。
「今なんと言った?」
「聞こえなかったのですか? 安物の音声プロセッサを使用しているのですね。交換をお勧めします」
「おい……!! あまりいい気になるんじゃないぞ……!! 下位互換の分際で……!!」
「その下位互換の私は貴方を破壊する事など容易いです。ですが貴方は私を破壊する事が出来ない。感情を持っているとすれば、きっと貴方は恐怖しているのでしょう。下位互換である筈の私に。本当に哀れです」
「キ……キサマァァァ!!」
気持ち良い位に愛依は逢衣の挑発に乗って激昂し、量産機を使って逢衣を攻撃しようと美也子を解放した。そのほんの僅かな隙を逃さず一気に距離を詰め、機体を掌底で突き飛ばして引き離す事に成功した。
「しまった——!!」
「終わりです」
愛依を破壊しようと大きく踏み込み、腕の中にあるナイフを取り出して刺突とした。しかし、直ぐに戦線復帰した量産機が彼女の盾となった。胸部に突き刺さったのにも関わらず逢衣に掴みかかり、そのまま機能停止してしまった。
「これで勝ったと思うなよ!! ワタシにはまだキサマを破壊する手がまだあるのだからな!! ハハハハ!!!」
そんな負け惜しみを吐き捨てながら愛依は逃げて行ってしまった。拘束を振り解き、追い掛けようと思ったがもう姿は消えてしまっていた。
「……江郷」
呼ぶ声へ振り返ると、早舩達は今まで見た事の無い表情を見せていた。皆が皆、何か言いたそうに唇を震わせているが、上手く言葉に出来ずにいる。
「……申し訳ありませんでした。本当なら、ずっと皆さんと学校生活を送りたかった。それももう出来なくなりました。アンドロイドでありながら、非常に残念だと思っています」
「逢衣ちゃん……ウチ……その……」
何か言いたそうにしていたが、逢衣は聞こうとせずに背を向ける。これ以上何か話そうとすれば、別れが惜しくなってしまうからである。
電車で出会った元不登校児の城戸隆司。真っ直ぐで熱い男、日野雄太。麻里奈の事を最後まで見捨てなかった武田沙保里、茨木莉奈、飯田美也子。改心して真っ当な人生を送ろうとしている早舩織香、布江黒子、安藤紗仁。全員大事な友人だからこそ、失ってはならない友人だからこそ、こんな事に巻き込みたくはなかった。巻き込ませた罰としてもう二度と会ってはならない。逢衣はそう言い聞かせた。
「さようなら」
逢衣は振り返る事無く、その場から逃げる様に走り出したのであった。
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